奇跡編 6
裏手からゆっくりと屋敷に迫る人は気配を意図的に隠しているが明らかに強い。表からの使者がおとりでこちらが本命なのか? 目的は何だ? 人か物か? いやそれとも、……、悪魔は黙々と考え込んでいた。
本人は気づいていないが、悪魔が今懸命に考えている屋敷にいる人をいかに守るかという事は、決して狡猾な悪魔の思考ではない。
悪魔は本来、人間なんて守らない。契約した者はある程度守るが、それ以外、他の人間なんか守るなんて考えない。今回だって、契約者のギクリと対象のノイエ以外は放って置けばいいのだが、悪魔は全てを救えるように考える。悪魔はいつの間にか起きた自身の変化に気づかないまま、ちらりと横で自分の発した言葉に怯えた少女に目を向ける。
「悪魔さん、囲まれているって 」
「ああ、……、お嬢ちゃん毛布をかぶって、耳を塞いでくれ」
悪魔が不用意に発した言葉に傍にいたノイエは不安そうな表情をしながらも、声を震わせずに尋ねてきた。その態度に悪魔は腹をくくり、悪魔はいろいろと考えた中で、最善だと思う方法を選択した。
屋敷にいる人(ギクリ、ベス、ヒノク、メイ、ニーナ)皆に危険を知らせ、裏口からの侵入者に奇襲の失敗を理解させる一番簡単な方法、それは、
「賊だ!!!」
とにかく大きな声で、屋敷中に響かせる事であった。
悪魔がこの答えを選んだのは二つの理由がある。
一つ目は、一番早く危険を知らせられるから、屋敷の中で弱いのはメイやニーナ、そして、ここにいるノイエだ。彼女たちの安全を確保するためにいち早く知らせる必要があった。
二つ目は、侵入者の正体は不明だが、気配を隠し、慎重にこちらに近づく彼らは間違いなく強い。そんな彼らに、作戦が失敗したと思わせて、焦りから何か自滅することを願った。
悪魔はできる限り考えて最善を選んだつもりだが、結果は、予期しない方向に進む。
「賊だ!!!」
悪魔の大声にニックもドラムも申し合わせたように同時動き出した。気配を隠すのをやめて、むしろ威嚇するように、その体から物凄い力を外に向けて放ち、最短距離で一直線に屋敷に飛び込んだ。
「賊よ! 出てこい! 」
「ここが儂の屋敷と知っての事か!!!」
ニックとドラム、2人の英雄の雄たけびは、先ほど比ではないほどに屋敷を震わせる。大悪魔にも、竜にも例えられるその力を不逞な輩に向けて脅しの言葉に合わせて放出すると、いくら頑丈な造りのドラムの屋敷であってもよく揺れた。
「賊? 賊だと、先ほどの! ……」
コーショウは屋敷に響いた悪魔の声に反応し、ドアの方に顔を向け、外で会った不審な存在を思い出し結びつける。まずいと正面にいる三人に言葉を掛けようとして、今度はさらに大きな声とそれを上回る圧倒的な力を感じる。
コーショウはその圧倒的な力、殺気の塊のような力を感じを浴びて言葉を失った。とんでもないようなその気配は、武人ではないコーショウであっても、その気配の持ち主がものすごい相手だと分かる。この気配の持ち主は誰ですか? と正面いる三人に聞きたくなったが、とにかく言葉が出てこない。聞きたいことがあるが衝撃がでかくて話せない。
コーショウがそんな四苦八苦している最中、三人はひそひそと声を伏せて会話する。
「賊? あれ、兄さん? え、早くない? 」
「早いね。でも、これで賊は心配ないでしょ? 」
「むしろ、やりすぎないか心配よ」
「私が手伝いに行こうか? 」
「いや、義姉さんがいったら、何も残らないでしょうが」
「うーん、私とギクリちゃんでやりすぎないように話すから、とりあえず、ヒノちゃん、王宮に行ってちゃっちゃと終わらせてきたら? 」
「それも、そうね」
三人は、役割を決めて、いまだになんと話すべきか迷っているコーショウに向かって、何事もないように話し始める。
「では、王宮に向かいますか」
「え、あ、あの、ぞ、賊は? 」
「問題ありません。それより先にサダーク様の容態が、」
「そ、そうです。……、分かりました。では、表に馬車がありますので、ご一緒に」
「ああ、すぐに向かいましょう」
いきなり話しかけられて、コーショウはようやく言葉を口にできた。未だに、頭の中は大混乱で色々と聞きたいが沢山あるが、何かを訊ねる前に、ヒノクは先に話を切り出した。コーショウは自分がすべき最優先を思い出し、聞きたいこことを封印して、仕事を優先する。
「じゃ、行ってくるね」
「がんばってね~」
「こちらの心配いらないからね」
ベスとギクリに軽く挨拶して、ヒノクは王宮に向かう。
「ああ、ヤバい、ヤバい、どうしよう。」
「あ、悪魔さんどうしたのですか? おじい様たちがいるから、大丈夫ですよ」
「…うん、そうだね、その通りだね……、」
先ほどまでの不安な表情から一変して、ノイエは安堵していた。何せ、世界で一番強いと思っている彼女おじいちゃんがいるのだから、悪魔が言う賊なんてすぐに倒してくれる。震える悪魔を元気づけるように明るく声を掛ける。
ノイエの明るい表情と言葉に悪魔は何とか返事を返す。まさか、その2人を賊だと思っていたなんて言えずに、消え入りそうな、小さな声で悪魔は返事を返した。
近くから、どこにいる、出てこいと、ドスが効いた低い声が聞こえる中で、悪魔は何と謝るか一生懸命考える。




