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6. 私の話も聞いてくれますか?

※ルイス視点




 貴族たるもの、人前で魔術をひけらかしてはならない────。



 無闇やたらにチカラを見せびらかすなって意味だと、生まれてこのかた疑問も持たずに息をしてきた。

 しかし、この生き者を視界に入れただけで、──違ったんだと理解した。






 ランチが終わり、余暇の時間に群がるご令嬢方をかわして。愛想笑いにも疲れた私は、学園の図書室に逃げ込んだ。


 適当な本を取ろうと手を伸ばし、スルリと隣りの本が動き、書棚からこぼれる。

 魔術回路に関する専門書は、装飾もなにもないシンプルな背表紙をふよふよと漂わせ、意思を持って空中の軌道にのる。


 行きついた先には、不自然に人が避ける空間。

 視線の先。窓辺に置かれた1人用の書き物机の上の端に、ページが開いた本がふわりと着地する。


 呼吸が止まった。


 いくつもの小ぶりな水球が、カタチを変え、窓から入る木漏れ日を反射させ、映す色にキラキラと煌めきを変える。その人物の宙の周りで。


 コチラを背にして椅子に座る小柄な人の左手は、何もないはずの机の上を、曲線を描いて何度も往復していた。

 その仕草と大きさから、猫か、はたまた小型の犬か。猫かな? ねずみ取り用の魔法生物の猫が図書室にいることをやっと思い出した。



 喉の奥に詰まっていた息を、意識して吐き出す。


 あらゆる感情をないまぜにし、ドッドッドッと、うるさく荒ぶった心臓を、制服の上から押さえつける。

 



 見ただけで。認識しただけでわかった。


 これが本物──── 『魔法使い』。



 学んだ魔術式を頭で意識して考え、魔術を構築して繰り出したところで、コレの前では全てが無意味だと理解した。


 確かに私も真似は出来る。でも、所詮は真似ごと。

 こんな自然な感じで、息をするように、それこそ文字通り手足の代わりに当たり前のように使うなんて、無理な芸当だった。やりたいとも思わなかった。

 凄さの別次元にいる魔法使いを視界に入れてしまった今では、ただただ、自分の、頑張らないと使えない魔術というものが恥ずかしいとすら感じた。


 3席離れた、連なり並ぶ書き物机のひとつに腰掛け、横顔を確認する。



 反対側にある本から視線を上げ、コチラ側の猫がいるらしき場所にその人の顔が向いた瞬間。



「────ぅ゛ッ?!!!」



 私は雷にドカンッ!! と、打ち当たったんじゃないかと錯覚するほどの衝撃を受けた。


 咄嗟に抑えた口元から、変な声が漏れそうになる。いや、ちょっと出たかも。


 彼女の、細められた目が元に戻る。


 赤みのある淡い紫の瞳が、陽光を取り込んで神秘的に輝いて見え、未だ弧を描くプルンとみずみずしい小さな唇。白い肌をほんのり薔薇色に染めた頬。

 貴族のレディには珍しい長さの、素敵なピンク色のショートボブが、華奢な首の細さを際立たせる。


 もっっっっのすごい、どストレート、どタイプで可愛いらしく無邪気な笑顔を目撃して、先ほどより高鳴って仕方のない胸が、いっそズキズキと痛む。

 再びぎゅぅっと胸元を押さえるも、呼吸まではぁはぁと乱され、顔が、身体中が熱い。


 漂う水球のひとつを彼女がひかえめに口に含んだことで、あの形状で飲み水なのかと、理解が追いつく。

 コップを使う概念を知らないのか。読書の片手間に、魔術で遊んでいるのか。別の意味が、あるのか。


 白黒の世界に、突如として色が紛れ込んだみたいな、数秒前が嘘みたいな別世界へ放り出され、永遠と彼女から目が離せなくなった。


 人間辞めて猫にでもなれば彼女に笑いかけられ、何なら合法的に撫でてももらえるのでは? それか、水分になれれば体内に取り込んでもらえる??




