結婚式編 9
サダーク、およびその腹心たちが騒動に気づいたのはかなり遅かった。
王城の部屋割りが北側を背にする造りになって構造的な死角になったこと、100年以上戦火にまみえることのなかったという心理的な死角があったこと、そして、現場にいた者たちが激しく混乱し、上層への報告をしているかどうかの把握ができていなかった事など幾つか理由は重なるが、落ち着きを取り戻してから、騒動が収まりかけてようやく、サダークの下に伝令の騎士が到着した。
「陛下! 大変です! 賊徒が侵入し、北の見張り塔、武器庫、指揮所に火が放たれました。現在、ドラム様が指揮を執り、怪我人の収容と、火災を起こした建物の消火を行っていますが、怪我人の数が多く、医師が不足しております。至急、応援の医師と魔術師をお願いいたします。」
駆け込んできた騎士はほとんど怒鳴り散らすような声量で、一息に報告を言い切った。それは、自分が受けた使命への責任感がなせる業であろう。言い終えた後の若い騎士にはどこか満足したような表情であった。
さて、では、その報告を受けたサダークはどうであったのか?
彼は疲れていた。
本来ならば、休養を取り、受けた傷の治療を優先すべきだが、現状それができるほど余裕がない。壊滅的なほどに不安と恐怖にさいなまれた王都の民への救済準備、せき止められていた物流を一挙に解放した結果、現場で発生している大小さまざまな問題の報告書、そのほかに、教会関連の報告や他国からの報告など目を通す案件が多く、病み上がりでありながらそれらをこなすサダークの体は限界が近かった。
そこに、飛び切りの爆弾が投げ込まれた。爆弾は既に爆発している。それも、大爆発で、サダーク積み重なった書類を枕にして眠りたいというささやかな希望を吹き飛ばしてくれた。どこまで悪いことが重なればこんなことになるのか、教会が敵に回っている以上は祈れない神に悪態をついて、サダークは報告された件を考える。
ドラムが指揮を執り、騎士団をまとめてくれているのなら、それほどの混乱もないだろう。ドラムが指揮を執った最精鋭たる王都特別警察隊を北に向かうメラクの護衛に回したのが痛かったが、残った者たちもドラムの指揮下ならばそれなりに動けよう。今必要なのは、怪我人を助ける医師、魔術師だ。そうだ、ドラムの屋敷いる使い手殿を再度、こちらに招いて、あれ?
報告を受けて、一瞬の間にサダークは考えを巡らせていた。一番怖いのは同士討ちなどの混乱だが、現場にしっかりとした指揮官がいれば安心である。騎士団長のドラムが騎士たちの指揮を執っている。あまりに自然なその言葉にサダークは一旦は何も気にせずに飲み込んだ。そして、不足している医師、魔術師の手配を考えると先ほど飲み込んだ言葉が暴れだした。
ドラムは今この王城にいないはずだ。
「もう一度、教えてくれ、誰が指揮を執っているのだ? 」
「はい、ドラム様が、騎士団の指揮を執り、対応しております。どうか、先に、医師と魔術師の応援を」
「ドラムがいるのか? 」
「はい、ドラム様と他に、魔術師様、奇跡の使い手様、あと、教会の方もいらっしゃいました」
「そうか、そうなのか、……、医師と魔術師をすぐにそちらに、あと、コーショウ、肩を貸せ、私も向かう」
「は、はい」
何が起きているの、サダークは痛む体を無視して、何とか騒動の現場に向かう。
「クソが、こいつらもか、 」
応援の医師、魔術師が加わり、ヒノクが任された仕事の分量はだいぶ軽減された。運び込まれる人間のほとんどは奇跡の力を使わずともいいもので、医師たちの力で十分対処が可能であった。しかし、時々、怪しげな雰囲気で、ヒノクに取り次いでくれという者が運ばれる。ヒノクが近づくといきなり襲い掛かり、その都度、ニックが取り押さえる。
既に4組目のそれを片付けて、治療し、彼らが目を覚ますと縛り上げて情報を聞き出した。彼らは全員が同じことを口にした。“女に頼まれた” 彼らからそれ以上のことは聞き出せず、明らかに何らかの魔術なり、何か別の力が働いていた。ニックが知る悪魔よりもずいぶんと知恵が回る敵に嫌気がさす、こう正面から殴り掛かってこない敵にニックは怒りを感じた。
「兄さん、言葉。怯えないでね、これ、口が悪いし、怖そうだけど、近づかなければ、大丈夫だからね? 」
「ヒノ、それは何も、いや、もういい」
「先生! こちらに! 」
明らかに不満と不機嫌をまき散らすニックに治療を待つ者、治療中の者、治療が済んだ者がみんな怯える。ヒノクがそれをやんわりニックに伝え、彼もそれを理解する。ニックが感じたままに怒りを表すことはここにいる人には強すぎる刺激であった。
「ヒノ! 襲われたと聞いたぞ! 」
「ヒノク様! 大丈夫ですか! 」
「ヒノ、ニック、ああ、よかった。2人とも無事で、犯人は? 誰? いるの? これで全員? そう、~~」
「待て、ギクリ、落ち着け! 殺すな! 」
ドラム、リョーエン、ギクリがヒノク達がいる場所に同時に現れた。ドラムは混乱する騎士団をまとめ上げ、その指揮を一旦部下に預けて、リョーエンは聖堂騎士団全てを連れて、ギクリは火のついた建物を全部消火して、全員が最善を最短の時間で終わらせた結果、ほとんど同着でそこに着いた。
「え? いま、ヒノク様って、先生? 」「ヒノク様? いま、リョーエン様が呼ばれたのは? 」「いや、それより、あの方、ギクリ様って大魔術師様の? 」「リョーエン様? 異端審議官の? なぜここに? 」「いや、それよりヒノク様の兄上様は、あの方はニックって言われなかったか? 」「待ってくれ、あの人たちは、それじゃあ? 」
声が聞こえた範囲にいた者は、その、おとぎ話で、英雄譚で、吟遊詩人が語る名前に反応した。先ほどまでの、力を見ていれば、それがもしかしたら、と思えるほどに、自分と違う力の持ち主たちに、目の前の5人に目線が集まる。
「失礼する! ここにドラム様はいるか! ドラム様! サダーク様がお呼びです! 皆様方も、こちらに! 」
一人、知らない若い男がそこにいきなり現われて、注目を集める疑惑の5人が呼び出された。




