最悪の日が明けて
後に最悪の一日と呼ばれる夜が明け、ヒノクの教会跡地に2人の若い国軍騎士が事情聴取と調査の為に訪れていた。
「うわぁー、ほんとだ。つぶれてる。」
「なぁ、どうするよ?完全に潰れてるじゃないか?」
「まぁ、いつも通りにやりましょうか。」
「いいのか?」
「いいんですよ、誰も望んでないんですから、さっさと終わらせましょうや。」
「はぁ、そこ!下がって!場所あけて!」
「教会の方はいらっしゃいますか?」
通常、教会に限らず建物が崩壊するなどという未曾有の出来事があれば、事情聴取、現場検証、調査、関係者、周辺住民への聞き取りなどいくら人手があっても足りないが、この日、教会に現れた騎士は僅かに二人だけであった。
表向きには、前日に発表された第三王子の結婚へのお祝いつけこみ各地で喧嘩や事件が多発していて人手が足りないというのが理由であったが、実際のところ、教会は地外法権が認められており、騎士たちは嫌々ここに来ていた。
深く調べると要らぬ恨み買うことが多い教会関係の案件はいつも軽く撫でて終わりなのだ。
通常の教会ならば正しい対応であった。
教会側にすれば、自分の庭に外から余計なもの入れたくない。騎士達は面倒事を背負いたくない。
互いが互いを思いあう姿は、神の教えを広めようとした先人達が悔し涙を流すほどの光景だが、もはや、今の教会中枢にはそれを嘆く人物も少ない。
ヒノクはそんな教会にあって、数少ない気高い精神性を持った女姓司教で、教義を説くだけでなく、教義を体現して、実践する人であった。
そして、そんなヒノクが自ら作った教会に集まる学士たちはみな志が高く、血気盛んであった。
王都にはいくつも教会がある。
格式が最も高いのは王家のための教会である中央教会であるが、人口10万を超える王都の人々を教え導くにはそれ一つではとても足りない。
よって、多くの教会が必要とされて作られた
しかし、実際に作られる教会は教えを求め必要とする人の数には比例しない。
貴族の住む地区や商人が多く住む地区には多く、職人や下級の官僚貴族の住む地区は少ない。つまりは、寄付なり寄進なりが見込まれるかどうかが重要になる。
そして、貧民街などの最下層の地区には多くの人が住んでいるのに長らく教会はなかった。
ヒノクがニック達と共に世界を巡り、積み上げた武勲と功績により受けた褒美を使い生まれたこの教会には不正も腐敗も無縁であった。貧民街の中で、教えを求める人に教えを説く生活。若い学士たちは理想に燃え、その理想を叶えたヒノクを尊敬していた。
教義を生涯の伴侶として、すでに60を越えたのにヒノクが自ら率先して、礼拝や説法、洗礼、祭礼なども取り仕切る姿に感涙し、目標にした。
英雄と呼ばれた人達と共に世界を巡り、豊富な薬草の知識を身に付けて、王国で1、2を競う奇跡の担い手であっても傲らない姿勢を身に付けようとヒノクの指導の下で学んだ。
本来ならば、教会の中枢で生きるはずであった彼女が、すべての招待を断り、ここで貧民のための教会を作った事を教会唯一の存在と誇りにしていた。
故に、そんな素晴らしい教会の大事に、僅か二人の騎士しか寄越さない王国に不信感を覚えた。明らかな、戦闘の痕が残る周囲を目にしながら無視する騎士に不満を抱いた。
夜半にリョーエン司教が大声で叫んでいた事を話しても、困り果てた顔の騎士に怒りを感じた。
崩れた教会をぐるりと一周して簡単に検分を終えると、騎士二人はそそくさとその場を後にした。
「あの、これってガチでヤバイやつでは?」
「あ、ああ、うん。」
「どうします?」
「取り敢えず、上に報告だな。」
「うへぇ、ついてねぇ。」
どうみても魔法が行使された戦闘の形跡があり、行方不明のヒノク司教が事前にリョーエン司教にあっていたという証言がある。
あきらかにヤバイ案件だと騎士二人は理解した。
聖女ヒノク、異端審議官リョーエンが魔術を使いあう状況っていったいなんだろうか?