 その日から。私はリリィ・ブラン伯爵令嬢のこととなると、少々変態寄りのバカになった。

 





 数年後、彼女の婿候補に名前が上がり、私は有頂天に浮かれていた。



 王族を筆頭に、王国内の一部の貴族の数ある中の1人に選ばれ、彼女の預かり知らぬところで、就職説明会と言う名の見合いにねじ込まれた時。


 リリィ殿の隣にいるという事実だけで、嬉しくて嬉しくて、彼女の目に映るだけでもう、私は天国にいる気分だった。


 幸せオーラ全開すぎて、居合わせた他の候補者のひとりに呆れられつつ、食事に誘い。次の約束を取り付け、全力でリリィ殿の可愛さを感じ取っていた。


 騎士団の食堂ではじめて一緒に食べたブラウンシチューのニンジンを、口いっぱいに頬張って、リスみたいに頬を膨らませてもぐもぐしているリリィ殿の愛らしい姿は一生忘れない。ニンジンより肉の方が長く噛んでもらえるかも知れない。ボア肉になりたい。特大の。


 その見た目とは裏腹に、落ち着きのある声で名前を呼ばれただけで、胸にくすぐったい気持ちを生み、悶えている場合ではないと、一分一秒でもリリィ殿を堪能すべく、しまりのない顔で逢瀬を噛み締めた。


 共通の趣味というか、好みが合致した菓子類を贈り、返礼に返礼を重ね。


 しばらくして、突如、地獄に叩き落とされる。



 近衛騎士の見習いとして、何かの会議の終わり頃、急に呼び出され、出席しろと言われた時に胸騒ぎはした。

 ピリついた空気の会議室。私は居心地の悪さに、自分の置かれている状況が良くないことを感じ取った。


 案の定、今頃になって、何人もの候補者の家々から「わきまえろ」と叱責を受け、冷や水を浴びせられた。


 特に次期王太子と名高い第一王子の冷ややかな視線が突き刺さり、私に現実を知らしめる。

 そう。私は浮かれてバカになっていた。


 彼女がこの国に2人しかいない魔法使いの片割れだとの認識を、重要性を、希少さを、失念していた。出ている杭が打たれたのだ。


 王侯貴族の不文律で何者も、魔法使いの行動を阻むことは許されない。強要はもってのほか。接触は相手の出方次第。


 ブラン侯爵の養女とする時も、何度も重ねられた会議により人選をえりすぐり。こちらからの提案と言うカタチを取ってから相手の意思決定を確認の上、ことが勧められ。関係者全員の議会の合意があってやっとなされたと説明を受ける。


 魔法使いを2回も強引に街に連れ出したのが良くないと、強要したと見なされた。立場をわきまえろと。


 警告を受けた私の発言は許されなかった。何度か口を挟もうとしても、何も許されなかった。



 数日の謹慎を言い渡され、私は近衛騎士の新人研修と言う名で、北の極寒の地にある砦に「頭を冷やせ」と投げ込まれた。


 リリィ殿にお別れも言えないまま、早急に私は彼女の婿候補から外された。


 泣いた。全力で泣いた。

 涙が物理的に凍る、白と黒に灰色の配色が多い地で、私の世界から色が消え失せた。


 もう、彼女に会うことすらままならない。あの声で、名前も呼ばれず、決して視界にも入れない、──そんな存在に成り下がった。


 実家からは、きっと、出世も見込めないだろうと哀れまれたくらいだ。チカラになれなくてごめんと。こちらの方が申し訳なさにまた涙が出てくる。


 与えられた寒々しい部屋。個室なだけ、まだ配慮はあるが、曲がりなりにも公爵家に名を連ねる貴族ではあるのに暖炉へ薪を自ら焚べ、暖を取る。身から出た錆を甘んじて受ける。


 凍てついたカラダを温めていると、吹雪の中でも軽やかに、魔鉄線の入った窓から、コンコンと音がする。

 こんな高い砦の一室に、枝でも飛ばされて来たのかと、ふっと分厚い窓ガラスに目をむける。



 この地には不釣り合いな、ピンク色の可愛らしい小鳥がひょこっと顔を出し、飛びながらコンコンとクチバシをガラスに打ち付けていた。



 私の視界に、再び、淡い色の世界が戻された。



 いつもならそんな不用意なことはしないけど。あまりにも渇望する寸分違わぬピンク色に、誰かを連想させて。私はその小鳥を部屋に招き入れるために、凍りついた窓を苦労して開けた。



 室内の暖気がバッと外に放出され、その風に小鳥が空に舞い上がる。

 飛ばされた先を腕が追いかけ、窓から身を乗り出し手を伸ばしても、ソレの体を掴むどころか、あるはずの肉やふわふわそうな羽の感触もなくすり抜けた。は?


