激突編 3
北の砦は建設当初から軍事施設としての守備力を第一に考えられて作られていた。丘陵部の地形をそのまま活用し、攻め手側は常に上に向かって進む形となる。
更に特徴的なのは他の国にはあまり見られない複数の塔と城壁の中に城壁が幾重にも組み込まれた構造であった。これは一時北の砦が失陥した際、それを繰り返さないように当時いた神子からの提案を組み込み、改造が加えられた結果であった。
平時は2000から3000人ほどの人間が生活できる程度の規模を誇り、有事の際、万を超える人間が詰められるほど巨大な砦であった。
現在、この砦には、3000人を超える人がいる。多くは騎士、兵士であるが、一部、国境で追い返された旅商人や行商人など平民も含まれている。騎士や兵士が慌ただしく動く中で、彼ら商人も大変不安な気持ちでその場にいた。
その時、彼らの多くが耳にした。
それは、初めガーンなのかキーンなのか、砦中に響くような大きな音が聞こえてきて、その場にいた騎士も兵士もビクッと身をすくませた。やがて、音はドン、ドーン変わり、同時に振動を伴うようになった。商人たちは自分の体が、荷物が音のたびにかすかに揺れているのが分かった。
そんな事を何度も、何度も繰り返し、誰もが青い顔で空を見上げた。すると北の方向、城門がある場所から土煙が立っているのが確認できた。土煙はやがて、土を、小石を、土砂を巻き込んでこちらに振ってきた。
その時には、既に騎士も兵士も皆、そちらの方に向かって駆けだしていた。その場に残っていたのは商品を抱えた商人たちだけであり、彼らは城壁にある城内から矢を射かけるための小さな穴からそっと外を見た。
そこでは、神代の戦争、英雄の舞踏、物語の頂点、詩人達の語る世界があった。光り輝く拳を握りしめた騎士が長大な剣を持つ半裸の男が正に命がけの決闘を繰り広げていた。
半裸の男が剣を振り下ろせば、大きな音と共に地面には穴が開き、土砂が舞う。騎士が握りしめた光り輝く拳を突き出せば、大きな音と共に衝撃が伝わり、舞う土煙が晴れる。
一体あそこで戦う二人は何者なのか?あの長大なる剣はもしや聖剣ではなかろうか?光り輝く拳は何なのか?とにかくいろいろと疑問が心に生まれるが、誰もそれを口にしない。
普段、争いごとから半歩遠い世界にいる商人たちでさえ、その圧倒的な光景に目を奪われているのだから。武辺を極めんと懸命な北の砦に詰める兵士も騎士も誰もがその光景に心奪われた。動くことはおろか、声も、下手をすれば呼吸、鼓動すら忘れていたかもしれない。
「はぁ、はぁ、リョーエン、いい加減、参ったと言え!」
「はぁぁ、はぁ、嫌です。そっちこそ、諦めてください!」
「ふん!誰が、息上がってるぞ!」
「そっちも、震えてますよ!」
「なにを!」
「ふん!」
皆が感動していたのに、ニックとリョーエンどちらも気づいていない。かつての旅の仲間、兄弟のような二人は実に楽しそうに拳と剣を交える。
教会での一件以来、ニックがかつての体と今の体の差異に気づき、それを埋める努力をしていなければ、ここまで見事な喧嘩はできない。
リョーエンが聖剣として崇められるニックの馬鹿でかい剣を渡すまいと握りしめ、力任せに振り回すしかできない。苦手な剣での闘いを選ばなければ、ここまで喧嘩は長引かない。
二人の喧嘩はこの絶妙なバランスの上で成り立っていた。しかしやがて、そのバランスが崩れる。重い剣をここまで徒歩で、しかも、教会からの騎士団が来るよりも早く王都に着くために、駆け足で運んできたリョーエンの肉体が限界を告げる。
「ッ!」
「おりゃ!」
振り下ろした剣をギリギリで交わしたニックの動きを予測して、手首を返して右に薙ぎ払うように動かすはずが、わずかな誤差が生まれる。ニックはその誤差に、勝利の決定づける一撃を与えた。ニックの一撃はリョーエンの硬い腹に確かな戦果を立てた。
リョーエンは僅かに震えた後、そのままニックに覆いかぶさるようにどさっと倒れこみ、持っていた聖剣が大きな音を立てて地面に落ちる。ニックはリョーエンを肩に乗せて、落ちた聖剣を拾い上げる。
ニックはその興奮のまま自身の剣を天に向かって掲げる。
大きな、大きな、歓声が上がる。それは、英雄として王国に凱旋した時よりも、大きなものであった。その声に答えるようにニックは声を上げる。
「しゃぁあ!」
「「「「おおおぉぉぉ!!!」」」」
歓声はさらに大きく応える。そして、その声に向かってニックはリョーエンを抱えたまま歩き出す。ゆっくりと、堂々と、王者の風格、英雄の威厳がある足取りに、見ているものは知らずに涙を流し、声を上げた。やがて、北の砦の門をくぐり、その姿が消えても歓声はやむことはなかった。
「誰がのしてこいと言った!」
戻ったニックを怒鳴りつけるドラムの声は、その歓声に完全に飲み込まれていた。




