12. ふんっ(たのむから余計なコト言うなよ?)
専属近衛騎士にルイス様を引き抜きたいとの国王陛下の申し出に、王宮に来てから何度確認しても、ず〜〜っとぼくの後ろで無表情を貫いている人物を仰ぎ見た。
まばたきをパチリ、パチリと2度される。
ぼくは正面に向き直った。
「ぼくからお断りしても、大丈夫ですかね?」
「──かまわん。そうか、ルイス・ルーベンスはとんだ食わせものであったか。してやられた。リリィ・ブランを前に出されては、我とて命令出来んな」
王宮の奥まったところにある、王族のプライベート空間。その一角にある中庭の東屋でのティータイム中に、ぼくの背筋に冷や汗が流れる。
ルイス様は、王宮に来る前。色々とぼくに入れ知恵をした。
自分では断れそうにない話や、怪しい決定事項は全て断って欲しいと。
その時はあまり理解出来ていなかったけど。
国王陛下の返事を聞いて、あぁ、このことだったのかと肝を冷やす。
お顔は慈悲深い聖職者のような微笑みを湛えて、セリフはガチの悪役すぎる。
「ヴァン叔父上の入れ知恵か? とんだ者を拾って来てくれたな」
「わしはヒントくらいしか出しとらん。最近たるんどるぞ。ツメが甘いから横からかっ攫われるんじゃ。息子のジョンソン共々反省を生かすことじゃな。ほら、品行方正の国王陛下の仮面が剥がれとるぞ」
「はぁ〜……いまさらお行儀良く取り繕ったところで、ルイス・ルーベンスには通用しないであろう。面倒だ」
そう言いながら、顔は未だに慈悲深い感じだから、ギャップがこっっわ。
ポカーンと間抜け面をさらしていたら、ツンデレ気味にアーチバルド王弟殿下にチョコチップクッキーをお口へ詰め込まれた。
その目が穏便に何かを語っている。ぼくには分からないが、クッキーはうまい。もぐもぐ。
その後、どうなったかと言うと──。
「虎の威を借る狐め」
「虎の威すら借してもらえない狐はさぞ哀れでしょうね」
「フフッ……あの時殺しておけば良かったな。本当に生意気な」
ルイス様ってぼくより絶対度胸あるんだろうなって思った。似た者同士、国王陛下と相性良さそうだなんて考えていたら、お口に再びのクッキー。絞り袋で波状にされて焼かれたものだったらしく、バターの風味に軽やかな食感が楽しい。
この場は無礼講ということで、念書まで書いて、ルイス様はやっと声を出した。
その前散々「口を開けよ」と国王陛下に言わせ、さらにぼくにNOと言わせ続け。念書のサインが終わったとたんコレだ。
お次はぼくとルイス様の婚約を認める書類のサインと、ハンコ。
さらに、ヴァン殿下から、ルイス様の養子縁組の話が持ち出される。うちの上司がお父さんになる訳ですね。わかります。
「……流石にヴァン叔父上の差し金か」
「それもあるが。わしの知らぬ間に、ちゃんとルイスが事前に交渉してたらしい。順当に行けば、いつまでもわしが面倒見ていられるわけじゃないからの」
「はぁ〜……まったく。流石にファーガス・フォーサイスのサインと事実確認がないままでは、────おい。誰か冗談だと言ってくれまいか。嘘だろう……」
国王陛下の席のうしろから、スラリとした華奢な腕が伸び、紙を摘んで持ち上げる。
近距離にいた国王陛下専属の近衛騎士は、何かに阻まれたように、苦しげに固まって動かなくなっていた。
抜剣した他の者を、国王陛下が手を上げて止める。
「よい、ファーガス・フォーサイスだ。剣を収めよ」
「俺の名前はここ?」
「控えと合わせて5枚ある。待たれよ、いま並べる。家紋の指輪はお持ちだろうか?」
「わしが持っとるから大丈夫じゃ。こやつ直ぐに失くすでな」
「なんだ。お前もいたのか。ハルリアント語の古語かと思うんだけど、コレは何と解釈する?」
サインが先だと、ヴァン殿下が止める中、構わずぼくの席に近づき、持っていた魔導書らしきモノの中身をコチラに向けてくる。
黒い猫耳に童顔。目元は魔道具の布で覆われ、今は鼻から上はコチラからは見えない。背丈はぼくと対差なかった。
