結婚式編 4
「……ああ、どうなるのかな、これから、」
ザーマは一人、部屋で沈んでいた。
「許してもらえないかな、私だけで……、」
死んだはずの自分が、また、死ぬのだと何の抵抗なくそれを受け止めていた。その未来について、不思議と恐怖も悲しさも感じなかった。どこか達観したような、流れに身を任せるしかないとそんな境地に立っていた。ただ、同時にザーマはものすごい申し訳なさも感じていた。それは、自分に関わってしまったから、自分と同じように裁かれるかもしれないという人たちへの心配と後悔であった。
父が、イダンソが刺した相手はこの国の王子サダーク様である。であれば、父は助からない。自分はその父の一人娘だ。きっと許してはもらえない。でも、他の人は、屋敷の者や、領地の者、私を助けに来てくれた4人は助けてほしい。いまいち、この国の法律がどこまで人を裁くのか分からないが、何とか許してもらえないか、ザーマはそれだけを考えていた。
事件の後すぐに、ザーマはこの部屋に閉じ込められた。刺した父イダンソはもちろん、自分を助けに来た4人も同じように取り押さえられて別々に運ばれた。正直に言えば、もっと酷い目が待っていると思っていた。人の尊厳を徹底的に辱めるような未来が待っていると思っていたのに、連れていかれた部屋で待っていたのは真っ白な時間であった。
牢獄のような場所ではなく、どう見ても普通の部屋にザーマは案内された。そこでは朝、夕に過不足ない食事が運ばれ、服も自宅で着ていた物とは少し違うが毎日別の物が準備されていた。何かあればすぐに控えたメイドが部屋に入り対応してくれた。そこでは何の不自由も感じない生活が用意されていた。怠惰に生きようと思えば、そのまま、どこまでも怠惰に生きていけるような環境は何かの実験動物のような気分をザーマに与えた。
食事を運ぶ人に、服を用意する人に、何度か話しかけても、彼女らは何も答えない。時間を潰すための本だけが渡され、完全に外部から切り離され、圧倒的な一人の時間を過ごすザーマには、その時間を耐えるために、考えてはいけない未来を考えるしかできなかった。つまりは、罪の意識、わずか1日で10も20も老けたような精神的なその拷問は、ザーマの心をすり潰していた。
「もうできません、あのお方にいったい何の罪があるのですか! 」
「私も、これ以上は、涙が出そうで、次に言葉を掛けられたら、自分を止めることはできません」
「分かった。分かったから、すまないが、では別の者を呼んできてくれ、頼む」
「ええ、もう、誰もやりたがらないと思いますよ? 」
「では、引き続き、君たちが、」
「ほら、探してこよう」
「う、うん」
食事を運ぶメイド、服を用意するメイドは、その他関係したメイドたちは、ザーマの日々の姿を事細かに自分の上司に報告した。物に当たる様子も、人に当たる様子もなく、観察する限り、深く後悔と反省を繰り返すザーマの様子は、本来、無関係な彼女たちメイドにも、影響を与えるほど絵になる姿であった。彼女たちの知る貴族の姿は傲慢ともいえるほどに自分を飾り立てるものだ。しかし、軟禁中のザーマは傲慢どころか、何かすればその場で消え去りそうな危うげな儚さがそこにあった。
こちらを気遣うような言葉遣いで話しかけてくるザーマに、一切の接触を禁じられたメイドたちは何も話さずにその場を立ち去る。ザーマの寂しそうなその顔にとてつもない罪悪感を感じて、メイドたちは息をするのを忘れて、彼女たちの上司当たるこの男に抗議し、配置換えを申し出た。彼女たちも、先輩からどうしてもといわれて、代わった仕事であるが、こんなに胸が痛くなる仕事は続けられない。上司から言質を取って、その場を足早に去る。
上司は既に諦めていた。城内にいるメイドのベテランから、中堅、新人まで回ったのだ。彼女たち情報網でこの仕事は駄目だと出回っている。いっそ、枯れた爺を採用して任せてみるか? いやいや、そんなことはできない。どうしたものか考えていると、部屋がノックされる。
「ああ、どうぞ、空いてるぞ」
「失礼します。食事を運ぶように命じられてきました」
「ん? ああ、あれ? 君は誰だ? 」
「本日王城に呼ばれました。カースと申します」
「呼ばれた? ああ、増員? 聞いてないなぁ、何だよ、そんなに早く動くなんて、仕事の優先順位が違うだろうに、いや、そこまで出回ったと考えるべきか、……うん、カースさん、えっと、君が食事を運ぶのは」
「ご令嬢様ですね」
「ああ、そうだ。ハイビッシャー家のご令嬢様で、その、重要人物なので、話しかけられても何も答えないようにお願いするよ」
「必要なこと以外でよろしいですか? 」
「ああ、もちろん。大貴族様のご令嬢だからね、失礼はないように」
「はい、失礼などいたしません」
「ああ、お嬢様、お嬢様、寂しかったですね、寂しかったですよね? 私は寂しかったです! 舐めていいですか、嗅いでもいいいいですか? ほおずりしていいですか、撫でても、揉んでもいいですか? 」
「……、カース? あなたも捕まったの? 」
「しゃべった!!! お嬢様! ああ、声が、耳が幸せです。あの、ほんとに舐めていいですか? 視覚と聴覚の幸せを舌の上でも味わいたいのですが? せめて、嗅ぐだけでも! 」
「……」
「ああ、沈黙は了解ですよね? 否定は肯定、嫌よ嫌よも好きのうちですよね? ああ、目が刺さる、お嬢様を痛覚でも感じられるなんてなんと素晴らしいのでしょうか! 」
「はぁ、ありがとう」
「……、いいえ、元気でましたか? お嬢様? 笑ってください。もうすぐ、他の者も来ますから、」
「ねぇ、一つお願いがあるのだけど? 」
「はい、分かりました。今日からカース・ハイビッシャーとなります」
「私を助けるために捕まった人が4人いるの、彼らも助けて、お願い! 」
「……、分かりました。お嬢様。でも、男は置いていきますよ? 」
「安全な場所でお願いね」
日が沈み、静かなはずの夜が騒がしくなった。ザーマを救うために彼女を慕う狂信者が動き出した。




