粘体精製
セーフティーゾーンに到着。
ダンジョン内に存在する安全地帯。
モンスターも空気を読んで、この中には侵入してこない。
業界の常識? 暗黙のルールかもしれない。
「ふん、殺風景な場所ね。何もないじゃない」
「有名ダンジョンなら、屋台が並んでるけどな」
「はあ? 遊びに来たつもりなの?」
「人気があるってことは、冒険者がたくさん集まる。補給したい連中に、アイテムを高値で売りつける絶好のチャンスだろ」
ポーション、相場の二倍。
食事、相場の三倍。
キャンプセット、相場の四倍。
ほんま、アコギな商売やで。
「商人グループがバザーを開いて、独自の経済圏が成り立っているのよね。希少素材ほど高値で取引されるって聞いたわ」
「ほんとは、持ち帰った方がレアドロの交換レート高いけどさ。荷物抱えんの、リスクだ」
重量無視。お徳用容量。
そんな夢のカバンは、バックパッカーのスキル。
マジックポーチも市販されているが、イマイチなスペック。
「欲張って全ロスするなら、マージンを妥協したほうがいい」
人の不幸は蜜の味と言わんばかりに、時折ダンジョンが笑顔で牙をむき出すぞ。
「引き際を決めるのが、リーダーの大事な役目。頼んだぞ」
「もちろん」
クリスは、小さなあごに手を当てながら。
「けど、ヤマトさんの魔力分与がちっとも計り切れない。今日だって、余力を残したまま想定の三倍の速さで進行してる。ダンジョンに拍子抜けするくらい」
「クリスさんたちの実力だろ。俺は戦力を維持するだけで、パワーアップはできん」
「そうかしら? 触手スキル、やっぱり――」
確信めいた何かを言いかけた途端、
「ヤマちょ~。もうむりぃ~」
「うわっ」
突然、フィオナが寄りかかってきた。
俺の首に手を回し、耳元へ生暖かい吐息を吹く。
「どどどどうした!? 体調不良? 早退っすか!」
我が社の辞書に、早退と欠勤の文字なし。
むにゅむにゅと、美人エルフのスタイルの良さを実感すれば。
「いつものアレでしょ。行動力の高さが裏目に出たやつ」
やれやれと両手を広げた、ミュー。
「どゆこと」
「エルフはマナ気圧の変化に弱いじゃない。ストレスで頭痛や肌荒れになるの」
「今度は気象病リスペクトかい」
もうツッコミ疲れてしまったよ、パトラッシュ……
「おじさん、一応ヒーラーでしょ。たまには活躍しなさいよ」
「いや、それはできない」
俺は淡々と、挑発を否定した。
目を丸くしたミューへ、説明していく。
「――回復魔法で風邪は治せない」
ヒーラーが最初に教わる初歩。
「体調不良、頭痛、肌荒れ。ステータス上、状態異常判定されない。ゆえに、それらのバッドコンディションも治せない」
基礎の基本でもある。
パストロールは偶然たまたま、ゲームが大好きな日本の転生者に都合のいい世界観及び設定を踏襲している。極力テンプレ振りで、導入の説明カットは評価できる。
さりとて、魔法で全て解決できるほど融通は効かない。
ご都合主義、変な逆張り、妙なリアリティ。
この三竦みでバランスを取ったり取らなかったり。
「フィオナを横に寝かせましょう。簡易テント、使うわ」
「ちょい待ち……あーし、いい考え……じゃん」
「言うこと聞きなさい。あんたが静かだと、逆に調子狂うじゃない」
仲間を気遣う言葉に、フィオナは大丈夫だと表情を緩めた。
「ヤマちょ、レベル上がったっしょ? 見せちゃいなよ、おニューな自分」
「あとで試すつもりだったけど、よく気付くな」
俺は、冒険者カードを確認する。
<触手>レベル3。
・粘体精製――健康促進機能を備えた粘性ゼリーの形状を変化させる。
…………
……
「つまり、どういうことだってばよ?」
自慢じゃないが、俺は国語の偏差値が低かったので読解力ナッシング。
