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奇跡編 9

「リョーエン、ああ、すまん! 忘れておった」

「ニック! リョーエン、いや、その、そのな、いろいろあってだな、儂はおぬしの事を忘れていなかったんだぞ? 」

「あら、リョーエン、お久しぶり、また大きくなってない? 」

「いきなり何のことですか? ギクリさん? どうしてこちらに? いや、それよりも、ドラム兄さん、先ほどの者達ですが、王城に入っていきました。誰かこちらから連れて行ったように見えたのですが、一体、彼らは何者ですか? 」



 外から聞こえた物音に一時、全ての討議が停止する。新たな脅威の存在が、その場の混乱を鎮めるのは不思議なものだが、何かが起きれば対応しなくてはならない。


 ニックは、ドラムとギクリの方に目を向けると、彼らはそれに反応してくれた。ベスと悪魔にここを動くなと伝えて、三人で物音がしたほうに向かう。近づくにつれて、相手の気配が分かるとニックは素直に謝罪した。すっかり存在を忘れていた弟分リョーエンがそこに立っていた。


 ドラムは気まずそうに顔を背けてリョーエンに声を掛け、ギクリは久しぶりの再会に喜びを表した。リョーエンはその反応に困惑する。ギクリがここにいる理由など、聞きたいことが出てきたが、一旦それを横に置いて自分が見たことをドラムに伝える。


「王城に向かった? ん? あれはドラムの客だったわけか? 」

「儂は知らんぞ? そういえばお前の妹、居ないじゃないか? 」

「ああ、それは、ヒノよ。王子が意識不明の重体だから、王宮から呼びに来たのよ」

「ああ、そうなのですか」

「そうか、そうか」

「何じゃそれなら、納得じゃな」

「「「ハハハ」」」



 リョーエンからの報告に、ニックとドラムはそういえば自分たちがどうして裏口から入ったのか思い出す。屋敷を夜遅くに尋ねてきた不審な輩を警戒して、やったことだと今更ながら思い出す。年寄二人は先ほどからの新しい情報の連続に少し古い情報は頭の中からきれいさっぱり忘れていた。


 ギクリだけがリョーエンの質問にきちんとした回答を返した。その場に居合わせて話を進めた者なので、リョーエンが見た人の正体と王城に向かった理由を簡潔に説明できた。彼女は偉大な魔術師で、この場にいた面子の中で飛びぬけて頭が良かった。だから、彼女説明は分かりやすく。三人はさらりとその説明を受け止めて、飲み込んで、

 

「「「はぁ!!!???」」」

 

 思いっきり、吐き出した。


「どうしたの? 先ほど来たのは王宮の使者で、コーショウ・バッソという王子様の側近よ? 」

「いや、いやいや、ギクリ、王子が意識不明の重体? 国の大事じゃぞ! 」

「コーショウ、コーショウ、サダーク様の近習か? サダーク様が重体? どういうことだ? ご病気か? 心労か? 」

「ギクリさん、詳しく話してください! 全部、一から、全て!」


 三人は噛みつかんばかりに近づいて、問い詰める。ニックとドラムはこの国で生まれ、どちらも爵位をいただくまで出世した身である。ニックは少し王家に思うところあるが、それでも王国の大事になることであれば働くぐらいの恩義は感じていた。リョーエンは直接王国に、王家に関わるものはないが、それでも王子が重体という話は無視できるものではなかった。


「え、えーっと、中でみんなで話さない? 少し話が長くなるし、なんでリョーエンがいるのか私も聞きたいし、それに、ベスもみんな心配すると思うわよ? 」


 三人の迫力にたじろぎながらも、ギクリには何となくわかった。この話が絶対に長くなるという事が、ただ、ここで、話を省くと何かまた面倒くさい事になるというのが何となく予測できた。だからこそ、腰を据えて話せる場所での話し合いを三人に提案し、三人は了解した。


 屋敷に戻り、ギクリが話を始める前に、リョーエンの姿を見た悪魔が気絶したのは割愛する。



 サダークが目を覚ましたのは、ヒノクの治療が終了してから3時間ほど過ぎた頃であった。


 既に、王宮の医師たちはヒノクの事を先生と呼び、どこから取り出したのかヒノクはろう石を持って、大きな木の板に救命の手順や各対応を事細かに書き出していた。医師たちもそれを懸命にメモし、また、質問をして、活発な議論が行われていた。


 ヒノクは決して奇跡だけが人を救うものではないと考えていた。今はない教会で、学士たちに命を助けるための治療を教えていたのは、奇跡の力が届かない人を少しでも救いたいという彼女の気持ちであった。王宮の医師たちがヒノクの力に卑屈になれば、ヒノクはまずその性根を叩きなおし、もう一度、治療に向かい合えるように教育をしていた。


 その間、サダークの様子は医師たち以外の者が代わる代わる見ていた。本末転倒な気配がするが、医師たちの熱く燃える姿とそれを時に厳しく、時に包み込むように指導するヒノクの姿に誰も文句をつけることはできなかった。



「ぅうーん、ここは、」

「王子、目を覚まされましたか! 使い、先生! こちらに! 」

「よし! じゃあ、みんな、行くわよ! 」

「「「はい!!! 先生!!!」」」


 チームヒノクは熱い気持ちで意識を取り戻したサダークの様子を確認する。


 いまだに、血が不足しているのか、手先に力が入らないサダークはその強い想いのこもった治療の前に、何も抵抗できずになすがまま、体中を撫で繰り回された。その凌辱にも似た触診が終了すると、再び、サダークは意識を失った。

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