激突編(王宮) 10
騎士団が使う業物なのか、それとも良く研がれているのか、あるいはその両方か、その剣の刃先はイダンソのまるで死人のような真っ青な顔をハッキリと映していた。
部屋の混乱は収まる気配を見せず、ますます大きくなっていた中で、その刃先に映りこむ自身の顔をイダンソはじっと見つめる。
混乱の大勢は決まりつつあった。乱入者である4人が騎士の物量に押され始める。
前衛たる赤髪の青年騎士が息を切らしたのか、動きが悪くなる。流石に、一人で複数人をいつまでも相手し続けるのは無理があった。中盤以降の2人にかかる負担が大きくなり、一番後ろで魔術を使う少年はそれを冷静に確認して、牽制に使っていた魔術を攻勢用のものに切り替える。
複数の風の刃を同時に扱っていた物から、風の槌、大砲というべきか、少年に迫る騎士を一人ずつ吹き飛ばす戦術に変更する。前衛、中盤を抜けた騎士が豪快に吹き飛ばされる光景に、覚悟を決めた騎士たちも、前進を躊躇い、動きが遅くなる。その間に一時、他の三人も息を整え体勢を立て直すことができた。
しかし、魔術の変更は悪手でもあった。
王宮内でのこれだけ大きな騒動に、ようやく、他の者たちが気付き応援に駆け付け始める。その彼らが見たのは、魔術らしき少年に吹き飛ばされる騎士の姿、新手の騎士たちは一番の脅威である魔術師を排除せんと、少年に狙いを定め動き始める。中盤にいた二人は少年を守るために新たに迫る騎士に応対する。
少年は、天才だと称される程に魔術の才にあふれた子供であったが、それでも、前後から押し寄せる10人以上の騎士を一人ずつを吹き飛ばすことはできず、再び、同時操ることができる風の刃を使って応戦することになる。こうして、一時の有利が消える。4人の乱入者は挟み込まれる形になり、完全な負け戦の状況に陥る。
「良し! そのまま抑え込め!」
メラクは完全に空気に呑まれ、指示を飛ばす。その声が聞こえた騎士たちは応!と答えて、勢いを取り戻す。僅か4人の乱入者にやられていたが、新手が加わり、勝ち戦の興奮が騎士を突き動かす。
「止めろ! 停まれ! 皆、落ち着け!」
サダークはその場の空気に呑まれていなかった。サダークの声が聞こえる範囲では、護衛の騎士も、護衛の魔術師も、その場の混乱に手を出すことはなく、むしろ、懸命に声を出して自制を求めた。
メラクとサダークどちらも違う指示を出すことになる。メラクには、ザーマを助け出しに来た4人が敵に見えたし、サダークには、乱入者4人が敵なのか味方なのか判断できず、確認をしたかった。
メラクにはザーマこそが主犯であるという確信があったが、サダークはあくまでもイダンソの指示でザーマが動いていると考えていた。乱入した4人とイダンソに直接のつながりはない。彼らは、ザーマのみを救いに来ていた。ならば、無駄に争うは必要ないはずだと、サダークは自制を求めるが、火のついた勢いを止めるのは難しい。
ザーマは自分を救い出そうと現れた4人が押しつぶされそうな光景を見つめながら、何もできなかった。4人に対して応援も、感謝も、謝罪も、言葉を口にすることはできず、ただ、戦う4人を見ていた。初めての感情に戸惑いを感じていた。状況を考えれば、何を馬鹿なといわれることだが、ザーマは悩み苦しんでいた。
視界の端、何かが光る。
イダンソが、父が、いつの間にか立ち上がり、どこから手にしたのか剣を握りしめていた。誰も、それに気づかないのか、特に反応がない。屋敷での怒りの顔でも、馬車の中での不機嫌な顔でもない。何を表しているのか分からない、うっすらと笑っているような顔で握りしめている剣を中腰で突き立てるように構え、走り出した。
一直線に、王子に、サダークの方向に刃先を向けて、雄たけびを上げて走るイダンソに、誰も反応をできなかった。それほどまでに、その場は混乱していたし、まさかの事態であった。
「おおおおお!」
「ぐっぉ…、イダンソ、貴様!」
「ああああああ!」
「ぐぇあぁ、止め、」
突き立てた剣を引き抜き、イダンソはさらに一撃を加えるように今度は剣を振り上げる。サダークは刺された腹を押さえながら、声を出す。そこで、護衛の魔術師が、騎士が声を出し、ザーマも声を上げる。
「お、王子? 止めろ!」
「王子! 貴様ぁぁああ!」
「イヤァァァ! ダメェェエエ!」
王子の側にいた騎士がイダンソに捨て身のタックルを与え、イダンソは吹き飛ばされる。魔術師は急ぎ王子の傍により、何か魔術の言葉を唱える。そして、ザーマは大きな悲鳴を上げる。
それは、先ほどまで、何をしても止まらないと思われた混乱を鎮めた。乱入者4人は呆然とし、それを取り囲んでいた騎士もどうすればいいのか動けなかった。
「あ、兄上? おい! 誰か! 医者を、すぐに治癒の術を使えるものを! 教会に連絡しろ!」
メラクは急ぎサダークの下に駆けよる。先ほどまでの熱に浮かされたような表情から、血の気が引いた顔でサダークに声を掛け、指示を飛ばす。周囲は、その声にゆっくりと反応を返した。いまだに、状況が理解できていなかったのだ。
「あ、兄上、兄上! 起きてください! 起きて! おい、何をやっている! 早く、早く医者を!」
「は、はい!」
2度目の指示に周囲はやっと動いた。騎士は、走り出し、先ほどの混乱を上回るような、騒ぎが生まれる。
「……、メラク、お、おち、つけ、なしを、きけ」
「はい、聞いています。兄上、」
そんな喧騒の中で、サダークはメラクに苦しそうな呼吸で言葉を伝える。




