激突編 4
リョーダンはその光景の異様さに言葉を失った。いや、違う、その圧倒的な姿に彼もまた言葉を忘れてしまったのだ。
ドラムが待つ部屋に向かう途中、リョーダンもまた異質な音と揺れを感じた。それの正体を知るために高い場所から外をのぞくと、そこでは信じられないような戦いが行われていた。
このご時世、一騎打ちなど遠い過去の話だ。
酒場で延々と誰も聞かない昔話を語る老人だって、自分が一騎打ちで敵を倒したなんて口にしない。おそらくは、もっと大勢の敵を相手したと朗々と語るだろう。
それだけ昔の戦い方、いや、決着のつけ方なのだ。今の戦い方は変化している。だから、今、目の前で広がる本物の強者同士の一騎打ちからリョーダンは目が離せなかった。
やがて、鎧の騎士が長大な剣を振るう男をその拳で打ち倒した。騎士は倒れこむ男を地に打ち捨てるようなことはしなかった。男の持つ剣を拾いあげ、天に掲げて、声をあげる。リョーダンも気づくとのどが痛いと訴えるほど大きな声を出していた。
そして、騎士がゆっくりと門をくぐるのを見ると、体はそちらに向かって動き出していた。それは、昔の事、きっと初めて英雄の話を耳にした時のような高揚だろう。足に翼が生えているかのような感覚で、巨大な砦の中を風になったように走り抜けた。
ドラムの事も、リョーエンの事も、王国の危機も一時忘れて、今見た英雄に、英雄のもとに走った。
「誰がのしてこいと言った!」
「……、あっ、」
「おい!早く、おろせ!リョーエン!おーい!返事しろ!……、よし、息はしているな、」
「大丈夫そうか?」
「水でも汲んでこい!あほ!」
「……、はい。」
ニックは、先ほどまでの胸躍るような戦いの記憶を完全に消去した。確かに、少しやりすぎた。別に、愛着はあるが、剣は剣だ。子供のようにそれを取り合う喧嘩などする必要はなかった。
ドラムからの一喝はニックを冷静にさせた。さすがに、好き勝手な人生を送ったと言え、一応は60年は生きてきた記憶がある。冷静になればなるほどに、先ほどのことが恥ずかしくなる。
もちろん、ニックにも言い分はある。リョーエンがさっさと自分に剣を返せば、こんな事にはならなかった。しかし、それにしたって、あんな大立ち回りをする必要なかったと思うので、ニックは黙ってドラムの命令に従う。
「……、ドラム、井戸はどこに、っ!」
「っ、はぁ、はぁ、え、英雄様!」
「何じゃ!貴様!」
「ああ、申し訳ありません!私は!」
「うるさいぞ!ニック!井戸は向こうだ!」
「リョー、ドラム様?」
「ああ、リョーダンか、ちょうどいい、すまんが薬師か医術の心得がある者を頼む。」
「英雄様!お怪我されたのですか!すぐに、おーい!誰か!」
「あれは、だれだ?」
「今の騎士団長だ。リョーダン、いい奴だが、少し、思い込みが激しくてな、」
ニックはいきなり後ろから近寄る男に一喝する。男が名乗るより先に、ドラムがニックをしかりつける。そして、いきなり現れた男の正体をニックに説明した。
「ドラム様、英雄様、改めまして、お忙しい中、ご足労をおかけしました。」
その後、騎士団長リョーダンは砦にいた医師を連れて再びその場に戻ってきた。そして、倒れた半裸の男がリョーエンだと知り、全てを医師に任せた。素人判断で何かすることが一番まずいと、ここにいた者たちは知っていたのでリョーダンの判断に支持し、医師の指示に従ってリョーエンをゆっくりと部屋に運びこんだ。
リョーエンの怪我の具合を確認した医師は問題ないと診断し、リョーダンは医師にその場を離れるように指示した。そして、改めて、ドラムとニックに頭を下げて、まずは型通りの言葉を口にした。
「ああ、久しいの、リョーダン。先ほどの件は、」
「いいえ、ドラム様。大変助かりました。教会が後ろに控えていることは、未だに口外しておりませんでしたので、突然、リョーエン司教様が聖剣を持って現れて、皆、動揺しておりました。」
「いや、そ、そうか。」
「それにしても、ドラム様、その、お隣の英雄様は、一体、どちらの方で?先ほどニック様と呼ばれておりましたが、」
リョーダンは先ほどの興奮をそのままに、ドラムに話を始めた。もともと、リョーダンは前にも話した通り、武門の家に生まれながら体格に恵まれなかった。ドラムはその能力に着目して取り立てたが、リョーダン自身はそのことを少し気にしていた。
だからこそ、先ほどあの英雄の一人リョーエン司教に対して一歩も引かず、更には打ち倒しすような圧倒的な武力をみせた鎧の騎士の事が気になっていた。ここで、嫉妬ではなく、純粋に憧れることができたのがリョーダンの騎士に対する気持ちであった。
さて、リョーダンからの質問にドラムが困る。
実は、一応、北の砦に着く前にニックの偽名も考えていた。流石に死んだはずのニックの名を名乗るのはまずいと考えていたのだが、先ほど、うっかりニックと呼んでしまったので、偽名が使えない。だが、いくら何でも、ニックの鎧を着たニックと名乗る男は怪しすぎる。
仕方がないので、ドラムは苦しい胸の内を隠して、計画通りに偽名を名乗れるよう話を合わせる。
「ああ、こいつは、……、儂の親せきでな、ニックっと名乗っておるが、ほんとは、」
「ああ、いいお名前ですね。私の部下にも多いですよ。皆、英雄ニック様にあやかっています。いや、しかし、ニック様は本物のニック様のようにお強い!感服いたしました!」
「……、そうですか、そりゃ、どうも。」
「いや、実に謙虚だ!それも、強さの秘訣ですか!」
ドラム目を丸くして、自分のかつての部下を眺める。こいつこんなやつだったっけ?そんな疑問が浮かぶがばれないように顔には出さない。
本物が本物ように強いって褒めているのか?どうにも良くわからん居心地の悪さを感じながら、ニックは返事を返した。
「ん、ここは、」
リョーエンが目を覚ましたのそんなタイミングであった。




