激突編 2
少し、時間を戻す。
ニック達が北の砦に着いたのは、太陽が中点に達したころであった。早速、ドラムが門衛に大きな声で自分の身分を明かし、元部下で、一報をもたらしたリョーダンへの面会を求める。
門衛はすぐにニック達を中に入れ、待合室まで案内した。彼らはニック達にリョーダンが来るまでここで待機してほしいと告げて、また持ち場に戻っていった。
北の砦はとにかく巨大な構造をしていた。リョーダンが警戒を厳にと命令していたので、通常よりも騎士、兵士が物見やぐらや城壁部、あるいは、市街地での警戒、国境付近の偵察に人が割かれ、結果ドラム達を応対する人がいない状況であった。
「戦の匂いじゃな。」
「ああ、ここ20年、何もなかったのじゃがな…、」
「…そういえば、訊いていなかったが、何処が動いているのだ?」
ニックはドラムに慌ただしい砦の様子をどこか懐かしく見ていた。ニックの人生の始まりから中盤まではいつもこんな光景が広がっていた。ノイエが生まれてからの6年間、この時期だけがニックにとって平穏で心休まる時間であった。
そんな時間を与えてくれたノイエの為に、ここまでニックはドラムに詳しい話を聞かずに来ていた。ちょうど、部屋の周囲に人の気配が消え、二人だけになったので、ニックはドラムに何処の国が動いているのか訊ねた。
「分からん。周辺の国とだけ書かれていた。」
「そうか、ここいらで一番大きな国は、」
「ただ、背後に教会と国内貴族がいると書かれていてな、」
「…教会?…うーん、それは、…厄介だな、貴族は誰なのだ?」
「それも書かれていない。おそらくは大物だろうな。」
ドラムは聞かれたことに知る範囲で全て答えた。彼自身、リョーダンからの報告以上のことは分からない。屋敷で、ニック達に詳しいことを話さなかったのは、余計な不安を煽るつもりがなかったからであった。
「教会か…、ヒノに仲裁を頼むというのは?」
「それで済む話ならそれでいいのだが、とにかく、詳しい話を聞かんと何とも言えんのだ。」
ドラムとニックは裏にいる教会に渡りをつけることを考える。2人とも戦争を知る人間であるから、それを回避できるのであれば、なんとしても回避するために動くつもりであった。
そんな話をしていると、外から人が走り去る音が聞こえてくる。どちらといわず2人は話すのをやめ、足音が遠ざかるのを待つ。すると、別の足音が聞こえ、またどこかへと走り去り、更に別の足音が響く。
「何かあったな、」
「ああ、20年は長かったな、これは、危ういぞ、」
「そうだな、…おい!何があった?」
ニックは部屋の前を走る騎士を一人捕まえて、問いかける。…、騎士がヒィ!と小さな悲鳴を上げた気がしたが、気にしない。戦の匂いに興奮しているだけで、決して自分が怖がれているとは思わない。
ニックに捕まった若い騎士は怯えながら門の前にリョーエン司教が聖剣を持ち、砦に向かって門を開けろと叫んでいるとニックに伝える。ニックか解放されると騎士は顔を青ざめて急いでその場から走り去る。
「リョーエン?あいつ、何やってんだ?」
「…ニック、すまんがリョーエンを、連れてきてくれ、あいつも巻き込む。」
「ああ、なるほど分かった。」
ニックは首を傾げ、ドラムは少し考えてから、ニックに頼む。ニックも直ぐに理解して、どこか楽し気な気配を醸し出す。
ヒノクとリョーエン、二人の力を借りれば、教会に渡りをつけることができるかもしれない。今、とにかく手札が欲しいドラムは、かつての友を少し強引に巻き込むことを決める。
「リョーエン!とりあえず、ついて来い!」
「なんで、いるんだ?ニック?」
「それはいいから、頼む!少し、手伝え!」
「いや、手伝えといわれても、」
ニックとリョーエン、2人の会話は初めはとにかく和やかであった。ニックは教会の件で別れて以来のリョーエンに少し強引であるが、かつてのような言葉で接した。あの時は、ノイエが意識不明でヒノクが扉を開けずに診療拒否、ニックに余裕がなかったが今は違う。
もともと、ニックはリョーエンを年の離れた弟ぐらいの気持ちで思っていたし、ノイエからおじいちゃん呼びされるのもなんやかんやと許していた。ギクリやドラムと違い最期の時まで交流があった人物である。
しかし、ニックが気付いた。気づいてしまった。
「ん!」
「はい?」
「お前、その剣?」
「ああ、これ?」
「なんじゃ、わしの剣だろ、それ?あ!持ってきたのか?ありたいのぉ、やっぱり剣がないと、格好がつかん。ほれ、返してくれ、」
「…いや、これは、借り物で、」
「わしの剣じゃろ?それ?借り物?」
「聖剣なんです。返さないといけなくて、」
「?わしに?」
「いえ、…違います。」
「なぜ?」
「借りてきたものなので、」
リョーエンが自分が昔使っていた剣を持っている事に、それが聖剣と呼ばれるようになったのはニックが死んでからである。ニックが生きている間それはただの馬鹿でかい剣でしかない。
ニックの人外じみた力で振るっても大丈夫なように作られたそれは、全盛期のドラムが振り回せないと匙を投げたもので、ニックには愛着のある一品であった。
「いや、だってわしのじゃん?それ?」
「今は、これでも聖剣なんです。」
「これとか言うなよ!」
子供じみた口喧嘩は、2人が兄弟のように思っていた名残だろう。
放たれる殺気は、2人が英雄と呼ばれる人間であった証だろう。
「いいから返せ!」
「ダメです!」
二人の取っ組み合いはこうして始まる。