相変わらずマイペースな、猫獣人の魔法使い上司に、ぼくは「解読しますから、その間サインして来てください」と、返事をした。
ハルリアント語の古語? あ、これね。えっと────。
「どうだ、何と訳す?」
「普通にスランダル語の方ですけど翻訳の本が、一般に確かあったと思います。──これじゃなくて、……これだ!」
「こんな本うちにあったか? まぁ、いっか」
王宮図書館の棚から手元に飛び寄せた、上司でも分かりそうなスランダル語をハルリアント古語に翻訳してある本のページを開く。大体はこれで読めると思うので、上司に本を手渡した。
ピコピコ忙しなく動く三角の耳や姿を「かわいい」なんて表現しようものなら、特大の雷が落ちてくるので、クッキーをねじ込まれるまでもなく、唇を魔術で閉ざす。
人慣れしていない猫獣人は気難しい。寄って来た時だけぼくはかまい倒している。挨拶がわりにモフっておいた。
用事は済んだと踵を返した上司だけど、思い出したかのように、ルイス様に視線を止めた。
「────そうだ、ルイス。明日からダンジョン行くけど、一緒に行く?」
「あ〜ん〜……せっかくですが、仕事がありますので。お土産の方をお願いしてもいいですかね。飴玉が欲しくて」
「み、土産? まぁ。別にいいけど」
2人の続くやりとりに、ぼくだけじゃなくて、その場の誰しもが思ったと思う。
いつの間にかそんなに仲良しになったの?
聞いてないんですけど??
流石のヴァン殿下ですら、ビックリしているんだから、ただ事ではない。
人嫌いで気難しいと有名な上司が、ルイス様に普通に話しかけているんだから。
数年一緒に仕事をしている、ぼくですら名前を呼ばれたのは数えるほどしかない。
話し終えて帰って行った上司を見送り、ルイス様がぼくをガシッと抱きしめる。
「何してるんですか。私の前で堂々と浮気ですか?」
「え、浮気?」
「ファーガス様の頭撫で回してたじゃないですか!?」
「え? えぇ?」
ただの猫獣人流の挨拶だと言ったぼくの主張は、その場の多数決で「違う」の言葉に常識をひっくり返された。
いや、ぼくよりルイス様の方がどうなんだって話をふると、別方向に話題が盛り上がりをみせる。
「ルイス・ルーベンスやリリィ・ブランもそうだが、ファーガス・フォーサイスがヴァン叔父上以外とまともに喋っているのは、見たことないな。なあ、アーチバルド?」
「???? オレのところに、たまにミルクティー貰いには来るな。叔父貴のところも来るでしょう? ゴロゴロしに」
「は? アーチバルド何しとるか。わしのところは本の話をしに来るだけじゃ」
アーチバルド王弟殿下が「オレ、何かやっちゃいました?」みたいな主人公顔してるけど、ルイス様も多分同類なんだと思う。空気を読んで、再び黙秘を貫いている。
ぼくはヴァン殿下と一緒で、本の話を振られたり、仕事の話をしたりはするけど、プライベートなことはよっぽどのことがないとアチラからはされない。
ましてや、遊びにだとか、それこそダンジョン行こうなんて誘われたこともない。
そんなぼくでも、多分、非常識寄り。
上司の頭はナデナデしてはいけないモノらしい。学んだ。
1人だけ接点のない国王陛下の項垂れ具合に、下手なことは言えないけど。この中で1番普通なのがこの方なんだと察した。
そんなこんなで、婚約も合わせ、ルイス様の養子縁組話は無事に幕を閉じた。
休暇明けに上司がいないことがわかったところで、ぼくはまた忙しい日常に戻ることに。特に夜はね。
ルイス様の邸宅に結局、そのまま住むことになったぼくは、ほぼ毎晩ルイス様を可愛がって、大体、腰砕になるまで蕩けさせていた。
全力で優しさと、好意と、欲望と。あふれる愛情を向けてくれるルイス様に、ぼくは惚れたのかも知れない。
「ルイスさま。愛してる」
好きが愛してるに変わったと自覚して言葉にして伝えてみれば、目を見開かれたあと。
それはそれは嬉しそうな満面の笑みを浮かべ、そのあとルイス様はやっぱり盛大に泣いた。
感情豊かなルイス様が、愛しくてたまらないので、その夜は精魂尽き果てるまで、入念に可愛がっておいた。




