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奇跡編 7

 ドラムの屋敷の外でリョーエンは一人、息を完全に殺して潜んでいた。彼の視線の先には、男が一人立っていた。男は潜むリョーエンに全く気付いた気配はなく、ドラムの屋敷前で座り込み、時折、立ち上がっては右に左にうろうろと歩く。その様子は、どうにも素人くさく、リョーエンにはその男が脅威に見えなかった。


 やがて、屋敷の中から荒々しい気配と騒々しい物音が聞こえ、屋敷の前の男は動くのを止める。少し間をおいて、屋敷の門が開き先ほど屋敷の中に入った男が一人、人間を連れて外に出てくる。屋敷の前で待っていた男は、すぐに動き出し、どこかに隠していたのか立派な馬車を操り、2人を乗せて、馬車は走り出した。


 リョーエンはその様子をじっと観察しながら、どうするべきか考えていた。それはすなわち、今、襲撃をかけるか、それとも、このまま動かして、敵のアジトを見つけてから、襲撃をかけるかである。リョーエンが見た範囲で馬車を操る男も、屋敷から出てきた男もそれほど大した敵には見えない。しかし、そんな彼らが乗り込んだ馬車はかなり立派な代物であった。何か大きな犯罪組織が関わっているのならば、一旦はこのまま泳がせて、芋づる式に引っ張り上げるという手もある。


 リョーエンは少し考えた後、後々の為に後者を選択した。方針を決めると、リョーエンはまず手近にあった石をいくつか拾い上げ、それに自身の力を流し込み、手の中ですりつぶして細かな砂を作った。これは後でニックやドラムが自分を追いかけてくるときに場所が分かる目印とするためにもので、本来はそれ専用の色が付いた砂や穀物を使うのだが、手元に何もなかったリョーエンはその力で自作した。


 寝静まる王都をその馬車はかなりの速度を出して走る。リョーエンはその後をぴったりと後ろについて追いかけつつ、手作りの目印を残していった。少しして、馬車はいきなり速度を変える。リョーエンは尾行に気づかれたと判断して、少し距離を置いて馬車は追いかける。その後、馬車はリョーエンに気づいた様子はなく、そのまま走り続け、やがて、馬車が目的の場所にたどり着くと、リョーエンは呆然とその進む馬車を見送る事しかできなった。


 馬車は王都の中心、王城へと消えていき、リョーエンは一旦、ドラムの屋敷に戻ることにした。



 コーショウは賊の手から、奇跡の使い手様を守るために急ぎ、表で待つ馬車のもとに向かった。屋敷の外でずっと待っていた御者も何か騒がしい屋敷の様子にただならぬものがあると思ったのか、すぐに離れた場所に止めた馬車を持ってきて、2人を乗せる。御者はそのまま王城に向かって、馬車を走らせ始める。


 馬車に乗り込み、走り始めるとコーショウは少し安心した。今も意識が戻らないサダーク様のもとにこの奇跡の使い手様をいち早くお連れするという使命が果たせる。彼はそのことに安堵した。


「あの、よろしいかしら? 」


 奇跡の使い手様から、遠慮がちに尋ねられるまでは。


「は、はい? 如何なされましたか? 酔われましたか? 少し速度を落としますか? 」

「いえ、あの、後ろから誰かが後をついて来ていますが、どうしますか? 」

「え? ……、え? 」

「かなり、強そうですね、もっと速度を上げて、振りきれないかしら? 」


 強いという言葉に、コーショウの頭の中には先ほどのドラムの屋敷の中で感じた存在が容易に思い浮かんだ、そして、思い出すだけで背中に冷たいものが流れるのが分かった。しかし、あの時の存在はこちらの味方であった。だが、今回のそれは? 声が震えているのは自覚していたが、コーショウは使い手様に相手の事を聞く。


「あ、あの、つ、強いとは、ど、どれほど? 」

「うーん、上手く気配を隠しているから、何とも、屋敷を出てきたあたりからずっと後ろにいるんですよ」

「や、屋敷から、お、おい! 速度上げろ! マズイ、追われている! 」

「は、はい! 何かに掴まっていて下さいよ! 」


 屋敷から出てきてずっと? 気配を隠してずっと? もしかして、それって? あまり慌てた様子のない奇跡の使い手の言葉にコーショウは、様々考える。究極的には敵か味方か、答えを出すには情報が少ない中で、コーショウは第三の道を、つまり、“急いで逃げる”選択した。


 馬車は本当に王都の道を爆走した。僅かな段差に、何度も馬車は飛び跳ね、その度に車内では何度も酷い目に会いながら、馬車は速度を落とすことなく走り続ける。


「ど、どうですか、振りきれましたか? 」

「うーん、よくわからないですね、離れたような、近くにいるような? 」 

「もっと、速度を出せないか! 」

「無理すよ、旦那! 王城に着きますからこれ以上は、」


 コーショウは王城に着く前に振り切りたかったが、それが叶わないと御者から言われ、考え方を変える。王城に逃げ込めば、騎士団がいる。もしかしたら、対抗できるかもしれない武力集団がいる。


 先ほどの屋敷で感じた恐ろしい気配の持ち主を自分が知る騎士団が相手にできるのか、大いに疑問に感じつつ、コーショウは自分が大きな問題を、爆弾を持ち込もうとしていることを理解しながら、その道を選んだ。


 速度を落とさないまま、突っ込むように王城の門をくぐり抜けると、コーショウは門衛に固く門を閉めろと命じ、騎士団の招集を命じた。

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