激突編(王宮) 6
「ザーマ!」
王城を除いて、王都に数ある立派な家屋敷の中でも、最も群を抜いて煌びやかで豪華なハイビッシャー家の屋敷の一室でイダンソは苛立ちのまま、娘ザーマに声を荒げた。
「ザーマ!なぜ!もっと早くに来なかった!」
イダンソは感情に任せて、何の説明もせずに更に言葉を続ける。流石に、手を出すようなことはしない。しかし、大貴族の後継ぎとして不自由なく育てられたイダンソの感情の湧きだす沸点は低い、かなり低し、一度あふれ出せば、今度はいつまでもそのあふれ出した感情に支配されてしまう。
幼少からこれでもかと詰め込まれた大貴族としての立ち居振る舞い、帝王教育は彼を立派な大貴族に見えるようにはした。だが、同時に、その教育の中で人とのかかわり方、大貴族として人を動かす立場だけを教えられたイダンソは、自分が何もできない今の状況が全くの初めてのことに強いストレスを感じていた。
「お前が!お前が!早く来ないから!聞いていいるのか!ザーマ!」
「ご当主様、少し、落ち着きください、ザーマ様も怯えておられますよ?」
「うるさい!バス!お前がさっさとザーマを連れてくれば、こんなことには、」
「…大変申し訳ございませんでした。少し、急いだのですが嫁入り前の、」
イダンソの突然の言動に一番早く対応できたのは、血を分けた実の娘ではなく、一番そんなイダンソの実体を知る家令のバスであった。イダンソの怒りの矛先をザーマから自分に向けて、父から怒鳴られて口もきけないザーマを守るように動いた。
深窓の令嬢たるザーマは実の父親からの怒声に怯えたのだろうか?
今、ザーマは無言でその体プルプルと小刻みに震わせている。まだ10代の少女であるから、父の激高に恐怖を感じたのかもしれない。そう、まだ10代の少女なら、その通りなのだけど、彼女は……、
おい、久しぶりに顔を見た娘に言う言葉がそれか?
それだけか?あん?
おい!こら!テメー、ええ加減せぇよ?
オーケー、オーケー、クールになれ、ザーマ。思い出せ、目の前の奴はなんだ?
クソ野郎、いや、クソだ。
クソの言葉で話す、クソにいちいち怒るなよ。
クールになれ、ビークール、数字を数えて、声を作って、ふー、すうう、ふー。
「お父様、申し訳ありませんでした。私がわがままで、出発が遅れてしまいました。……しかし、生まれ育った土地を今後一生離れるのです。屋敷からの空を、領地の空気を、忘れないように、いつまでも忘れないために、私は、」
「お嬢様……、」
内心をひたすら隠し、表情には申し訳ないという謝罪の気持ちを浮かばせ、声は如何にも泣きそうですが我慢してますという声にして、ザーマは思いつく限りの言い訳を口にする。前世の記憶と、かつて母が精神的追い詰めれた時に覚えたその技術を用いて全力で誤魔化しにいく。
だいぶ年季の入ったその技は、ザーマの見た目の姿と相まって、見ている方の胸に来る。実際、海千山千の家令バスであっても泣き出しそうなザーマの姿に、本心から同情してしまうほどであった。しかし、激高している実の父親イダンソには、いまいち効果が薄いようで彼はザーマを見ることなく、先に用件を切り出した。
「言い訳などいらん! ザーマ! 今すぐ、王宮に行くぞ!」
「ご当主様、ザーマ様もお疲れです。ご挨拶は明日にでも、」
「いかんのだ。メラク様が結婚の取りやめを口にされて、」
「え、ほんと!」
「……、ザーマ?なんだその言葉遣いは?お前は、王太子妃になるのだぞ、そのような、」
「ご当主様、いきなりのことで、お嬢様も気が動転して、」
イダンソからの言葉にザーマは素の反応を返してしまう。普段聞きなれない言葉遣いにイダンソの怒りはさらに大きくなり、バスは懸命にそれを押さえようとするが、今のザーマにその2人の言葉が聞こえていない。
ザーマは先ほどの言葉を何度も頭の中で繰り返し、歓喜にあふれていた。
シャー、オラァ!
なんだよ、それ!そんな素晴らしいことなら先に連絡よこせよ!
ごねた甲斐があった!
よし、よし、よし!
さぁ、この結婚を破棄して、早く、お姉様に会わなくては!
「急ぎ、王宮に参上し、話をしなくてはいかんのだ!王都の擾乱がとにかく落ち着かん。加えて、結婚式を取り仕切るドラムが失脚した。あのバカ、これほど、事態を大きくしやがって!」
「ご当主様、そ、それは誠ですか?王都が、そのような、……、」
「ザーマ! とにかく、早く、馬車に乗れ!」
「お嬢様、お疲れでしょうが、一度、王子様の真意をお確かめになられた方がよろしいと思います。」
イダンソとバスはとにかく一度王宮に行くべきだという結論に達した。その議論、一切を聞いていなかったザーマきょとんとした表情を浮かべる。
「聞こえなかったか!ザーマ!馬車に乗れ!」
「お嬢様、早く馬車に、」
「分かりました。今乗ります。」
2人に急かされて、ザーマはいやいや馬車に向かう。今ザーマが向かいたいのは王宮ではなく、ノイエのもとであるが、ザーマは仕方なく王宮に向かう。




