結婚式編 8
次々に消される火の手、怪我を負ったものも奇跡の力で再び戦場となった城内に戻った。
混乱は終息しつつあった。
集団が秩序だった行動を開始すれば、少人数の敵が起した工作など怖いものではない。結局のところ、正攻法で攻略できないので、奇策、計略を用いるのである。
姿が見えない敵に持った恐怖、不安などは既に過去のものになった。時間は予測したものよりずいぶんと早く、敵に味方した。完全に奇策、計略のアドバンテージは失われ、今度はその手に対する怒りを覚えた敵を相手にしなくてはならない狂信者たちは、禁じ手たる手段を用いた。
「怪我を負った者はいるか? 」
「使い手様はどちらにいる! ここに一人、怪我人が! 」
「なに? 使い手様は、あちらだ! 手を貸すか? 」
「いや、いい。ありがとう、ほら肩に掴まれ、行くぞ! 」
城内の騎士団はドラムの下で、聖堂騎士団はリョーエンの下で落ち着きを取り戻す中、一番に優先されたのは怪我人を救う事である。火の手はギクリの絶大なる魔術の力に任せて、とにかく、救えるものを探すことを優先した。
怪我の治療は出来る限り早い方がいい。ヒノクの下に運び込まれるもの多くは火災による火傷、もしくは、混乱していた時の打ち身、骨折などで、多くの者は何とか自力でヒノクの下に向かい、ヒノクもその程度に応じて、治療を行う。
いまだに、王宮から魔術師、医師などの応援が到着しない中で、ヒノクが孤軍奮闘する。そこに、肩を抱えられて、自力で動くことのできないような怪我を負ったものが運び込まれた。
「使い手様 ! こいつを見てください! 」
「今、行くわ! 」
「しっかりしろ! 大丈夫だ! もうすぐ、助かるぞ! 」
肩を貸した騎士は抱えていた怪我人を横に寝かせ、身をかがめて、大きな声で懸命に励まし続ける。ようやく、目の前の患者の治療を終えて、ヒノクがそちらに向かう。
「ありがとう、では、そこをどけて、」
「頑張れ、頑張れ、もう少しだ。あと少し、」
「怪我は火傷? 骨折? どこが痛いのか、」
「いまだ! 」
「食らえぇええ! 」
「えっ? 」
怪我人を治療する為にヒノクが近づくと、彼らは息を合わせて、ヒノクに剣を向けた。あっという間の早業に、その場にいた怪我人たちは何が起こったのか理解できなかった。
戦場には、いや、戦場においても守らなくてはならないルールなどが存在する。本当に無法な状態で戦い合うことなどほとんどない。特に、怪我人を治療する医師や奇跡の使い手を狙って攻撃するというのは一番やってはいけないルールである。
この世界において、人間は人間同士で争い続けているのではない。悪魔や魔物など人間に対して脅威となる存在が確かにいるので、人間同士が争うときには必ず手心が加えられていた。騎士団などもその一つで、戦う為だけの専門職は国力をすべて注ぐような総力戦になることを押さえる意味合いがあった。
狂信者たちが今、この場において、最も欲しいのは時間である。
禁じ手たる手段を選んだのは、その時間を稼ぐためである。強力な魔術を単独で行使できるギクリ、本人が化け物ように強い上に周りが騎士団で固められたドラム、リョーエンを狙うのは、利口ではないどころか、目的達成を考えれば絶対に選ばない選択肢だ。
その点、怪我人を治療するヒノクの傍にはわずかな護衛と大多数の怪我人しかいない。本人は悪魔などの存在に対して強いが、決して、武力的に優れてない。さらに、怪我人を治療する彼女が狙われたという事であれば、それを解決するために、指揮官たるドラム、リョーエンは人を割かざるを得ない。
重傷を負った怪我人を再び動けるようにできる奇跡の使い手は非常に重要で、貴重で、戦場において最も目立つ存在である。それを失うという事は、混乱からようやく立ち直った彼ら騎士団を再び、混乱させるものであり、勝ちの目が少なくなった敵が取れる最適な一手であった。
護衛が規格外という事を知らなければ、大成功であろうその手は、ドラムが読みきっていた。
「……」
「いいか! お前ら動くな、」
「我らの崇高な目的のため、」
「ドアホォォォオオオ! 」
ヒノクの傍にいたニックが音もなく動き、ヒノクを人質に取ろうとした2人が死角に入ると、彼らが何か言い終わる前に怒声を響かせて、彼らを両手で後ろから持ち上げる。まるで子猫や子犬のように軽々と持ち上げられた彼らは完全にパニックになり、聞こえた声に、持っていた剣を落とす。剣は土に柔らかく落ち、抵抗する手段を失った彼らの顔色はそこにいた怪我人の誰よりも悪いものとなる。
「ひぃいいい」
「やぁめぇぇええ」
「バカ者が!! それでも、男か! この、この、この! 」
「兄さん、止めて、それ以上したら、手間が増える」
ニックが大の大人二人を上下左右に揺らし、完全に気絶したところで、ヒノクはやっと間に入る。さすがの彼女も、剣を突き付けられて驚いていたのだ。まさかこんな手を使うとは、兄が何としてもノイエを連れてこないようにした理由の一端が垣間見えた。
「ヒノ! お前も、気をつけんか! あんなあからさまに怪しいのに近づくとは、まったく、」
「兄さん、ほら、解放して、その人達も見るから、」
「使い手様! そんなことは、」
「話を聞けるでしょ? それに、私は、怪我していないから、」
「使い手様、……、」
ヒノクの判断は間違っている。しかし、誰もそれに異を唱えることができない。明らかな、ルール破りである以上、彼らを救うことはないのだが、聖職者である彼女の目の前で処罰もできず、その判断に従う。
「先生! 先生ですね! 手伝いに参りました! 」
どこかもやもやした空気の中で、それを知らない新しい声が響く。生き生きとしたその声は、ヒノク達がいる場所の外から聞こえた。
「もう一度、教えてくれ、誰が指揮を執っているのだ? 」
「はい、ドラム様が、騎士団の指揮を執り、対応しております。どうか、先に、医師と魔術師の応援を」
受けた傷の痛みと、確認が必要な案件の処理、教会の動き、他国の動きなど眠ることのできないほど抱えたサダークの眠気を覚ますように、若い騎士は元気いっぱいに不思議なことを報告してきた。