 吐く息が暗闇に白く流され、しばらく放心していると、開けた窓から室内に、先ほどのピンク色の小鳥が舞い降りた。


 窓を閉め、不思議な存在と対峙する。


 よく見ると小さな体の、尾の先は向こう側がほのかに透けて見えていた。ゾクリと、悪寒にも似た歓喜に、私の鼓動が早鐘を打つ。



『こんばんは。ルイス様、今お時間大丈夫ですか?』


「…………ッ?! だ、だめではないんですけど、あの、……ぁっ、やっぱりダ──」



『突然のことでビックリしてるかと思いますが、リリィ・ブランです。実はお住まいの方に手紙と前にいただいたお菓子のお礼を────』



 一方的にリリィ殿の声でさえずり続ける小鳥に、コレはあらかじめ決められた内容を伝えているんだと、脳みそが混乱する。



 久しぶりに聞いた落ち着きのある声を前に、私の目に涙がたまる。


 話の内容から、案の定、魔術で作った鳥を私に向けて飛ばしたと。笑った。

 王都から遠く離れた極寒の地で、リリィ殿が魔法使いだと再確認させられる。意識しても、多分この遠距離は真似できない。

 

 リリィ殿にとってはなんて事ない、日記をつけているなら、わざわざ書かないような、いっそ日常で手紙を書くより片手間な手段。


 なんてことないさえずりは、何回か送った手紙の返事が来ないから、私が病気や怪我に見舞われたんじゃないかと、コチラを心配していると教えてくれた。



 その気持ちに、純粋に、喜びがヒシヒシと込み上げてくる。


 こちらからしたら途方もない苦労だけど、彼女からしたら本当にひとカケラの手間と配慮かもしれない。


 それでも。涙で前が見えなくなるほど、嬉しかった。私に割いてくれる時間と、心の片隅にでも居座れた、向けられる気持ちに、胸に温かさが宿る。



 コチラから切れたはずのリリィ殿との繋がりが、彼女の方から結ばれた。



 最後に、ピンクの小鳥が『何かお返事があれば、両方のほっぺをむにゅっと挟みながらお伝えください』と、また笑わせにくる。



 私は、小鳥の両頬を、カサついた指で容赦なくむぎゅうぅって潰した。クチバシが上下にパカッと開く。


 先ほどすり抜けたはずの体は、今度はちゃんと触れた。不思議だ。ほのかに温かくて、やわっこくて、ずっと触っていたくなる安心感。


 機能美を無視した一見魔力の無駄のようにも思えるコミカルな造り込みが、無機物でも愛着を湧かせる。



「私の話も聞いてくれますか?──実は今、急な新人研修で北の砦に来てまして。もう毎日寒くて寒くって風邪引きそうですけど、病原菌も死滅するくらい寒すぎるらしくて、体調の方は────」



 そんなこんなで、私はリリィ殿に向けて、クソ重感情をにじませた長文の言付けを、頬を潰され続ける小鳥にお願いすることにした。


 涙はいつの間にか止まり、いつものしまりのない笑顔満載になったのは、言うまでもない。





 それからしばらくして私を王宮に呼び戻したのは、──かの有名な、『魔法使い狂い』。


 亡くなったお祖母様の弟君に当たる、私から見ると大叔父になるヴァン先王弟殿下その人だった。


 捨てる神があれば拾う神もいる。

 ヴァン先王弟殿下の専属近衛騎士という、むしろ当初の順当さでいけば大分はやい、異例の出世コースを私は進むこととなった。




小鳥(ずっと私のターン)

リリィ「なっっが! え、なっっが!?」



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