俳優として生きる幸せだけを今はたどってくれますか?
リョウは、ハヤトに頼まれたことを実行したいので、
免疫不全症治療薬基金に匿名で寄付をすると言い出した。
その訳は、ハヤトが去る朝リョウに話したことからで、
ハヤトは少し前に非ホジキンリンパ腫と診断されていて、それはいわゆる後天性免疫不全症候群の発症例のひとつで、おそらくハヤト自身が自分でまねいた不治の病だということなのだが、治療薬がまだ資金不足で確立途中ということだった。
もともと人気俳優のハヤトはリョウと共演するはずだった仕事を急に降りてしまったので、
リョウとは少しの間だけしか関われなかったが、その短い間にハヤトは同じ側の人間として真っ直ぐで聡明なリョウを好きになり、親しく話をしたいと思い話しかける機会を待っていた。
俳優も飛び抜けて売れるようになるにつれ、態度や言動を飾るようになり、心を許せる同僚が作れなくなる仕事で、
すでにトップ俳優になっていたハヤトには信頼出来る人間は身近には居らず、本人は自分の事をずっと、組織に管理監視されている自由の無い金儲けの高級駒だと思っていた。
しかしようやく、一緒に仕事をした、このリョウならきっと理解し合える部分も多くあるに違いない、と思えるようになり、
急に仕事を降板した後も周りの人間にリョウの連絡先を尋ねたりしていたのだが、誰も何も教えてはくれなかったという。
そしてあの夜、ヤギとハヤトが青山界隈のバールで会ったのは偶然だったが、
一人で飲んでいたハヤトにヤギが声をかけて話しているうちに自分が今リョウのマネージャーをしていると言ってしまい、
是非ともリョウに会わせてもらいたいとハヤトが迫ったのでやって来た、ということだった。
ヤギは20年ほど暮らしたアメリカでハヤトと同様の病状の友人を何度も見おくったので、ハヤトの言うことを聞いてやりたいと思い、
リョウに会わせるために内密にユウコと暮らしているのがバレるかもしれないのも承知で、
ハヤトを2人の住むマンションに連れてきてしまった。
ハヤトは普通に通う高校の修学旅行中にスカウトされたのだが、それまでの彼の高校生活とて、たいして楽しくもなく特に気を許せる友人も居なかったと、
リョウが友人もいないつまらない高校生活の現状を話しても驚くこともなく、そんなもんでしょ、と、軽く笑ったという。
リョウもハヤトが大好きになった。
ユウコは自殺役ばかりのリョウのメンタルが気になっていたのだが、
同じ立ち位置のハヤトとの話がリョウの心に容易く流れ込み深く刻まれるのを感じ、同じ人気俳優としての孤独やプレッシャーを分かち合える同世代の友人の存在価値を大きく感じた。
ユウコが集めた情報によれば、
やはりマネージャーのスドウがわざわざ選んでリョウに自殺役に絞った仕事をとってきていたようだったが、
しかしそれは、彼なりに、役に入り込むタイプのまだ高校にも通っているリョウが毎回全く違う役よりは演じやすいだろうと、
彼なりに配慮してくれていたのではなかったのだろうかとユウコには思えた。
お陰でリョウのメンタルは負に偏ってしまっていたのだが。
スドウは、事務所の方針は俳優を長く少しずつ育てずに、旬を創ってその間だけ使い捨てるようなやり方で、まったく間違っている、と裏表なく口にするような男だったので、そのあたりが組織を去るという結果になったのかもしれない。
業界外部の人間であるユウコからみれば、売れて多忙に働く俳優に対してレッスンばかりで大きく稼がないお荷物所属俳優の数は相当多く、
リョウのような知名度も好感度も高い俳優を事務所がわざわざメンタルをつぶす筈は無いだろうし、
マネージャーがヤギになってからは高校生のリョウに似合うスニーカーや服や飲料水のCMも入ってきていた事から、
自殺役ばかりをする必要は無いと事務所もそろそろ検討してくれていたのではないかとも思えた。
-ハヤトもきっとそうだったと思えるが-
リョウの周りの人間は、売れて疲れているリョウには、
無理な事をさせないよう、辛い事をさせないよう、未確定な情報で惑わせないよう、など、
気を遣うことが常態化し過ぎて、それがかえって秘匿主義組織の外側に居るような孤立感をリョウに与えてしまったのではないか、
と捉えて、
これからは組織のなかで孤独感を持たずにやっていこう、と、ユウコはリョウに話した。
リョウやハヤトのように、これほど顔が世間に売れてしまったら、もう家の中以外では心の自由は無いに等しい。
けれど、だからこそ普通では叶わないような体験が出来るし、大きな感動を味わえる希少な機会が持てることを楽しみに俳優をやっていて欲しい、とユウコが言うとリョウは瞳を輝かせた。
リョウの憧れるフツーの退屈な高校生活やフツーの日本人としての日々の暮らしなど、
もうすでに不可能なのだ。
孤立感を抱えたまま病を苦に死を選んだハヤトが、
自分が俳優として支えている周りの人たちに、自分もまたしっかりと支えられて生きていることの幸せを、死んでしまう前に少しは感じてくれてれば良いね、と、ユウコがリョウに言ったが、
リョウはハヤトともっと早くに友達になれていたらハヤトはこんなかたちで死なずにすんだのだ、と言って泣いた。
リョウはまだ10代なんだから全ての物事の深淵を覗こうとするのはやめよう、
今は自分の役を演じることを楽しんで、手探りの主張は後回しで生きてみて。
有名になるって、どこにも弱みを出せない寂しいことだったんだね、
と言ったリョウの小さい声はユウコには最後まで聴き取れなかったが、すでに人の心を感動させられるほどの俳優である彼を、自分が守りたいと思った。




