奇跡編 10
2度目の失神は、浅く、サダークは彼を失神させた医師たちに鬼の指導を行うヒノクの声で目が覚める。本来ならば、王子の側仕え達が王子に危害を加えたこの医師たちを排除するべきなのだろうが、ヒノクが烈火のごとく指導する様子に、また何も言えずにただ懸命に王子の容態を見ていた。
「ここは、」
サダークの口から先ほどと同じ言葉がこぼされ、それに気づいたコーショウは安堵した。そして、今度は前の失敗を繰り返さないように、完全に先生と呼ばれることが定着した使い手様だけを呼んだ。
「王子! よかった。先生! 王子が、サダーク様が目を覚ましました! お願いします。先生! 」
「だから、え? ああ、王子様、お目覚めですか? お加減如何ですか? 手先、足先にしびれや不具合ございませんか? ああ、体を起こすのはまだお止めください。今そちらに参ります。」
「い、いや、良い。貴女のおかげで助かった。褒美は後程、用意させる。」
「サダーク王子! お待ちください。先に、」
「コーショウ! 余はどのくらい寝ていた? その間に何があった? 今はとにかく休める時間があるのか? 」
サダークはコーショウが呼んだ先生という人物に心当たりがなかった。しかし、その声は聞き覚えのあるものであった。しかしどうしても思い出せない。思い出そうとするとその前に、自分が刺された時のことの方が鮮明に浮かぶ。刺されて、メラクにその後の指示を与えて、そのあとは?
彼自身は本当に万全にほど遠い状態であった。しかしそうであっても、確かめなくてはならない事がある。それは使命感、そして、責任感というものであろうか、その言葉に力がこもり、その場にいる誰もが、サダークの言葉に黙り込んだ。
「……、では、王子、無理は決してなさらずに、皆様方もそれを支えてください。」
「先生、了解しました」
「使い手様、では、誰か、馬車を! 」
そして、王子の言葉に一番にヒノクが反応した。彼女の決断に誰もが従い、動き始める。ヒノクは医師の代表にいくつかその後指示を与え、何かあれば、ドラムの屋敷を訊ねるように伝える。その間に、サダークはどうにか体を起こし、その後の事をコーショウから確認する。
「そうか、侯爵とザーマ達をあけて監禁したのか……、」
「は、メラク様のご指示にて、」
「彼らは、侯爵に取り込まれていたのか? 」
「いえ、尋問などはまだ、」
「王子様、それでは、くれぐれも無理はなさらぬように、何かありましたら屋敷までご一報ください」
「ああ、世話になった。この恩は忘れぬ」
「有りがたきことで」
「では、使い手様こちらに、」
ヒノクの帰りの馬車が用意され、彼女は監禁、尋問など物騒な言葉を聞きながら、それ以上は聞かぬうちにその場を離れる挨拶をした。コーショウはヒノクを馬車の下まで案内しにサダークの傍を離れる。医師たちは、その機会に、サダークの傍により、体調など軽く問診を行った。
「サダーク様、お体の方は? 」
「ああ、先ほどよりは良くなった。そういえば、あの方の名前は、なんというのだ? 」
サダークは先ほど持った違和感の正体を確かめるべく、先生と呼んで慕っていた医師たちに問いかける。医師たちは皆、黙り込む。
「知らんのか? 知らぬものを先生と呼んでいたのか? 」
「い、いえ、コーショウ様がお連れした方でしたので、そ、それに見事な医術の知識に、奇跡の使い手でありましたから、名のある聖職者様だと思いまして、」
「そうか、では、コーショウに訊くか」
医師たちはヒノクからもたらされた情熱と知識の吸収に熱心で、彼女の正体を確かめることをすっかり忘れていた。そして、それは、戻ってきたコーショウにも答えられない問題であった。
「お前は、名も知らぬ者に余の身を任せたというのか? 」
「申し訳ありません、ドラム様の屋敷にいらした高位の方だとは思いますが、」
「余は、誰に助けられたのだ? 」
サダークは誰にも聞こえない小さな声でつぶやいた。
ニックたちはヒノクを除いた全員がドラムの屋敷で一番広い食堂に集まり、ここ何日かで手に入った情報を順繰りに語り、それを一旦、整理することにした。しかし、各自が語る情報を整理するればするほど、ニックたち全員の声は小さくなる。
ニックとドラムは北の砦で聞いたハイビッシャー侯爵が王位簒奪の計画が進め、ザーマはその計画に使われているかもしれないという話、ギクリとベスから第一王子が王宮内で暴漢に襲われて意識不明の重体という話、リョーエンからは教会が悪魔を討伐するという名目で騎士団を招集しているという話、それらをまとめるとどう考えても王位簒奪の意思を持ったハイビッシャー侯爵の話になる。
「……」
大人たちが、静かに語る中で、一人ノイエは激しくショックを受けたように顔を青ざめた。
ノイエが望んでいる姿ではない。
ノイエは今も王国内でただ一人、メラク王子とザーマ・ハイビッシャーの幸せな結婚式を望んでいた。
彼女は、王子が幸せになればいいと考える正真正銘の負けヒロインであった。




