5. ワインは飲めるかの?
「好きにすれば良いじゃろうて。魔法使いとは、本来そうあるべきじゃ」
「はぁ……ん? 好きにしていいんですか?」
気の抜けたぼくの声に、目の前の御仁は力強く頷いて肯定した。
「何者も魔法使いに強制はできん。ファーガスなんぞ、三十過ぎにもなってあやつ未だ独り身を貫いて好き勝手にしとるじゃろうに」
「えっと。あー……ぼくはあの人との子どもを望まれているのかと、何となく思ったんですけど。違うんです……かね??」
否定はしないけど、ヴァン殿下は好きにすれば良いと。コレは困った。本気で分からない。
豪華な客船の一室。ぼくは夜分にヴァン殿下を訪ねた。王国関係の上層部の考えは、この方に聞くのが一番はやい。
ルイス様の押せ押せな件で、悩み、今までのことを反芻した結果、思い当たる節が出てきた。
王国に2人しかいない絶滅危惧種の魔法使い。その男女が同じ職場の上司と部下だ。偶然にしては出来すぎていると、何となく思った。
貴族特有の意味を汲み取れって感じなのか、それともストレートにそのままの意味で捉えていいのか。恋愛結婚よりも政略結婚が多い貴族社会で、自分の立ち位置がわからない。
ぼくが首を傾げると、ヴァン殿下はニヤリと笑ってから赤ワインを口に含み、ローストされたカシューナッツをカリコリと咀嚼した。
「そうじゃ。魔法使いは好きにすれば良い。王侯貴族の不文律で、魔法使いの行動を阻むことはたとえ国王でもできん。建前はな。そちらが気を使う使わんは自由じゃ。じゃが、魔法使いの周りの者達は違う」
「…………なるほど。何となく分かりました」
そんな掟みたいなのとかあるんだ。
ぼくが何もしないと、ルイス様って実はヤバいってことか。顔にモロに出てしまったんだろうな。
気のいいおじいちゃんだけど、この方も王族だ。そのヴァン殿下が目に見えて悪い顔をしている。似合うな悪役顔が。ルイス様にはこうならないで欲しい。
「がははっ! ルイスも最初候補に上がっとったんじゃが、わしに似てちと強引でな。自分からリリィさんを街に連れ出した事でずいぶん前に警告を受けとる。今回捨て身じゃから、次がどうなるかわしにもわからん」
「あ゛〜……そんな。何してんのルイス様……」
「死にはせんよ」って言われても、全然フォローになってない。死にはしないけど、何かあるってことだ。
魔法使いは好きにしていい。それは確か。
でも、そもそもの周りを固めている配置は王国側が決めているので、正しくは「さだめられた選択肢の中から選ぶ」が近い。
魔法使い本人は動かせないけど、他の人は命令なり何なりして、どうにか出来る。
ヴァン殿下の護衛があるので、流石に今すぐどうこうはならないけど、ルイス様は王宮に帰ったらどうなるか分からないと言われた。
「頭は悪くないはなずなんじゃが、ちと派手に動きすぎておる──左遷か、処罰になるか。リリィさんも付き合え。ワインは飲めるかの?」
「……仕事中ですから」
「良いから付き合え。魔法使いは酒なんぞ飲んでもすぐに分解するじゃろう。ファーガスは『飲んでもつまらん』とかほざきよって、頑なに飲まんのがこっちのがつまらんわ! 酔えなんぞ無茶は言わん。雰囲気じゃ雰囲気!」
「パワハラですよ」
「かーっ! ハッキリものが言える。それでこそ魔法使いじゃ! そのいきでルイスも切り捨てれば良いじゃろう」
グラスに並々と注がれた赤ワインをグビッとあおる。まろやかな口当たりに、芳醇な風味とワイン特有の渋みが後味となり、今まで飲んだ酒のどれよりも上品そうなお味がした。流石は王族の飲み物。
ヴァン殿下みずからお代わりを注がれ、今度はよく味わってから飲み込む。
給仕の方に差し出されたツマミも一緒に、香辛料の効いたビーフジャーキーは噛めば噛むほど濃縮した旨味が赤ワインとよく合う。
空になったヴァン殿下のグラスに、今度はぼくがボトルワインを注いで軽く乾杯する。
「先ほど話に上がった候補ってちなみに何ですか? ぼくは初耳なんですけど」
「そんなんいちいち気にしとったら、この先やっていけんぞ。特に王宮ではの。その目にうつらん者まで気にしてたら埒があかん。それこそ捨ておけ」
