提案
「ダンジョン行こうぜ!」
ギルドの会議室。
俺はコルクボードを叩き、声を大にした。
「ダンジョン行こうぜ!」
「うるさい。何度もわめかないでちょうだい」
ミューが億劫そうに、頬杖をついていた。
「おじさん、一体どんな風の吹き回し? 散々ニート宣言して醜態を晒したくせに」
「不労所得は、全く恥ずかしくない! 冒険者なんて一攫千金を夢見る連中の巣窟だろ。平和を目指すのは勇者の役目。今時、チート転生者もお気楽ライフを重視してるぞ」
「あたしは強敵と戦えるなら、行ってあげても構わない。でも、胡散臭い」
怪訝な眼差しの魔女っ子。
「そうね。ヤマトさんが積極的にクエストを指定するなんて予想外よ」
「フ、俺もシルバーランクの末席を汚す者。町人たちに被害が出た以上、モンスターを捨て置けないと憤るのは当然さ」
「どの口が言ってんの。もう更年期かしら?」
ミューとクリスが同時に首を傾げた。
やれやれ、極めて個人的な目的で活動するお二人には理解できないかー。
大局を俯瞰すれば、万事流転する。
「人助けをするのに理由がいるかい?」
「……っ。わたし、あなたはもっと利己的な人とばかり。疑って、ごめんなさい」
「人の印象とは、見た目で決めつけられる。誤解も不正解すら、それが答えになる」
「そんなこと――」
クリスがお悔やみに満ちた表情を強張らせたタイミング。
バタンッ。
「ヘーイ! あーしがいなくて寂しかったっしょ? お待たせまるー」
「またうるさいのが増えたじゃない。フィオナ、首尾はどうだった?」
「ヤマちょが受注した依頼書、預かってきたよん」
ぎく。
徐に、テーブルを指でカタカタ叩いてしまう。
「とりま、確認だし。なになに……新たに出現したダンジョンのマッピング。及び、ボスモンスターの生態調査。フツーの内容じゃん」
「ふ、普通ですたいっ。おら、やましくないだあ」
「ちょっと貸して」
ミューが依頼書を掴んで、粗探しに興じるや。
「リワード――スキル抽選ガチャチケット」
「ひょっ!?」
「そういえば、自分のスキルに不満げな奴がパーティーにいたっけ」
「ぐ、ぐぐぐ偶然ですなあ!」
幼女に睨まれ、俺は焦燥感が募るばかり。ロリコンじゃないろり。
視線を泳がせた容疑者、ではなくて、冤罪なんだって。
「クリスさん、それでも俺はやっていないっ」
「人助けをするのに理由がいるかい?」
「……」
「人助けをするのに理由がいるかい?」
刹那、目と目が合う。
それはきっと、恋の始ま――
「サーセン。報酬に目が眩みました」
らないみたいですぜ、こいつは。
「もう! 珍しく感心させられたと思ったのに。わたしの感動を返してよ」
美人が頬を膨らませ、じろりと目を細めていく。
「大体、あなたのスキル凄いわよ。それをこっそり変更するつもりとか、リーダーとして見過ごせないです」
「毎日、もっと魔力寄こしなさい。中年には不要じゃない」
「ヤマちょ、もっとパリピろうぜ」
俺は、なるべく悲壮感を漂わせた。
社畜の疲れた表情がべらぼうに得意だ。悲しいね。
「実は……触手を持て余していると言いますか。本領を発揮できていないと言いますか。はい、伸び悩み中です。皆様に迷惑をかける前に心機一転、別の業界へチャレンジ――」
ぬりゅんぬりゅん!