なんにしてもどちらも重要な教会関係者であり、完全に彼らみたいなこっぱ騎士に負える案件ではない。
直ぐに上に報告し、上は更に上に報告して頭を抱えた。
英雄に英雄殺しの疑惑ありと取り調べる度胸のない彼らはただの災害、事故として発表し処理した。
学士たちが証言したリョーエンへのなんの処分もないという発表がされて、学士たちは愕然として行動を起こす。
崩れた教会を囲むように集まる貧民街の住民を率いて、学士たちのリーダー格であったラン・ホーリーが王都を声をあげて行進し、騎士団の詰所に押し掛けた。
彼らの主張は、リョーエン司教についての再捜査であった。ヒノク司教が消えた晩に「悪魔!」と叫ぶリョーエンの声を聞いた者は多い、一部は、リョーエンがヒノクを殺したと主張するが、大多数は騎士団にきちんとリョーエン司教への聞き取りを行うことを頼み込んだ。
彼らは、現場に居合わせたリョーエン司教が何らかを知っているはずだと主張し、一昼夜騒ぎ続けた。
この騒動は、二つの結果を生み出した。
一つは、王都のど真ん中で悪魔という言葉が騒がれ、人心が多いに乱れる噂を生み出したこと。
もう一つは、教会中枢の大聖堂府が突如関係者と目されるリョーエンを召還することを発表したことである。
真相を知るはずのリョーエンが中枢に呼び戻されることに学士たちの一部が猛反発し、今回の騒動の元凶を教会中枢、大聖堂府だと決めて過激に動き出した。
学士たちが、リョーエンをここまで目の敵にしていたのは、リョーエンが勤める異端審議官という役職が関わってくる。
異端審議官は教会内部の監査組織である。
教義の独自解釈によって、誤った方向に教え導いていないか確認したり、信者より不当に財を得てないかを確かめる組織であった。
学士たちが、リョーエンが殲滅の名前を持ちながら、一切の内部改革に協力しないことを嫌っていた。
ヒノクと異なり教会の中枢にいるリョーエンが教会を内部から変えるしか改革はなりえないと思われていた。
が実際には、改革派の学士たちを取り締まる側に立ったリョーエンに対して、期待からの失望がリョーエン憎しの感情を生み出していた。
リョーエンの視点
教会に国軍騎士が到着し、現場確認と捜査を始めていたころ。
リョーエンは、中央教会に出頭し、そこから三日間いかにすればいいのか自問を繰り返していた。ヒノク大司教の別れ際の「悪魔を知りたい」という言葉は彼の一生をかけてきた信仰を大きく揺さぶる言葉であった。
教義を真面目に読み説いてきたリョーエンの人生で悪魔を知りたいと思った事はない。
悪霊は悪なのだ。
悪ならば、それはあってはいけないものだ。
しかし、悪魔の力でよみがえったニックは何をしていた?
ノイエを救いたい気持ちは悪なのか?
傷ついたノイエを最後まで守り通した悪魔は何だ?
聖女の聖詞を前に何度も立ち上がり抵抗する悪魔などいるのか?
リョーエンは答えの出ない自問を続けていた。
その姿を中央教会に所属する司祭は目撃して、大聖堂府に連絡を取った。リョーエン司教が思い詰めていると。
大聖堂府は大変な騒ぎの中にあった。
ヒノクの教会が潰れ、本人が行方不明、しかも犯人はリョーエンらしいと断片的な情報が送られてきていて混乱していた。
さらに、過激な思考の集まりが多いヒノクの教会の若い奴らが王都で暴動を起こしたとの情報が入り大混乱となる。
そして、思い詰めているとの報告が上がり、一部の枢機卿はリョーエンがヒノクの教会の若い奴らに唆されて、何かしらの行動を起こすと勘繰り、召還を発表した。
ヒノクの教会の学士たちが猛烈に召還反対を唱えると、リョーエンと彼らが結託していると決めつけた。
大聖堂府は、主導する立場になるリョーエンを連行するために聖堂騎士団の派遣を決めた。
学士たちは、自分たちを取り締まるつもりだと考えて、先に事情を知るはずのリョーエンを捕まえようと動き出す。
なお、リョーエンは召還の連絡が入るとすぐに身仕度をし、大聖堂に一人で向かっていたので、捕まることはなかった。




