10. 疲れたであろう? 茶でもシバこう。
「──って感じで、媚薬に倒れたブラン嬢を休憩室で一晩介抱しちゃって、折を見て迎えに行くと約束した訳だ」
「「「「「…………」」」」」
「え、帰っていいですか?」
「せめて事実確認が済んでからじゃ」
だめか。切実に帰りたい。
まず、三下悪役は魔法使いについて何も知らないことがわかった。
酒も酔わないが、ぼくは身体に害があると認識すれば、薬関係は全部分解してしまう。
10000歩譲って、何ですぐさまじゃあ医者に見せなかったとか、犯人を探して捕まえなかったとか、他も色々あったけど。結局、その日にぼくは仕事をしていて、王宮内の寮でも目撃者多数の裏取りが取れているで終了した。──かに思えたんだけど。
「魔法使いを独占して、どうするつもりだ! 国でも乗っ取るつもりだろう!?」
「そ、そうだ。独占は良くないです!」
「我々にも愛でる権利を!」
「う〜ん。ファーガス様とリリィ様でも良いと思いますがね。わざわざルーベンス公爵家のルイス様をあてがう意味もないでしょう」
「王国の誇り高き魔法使い様まで、手中に収めるおつもりか!」
三下悪役の最初のセリフを皮切りに。なんやかんや、みんな言いたいのはコレだったんだなって感じ取れた。ヴァン殿下に対しての不満だ。
何かひとり違う感じのが混じってる気もするけれど、気にしたら負けだ。
ため息を吐いたヴァン殿下が、コチラに視線を向ける。
多分、うちの魔法使い上司との友人関係を続けている方なので、長年こんなことを言われているんだろうなって察した。ため息を吐きはしても、様子は普通だった。慣れているのかも知れない。
確かにコレでルイス様ではなく、ヴァン殿下とぼくが結婚しようものなら、今以上に面倒なことになりそう。
「リリィさん、何か言いたいことはあるかの?」
「えっと……ルイス様と結婚出来れば何でもいいんですけど。あと、ぼくに色々と求められても、困るといいますか……」
寄って来る方々を全て相手にするのも、現実的に考えると疲れてしまう。人に対してぼく自身も好き嫌いはある。
それこそ、腹の底ではぼくのことを好ましくないと思っている方もいる訳で、希望者全てに好意的に接するのは苦痛だ。裂かれる時間が多いほど、好きな人をかまい倒せもしないし。
あとは独占がダメなら平等になるのかなぁ。
貴族社会で誰に対しても平等に接しなければいけないなら、全員と関わらない道に進むと思う。どうしてもヤれと言うのであれば。
そう説明すると、声を上げていた方々が黙った。
ああ、でも──。
「その時はルイス様だけ攫っていってしまうので。すみません」
「がははっ! 好きにすれば良かろう。リリィさんが本気で国を出て行くなら、ファーガスくらいしか止められんじゃろうて」
うちの上司は放任主義? なので、何もされないだろうな。そもそも、止められるほどぼくに関心あるとも思えないし。
「我が国がリリィ・ブランにとって、住み心地の悪い国だと思わせては忍びないな」
低く涼やかな声がその場の空気を一瞬にして塗りかえる。
これまで傍観するように、静かに行く末を見守っていた国王陛下。ポツリと呟くように口を開くと、王者の風格を持ってして、急に存在感が増した。
会議室に居合わせた面々の視線を一心に浴び、誰もが固唾を飲んで、国王陛下の次のお言葉を待つ。
「ファーガス・フォーサイスは元々他国籍の魔法使いだったのを、ヴァン叔父上が引き抜いて来たのだ。功績を称えはしても、それをとやかく言う権利は我々にはない」
「しかし、兄上──」
「アーチバルドよ。久方ぶりに純粋な我が国の魔法使いが誕生したのだぞ。我は嬉しかった。──皆は違うのか?」
困らせては可哀想だろうと言葉をつけ足すと、先ほどまで声高らかにヴァン殿下に詰め寄っていた貴族の方々が下を向いた。