「ふふっ、ヴァン殿下も入ってるんですか?」
「馬鹿者。空気を破壊するなリリィさん。せっかく濁してやったのに、なんぞこんな老体を痛ぶるんじゃ。孫より若いおなごに手をだすほど、困っとらんよこっちは!」
軽口のように話してるけど、ヒントを散りばめられた内容は割と深刻だ。
王族とはいえ、高齢のヴァン殿下が候補に入っているのに、年廻りの近いルイス様は省かれた。
魔法使いに自分から接触しに行くって、実はぼくが思っていたよりも反感を買うのかと、結構ビビる。
あんまり知りたくない内情まで見えてしまったけど、収穫はあった。
王国の上層部の考えは一旦置いといて、この話しぶりから、ヴァン殿下的には本当にぼくは好きにしていいらしい。
この方が恋人か結婚相手か、よく分からない候補に入っている事実が、実はぼくに許される守備範囲的なものは結構広いんだなって、自由度は高い。
前例という未婚の上司もいるし、あまり気にしなくてもいいかって色々と吹っ切れた。
しかし、保険はかけておきたい。
ルイス様は打首まではいかなくとも、処罰か左遷されそうな勢いではある。
ぼくの知らぬ間に「どこ行った?」って、迷子にでもなられたら目覚めが悪い。
「ヴァン殿下がいいなって言ったら、どうします?」
「ゴフッ?! ……げほっ、ごほっ! 冗談でもそんなこと言うでない!? どっからでもわしが刺されるわ!」
「一番平和そうですけどね。ぼく的には」
「────このわしを脅すか?」
言葉の割にはニヒルな笑いの悪役顔で、面白そうにコチラを見つめるヴァン殿下。
ぼくは友人に習って、爽やかな笑顔を浮かべて見せた。
実際問題。上司のように独り身を貫くより、王族で年長なヴァン殿下の庇護下に入る方が、ぼくは生きて行くのに苦労は少なそう。
手を出さないって言ってもいるし、「好きにしろ」って散々口にしてくれているので、のびの〜び暮らせると思う。
何よりあの気難しい上司と長年付き合えるくらいだがら、魔法使いという生き物に理解がある。
ただ、ヴァン殿下は四方八方から何かしらの攻撃を防いで、大変な思いをするみたいだ。ルイス様は刺してくれると勝手に思っているけど、他は良く分からない。しかし、ひとつふたつの話じゃなさそう。
ようするにヴァン殿下側はぼくに選ばれたら面倒くさいどころの話ではない。
「何が望みじゃ? 聞くだけ聞こう」
「とりあえず、ルイス様の今後の処罰はなしでお願いします。彼はぼくの友人でもあるわけですから、一緒に出かけるのはおかしな事ではありません」
「キスされたのはどうなんじゃ」
「…………あれは。どうしようかな」
本当にどうしてくれようか。
────『あきらめろ』。
上司の言葉を借りるなら、悩んでいる時点であきらめた方がいいんだと思っている。考えた時点で負けなのだ。
考える余地を与えている事で、ルイス様との今後をぼくが視野に入れている訳で、あとはたぶん時間の問題。でも、ちゃんと心の整理をするくらいの猶予は欲しい。
本格的にお付き合いするなら、ルイス様の方のご実家にも確認が必要だ。
貴族社会を抜きにしても、この年のガチ恋愛なんて、婚約者やその先の一生を見据えた結婚の前提がついて回るので、そんな気軽に出来るものでもないし。色々と大丈夫かなって尻込みはする。
独り言のように口から漏れ出たぼくの心情に、ヴァン殿下がニカッと屈託なく笑った。
「ルイスのことは前向きに捉えてはいるが、他は手出し無用くらいが無難じゃろうて。リリィさんを力ずくで押せばワンチャンあるなんぞ、勘違いしたやからがわんさか出ても困るじゃろう?」
「そう……ですね。そこら辺の調整はヴァン殿下にお願いしてもいいですか? それであなた様にお酒を強要された事実はなかったことにしときます」
「うむ。あいわかった」
赤ら顔でニヤニヤするヴァン殿下に誘導され、手のひらの上でコロコロされている感は否めないけど、気にしたところで対等にやり合える訳もない。きっとコレが双方の落としどころだ。だからこれでいい。
上機嫌な酔っ払い世話焼きおじいちゃんを置き去りに、腹を括ったぼくは客室を出た足でルイス様をデートなるものに誘ってみた。