リアルガチで自慢にあらず。僭越ながら、謙虚でございまして。恐縮ですっ。
「とりあえず何か作れるようになったのかしら?」
「確かに」
「健康グッズでしょ、どう考えても」
ミューが退屈そうに続けた。
「あんた、自分で言ったじゃない。おじさんの回復魔法が貧弱で情けないって」
「それは言ってない」
「レベルが上がって、ようやくバッドコンディションに対応したわけ。その方法が、ゼリーを加工して有用な物質を作り出す。つまり、健康グッズじゃない」
つまらなそうに鼻を鳴らしたミュー。
「理解力ぅ~。まるで天才魔法少女だな」
「天才魔法少女よ!」
怒りんぼに水飴を渡すと、機嫌が直った。お子ちゃまめ。
フィオナをクリスに任せ、俺は考える人ばりに考える。
健康グッズ。
足つぼサンダル。
肩叩き器。
腹筋ローラー。
ダメだ、んなもん必要ない。健康ブームまで取っておけ。
もっとイメージを広げろ。想像せよ、解釈を拡張せよ。
「深夜の通販番組」
思い出せ、健康をウリにした商品をたくさん紹介していたはずだ。
その時間帯に寝てない時点で不健康というツッコミはさておき――
……健康……女性目線……美容……コスメ……特定保健……医療キット……っ!
「今まで全然興味なかったから、閃くのに時間かかったぜ。どんだけぇ~っ」
俺は大げさに人差し指を振るや、せっかちな奴らを伸ばしていった。
「創造する触手<クリエイト・テンタクル>ッ!」
脳内イメージ出力、ウォーターベッド。
うねる十指が、粘性ゼリーを眼下へ一点集中発射する。
3Dプリンターさながらの製造工程で、あっという間に実物が完成した。
「これが、粘体精製か。あーなるほど、完全に理解した」
「胡散臭い顔してるじゃない。いつも通りね」
「働きたくない顔だぞ、いつもは」
クリスが興味深そうに、ウォーターベッドに触れていた。
「このベッド、プニプニしてる」
「医療用で使われる物を、健康グッズと解釈した。血流改善、リンパ促進するっぽいのでままええやろ」
「物は言いようだわ。助かるけど」
フィオナをベッドに寝かせてやると、優しく身体を包み込んでいく。
「この感触、気持ちいいじゃん。ヤマちょ、ベッドメイキング得意なん?」
「とんだメーカー違い」
「ウケるし」
しっかり休息取ってくれ。
次、肌荒れ対策の健康グッズか。
「クリエイト・テンタクル!」
ペラペラの白いシートを精製。
「呪いのマスク!? まさか、それを被せるつもり?」
「フェイスパックだぞ」
「そんな罰ゲームで使いそうなもの、知らないけど」
「わたしも」
女性陣全員、存じ上げなかった。
美容関係全般に疎い俺が、どうにかプレゼン。
「主にお肌の悩みを抱えた女性たちが、好んで使うスキンケアの一つ。バクテリアが老廃物を食べ、保湿、化粧水、乳液、ビタミンC、セラミド、ヒアルロン酸、コラーゲン配合! お肌ツルツル。乾燥肌に負けない潤いをあなたに速攻チャージ!」
クエスチョン。それほんま?
アンサー。異世界に製品表示法などありません。
「コラーゲン!? 聞いたことないけど、トゥンクしちゃうっ」
「着けますか着けませんか?」
「皆まで言わせるな、ヤマちょ! 身体を綺麗に、代謝を上げまくりっしょ」
「……あんた、もう元気じゃない」
俺は、フィオナにフェイスパックを被せた。
美しいエルフがとぼけた白い顔へ変貌。
「ぷっ、何よ笑わせないでちょうだいあはははっ」
「ちょっと、ミュー。笑いすぎよ。ふ、ふふ……確かに愉快な見た目ね」
お腹痛いと爆笑した二人に対して。
「フ、美容の道は険しいじゃん。他人に理解されずとも、あーしは突き進むし」
「フィオナ姉さん……っ!」
ビューティースタイリストの決意。
どんだけぇ~っ。