かわりに、賛同する者がちらほら出始める。悪役三下も嬉しくはあったらしい。
三下悪役あらためアーチバルド王弟殿下に限らず、会議に参加していた方々を見渡し、国王陛下はひとりひとりに声をかけ、主張や意見、考えに耳を傾け、頷きで持って返事をする。
最後にぼくに真っ直ぐ視線を向け、優しげな微笑みで声をかけられた。
「急に大勢の目にさらされ、疲れたであろう? 茶でもシバこう。我々のような、普段から話し慣れている者どもは良いが、リリィ・ブランは個別で対応が必要だ。会議は解散としよう。今日はみなよく集まってくれた。──アーチバルド共に参れ。ヴァン叔父上はどうされる?」
「お呼ばれしようかの」
「では紅茶に垂らす酒の用意も。ルイス・ルーベンスも勿論参加するがよい。リリィ・ブランは甘い物は──」
わかった。ルイス様の進化先はこんな感じになるに違いない。朗らかで優しげな笑顔に、有無を言わせない押しの強さを兼ね備えた、光属性の国王陛下。勇者だ。勇者があらわれた。
各自の近衛騎士やら側仕えやら、色々引き連れ。国王陛下を筆頭に大所帯で進む。
王宮の奥まったところにある、王族のプライベート空間に足を踏み入れ、「今日は天気も良いからな」と、その一角にある中庭の東屋に案内される。
急ピッチでテーブルの上の支度が整う中、あとはコチラでやると言ったアーチバルド殿下が、綺麗な所作で紅茶を淹れはじめる。
流石に専属近衛騎士は数名残っているが、先ほどまで周りを取り囲んでいた側仕えや、ほとんどの近衛騎士がススス……と下がって行った。
ルイス様も他の専属近衛騎士と同様、席に座るのを固辞し、ぼくの背後に立ったままだ。
ずいっと差し出されたティーカップを両手で受け取り、ぼくは湯気の上がるソレを口に含んだ。ほわぁ〜。
「──結構なお手前で」
「ふんっ」
「リリィ・ブランはやはり、肝が据わっておるな。アーチバルドの茶は美味かろう?」
「はい。……何だかホッとする温かさとお味がして美味しいです」
「だ、そうだ。アーチバルド、そろそろリリィ・ブランにちゃんと謝りなさい。流石にやり過ぎだ」
「…………………………すまん」
小ぶりな洋梨のタルトに、チョコパイや可愛らしいカップケーキ、それと苺。
サーブされた菓子の乗るお皿を謝罪と共にずいっと差し出され、ぼくは再び受け取り、三下悪役からツンデレにチェンジしたアーチバルド王弟殿下の謝罪を受け入れた。タルトうまい。
一応理由があって、アーチバルド王弟殿下は王族のヘイト管理等を請け負っているみたいだ。
今回は、次期王太子と内々に決まっている、途中で会議室を出て行った第一王子殿下にあまり悪い感情が向かないよう、みずから買って出たらしい。
ちょっとのやらかしも、もっとヤベェ人がいれば、意識がそちらに向く。
ヴァン殿下も似たような立ち位置で、王家全体のバランスを保っているみたい。
悪役は悪役でも、本当に作られた、良心のある悪の『役者』って感じなのか。うわぁ。
「なんか……えっと。お二人とも大変ですね」
「そうでもないかのぉ。邪な考えを持つ者どもが向こうから寄ってくるんじゃ。裏で悪さするのが突然出るより、わしらが管理しやすいからの。この方がガス抜きにもちょうど良いんじゃよ」
「ふんっ」
「……ありがとうございます。いただきます」
お代わりの紅茶をツンデレ気味に注がれ、さらに追加されたメロン、ビーフカツレツのサンドイッチに、プチシューをいただく。甘いのと塩っぱいので、いくらでも食べられそう。あと、食感の違いは無限ループだ。うまうまだ。
王家の裏事情がわかったところで、国王陛下から提案を受けた。
専属近衛騎士にルイス様を引き抜きたいとの国王陛下の申し出に、王宮に来てから何度確認しても、ず〜〜っとぼくの後ろで無表情を貫いている人物を仰ぎ見た。