勝手に出てくんな。自己PR得意か。
「全然元気じゃない」
「ウナギみたいでウケるし」
「かば焼き……食べたい」
じゅるりと舌ペロなミュー。
「ヤマトさんに無理強いしないけどね。できれば、このまま活躍してほしいわ」
「急な優しさを感じて、戸惑いの方が勝るパターン」
既視感。
強烈なデジャブ。
転職の気配を感じた若手へ、もう少し頑張ればプロジェクトを任せる・昇進させる・給料上げるつもりとのたまい、離職を躊躇させる悪徳上司の手口と一緒だ。
もちろん、あくまで予定。実行されることなど皆無に等しい。
「手柄頂き女子の山本課長だけは許せねえぇぇええっっ! ジャスサーで女子を名乗らないでくださいよッ」
「突然、どうしたの? すごい剣幕よ」
「おじさんがおかしいのはおかしくないじゃない。平常運転でしょ」
「それは、そうなんだけど……」
ブラック人事評価を思い出し、俺のスキルが暗黒進化する寸前。
「ピカーンッ! 閃いたし! クリぴ、ミューっち。カモン」
「どこ行くつもり?」
「いいからいいから。あーしにいい考えがあるじゃん」
「いまいちアテにならないけどね、フィオナのそれ」
ハッと我に返った、俺。
いつの間に、三人が会議室の後方でまとまっていた。
「確か……ぬるっち、レベル2……まだこれから……」
「多分……ユニーク……できない……」
「そもそも……熟練度……足りない……」
俺だけハブで、コソコソ話すなっ。
会社の十分昼休みと勘違いしちゃっただろ!
「――分かったわ。メンバーの総意、その方向で調整しましょう」
「「異議なしっ」」
内輪で盛り上がっていた。
俺も構成員のはずではおそらくメイビー。
ヒーラー職って外部委託先だったか契約内容を改めよう。
「すいませーん。パーティー内ぼっちいますよー。俺はヤマト。ソロだキリッ」
「お待たせ。あなたの要望が通ったわ。ダンジョン行きましょう」
「え?」
「ダンジョン行くって言ってんの。さっさと準備なさい」
ミューが準備運動がてらバットを素振りしていく。
室内で危ないからやめて。
「ダンジョン、あーしたち初じゃね? めっちゃ楽しみなんですけど」
フィオナは、手鏡でメイクチェック。
別に、映えスポットで写真撮らないぞ。
俺は咄嗟に疑問を呟いた。
「クエスト選択、却下される流れだった。なにゆえ?」
「ダメなんて言ってないわ。メンバーが四人揃ったら、ダンジョンに挑む予定だったもの」
クリスが長い金髪を梳きながら。
「まあ、目的意識が逸れた人には呆れたわ。その分、やる気出すから困ってるけど」
「自称天才魔法少女。学校と仕事じゃ訳が違うからなキミィ」
「あんたに決まってんじゃないっ」
そして、激おこである。
反抗期か? ティーンの特権羨ましいぜ。
とにかく、行くと決まればこっちのもの。
俺は深刻な戦闘力不足。青年の攻撃力離れである。
さりとて、探索の継続や長期戦の安定は結構自信ニキ。
最近の触手さあ、にょろにょろとボケばかり。
ちゃんと回復して、役目でしょ。
「明日の朝、出発しましょう。それじゃ、解散」
「おつー」
「乙々」
うぇーい。フィオナとハイタッチ。
意味のないノリに意味を見出そうとする時点で、俺は陽キャになれないぜ。
詮無きことさ。
珍妙なスキルを変更すれば、俺はこのパーティーで役割を失う。
オンリーワンの性能じゃなければ、彼女たちの期待には応えられない仕方がなし。
悔恨と惜別の念を抱きながら退職して、ソロでスローライフ目指そう! いぇーい。
「く、クク……ダメだ、堪えろ……いや、しかし」
部屋を出たいのに、想像だけで頬が緩んでしまう。
今から慢心するな、帰るまでが探索だぞ。
「キャロットをぶら下げたホース。学校の勉強も捨てたもんじゃないのね」
ぞわっと妙に冷たい視線が背中に突き刺さった感覚。
否、杞憂である。




