再起 5
ギクリから渡されたそれは、正式なものではなく要件と書いた人物の名前だけが書かれた略式のものであった。
本来ならば情報の流出を防ぐ為に施される暗号化や魔術的な処置が組み込まれず、とにかく急ぎ伝えるための短い一文と差出人の名前を見てドラムはそれを急ぎ確かめる。
『周辺で交戦準備の動きあり、背後に教会および、国内貴族の策謀を確認、子細について北の砦に待つ―リョーダン』
いつ送られたものなのか、どれほどの時間が過ぎているのか、どれほどの規模なのか、どの貴族が関わっているのか、ドラムはその短い文章を睨みつけて考える。
文面だけでは判断が難しいが、現場で総指揮を執るリョーダンが自ら一文をよこすという意味を考えるれば、すぐに行動を起こさなくてはならない。
北の砦は鳩を使えば1、2時間程度で連絡が送れる距離である。がしかし、途中にいくつか川や森を抜ける為、それらを安全に迂回すれば、急ぎで半日の距離になる。
幾つかの道を考え、どのように向かえばいいのか思い描きながら、フッとドラムの頭の中に言葉が響く。
「―全ての職責を解く」
今、ドラムは只の王国貴族、それも子爵という低い位でしかない。第一王子よりすべての職責を外された以上は、この王国の大事を伝える一報を他の誰かに託すのが筋である。だけれども、この一報は国内の貴族が関わるという内容である。
誰に相談をするべきなのか、誰に話を持ち込むべきなのか、ドラムはさらに顔を険しくさせて考え込む。
「…どうするべきか、誰に、」
「それは王宮からのものか?それとも、何か別のものか?」
「いや、これは、…、ニック、訊いてもいいか?王国の大事が迫るとき、何か動かなくてはならないとき、お前ならどうする?」
ドラムは、一旦、一報の内容を考えるの止めて、ニックの方をじっと見つめる。真剣に先ほどまでの空気よりも一つ重い空気の中で、ドラムはニックに質問する。
ヒノクもベスもギクリもその場の雰囲気を読んで口を出すことはしない。ニックは少し間をおいてから質問に答える。
「…、大事、動けるならば、動くさ。」
「何もなくてもか?」
「ああ、何もなくても、魂だけでも、何とかして見せる。儂は、一回だけ、奇跡を見たからな!」
魂しかないはずの鎧に懐かしいニックのふてぶてしい笑顔が見えた。
ドラムはすぐに決断をする。
「ベス、行ってくる。馬は乗れるか?ニック、お前も行くぞ!」
「そいつに協力したら、王子の結婚式に参加させてくれるか?」
「…、王国の危機を払えば、空気も変わるはずだ。叶えてやるさ!」
「よし。乗った!ヒノ、ギクリ、すぐに片づけてくる。」
「ドラム兄、まだ無理しない方がいいわよ?」
「頑張ってきてね!あなた!」
「旦那様、お待ちしてます。」
「え、だれも止めないの?」
ニックの言葉は迷うドラムの背中を押した。すぐに、ドラムは馬を用意し、ニックと共に北の砦に向かい出発する。既に、日は完全に沈み、夜の虫が騒がしくなり始める時間であった。
「お祖父様、ごめんなさい。私のわがままに、」
「ノイエ、構わんよ。お前がきちんと前を向くと決めたのだから、儂は協力するのじゃ。」
「ノイエ嬢か、初めましてかな?まだ赤ん坊のころに会ったことがあるが、覚えていないじゃろ?」
「ドラム子爵様、ベス様には大変お世話になりました。よろしくお願いいたします。」
「ノイエ、こいつには頭を下げんでもいい。儂が力を貸すんじゃ、大きな顔して待っていればいい。」
「ニックに似ないでいい子に育ったね。ノイエちゃん、少し心配していたけど、君の願いはかなえるよ。」
出発前に、初めてノイエはドラムとあいさつを交わした。ドラムはノイエが第三王子の元婚約者であること、ひどい噂が社交界に流れていること全て知っていたが、実際に目にしたノイエの立ち居振る舞いに感心していた。決して、噂が全てだと思っていたわけではないが、火のないところにっと考えていたので、ノイエの態度に面食らってしまう。
ニックから、結婚式に参加したいという話を聞いたときには何か起こすつもりなのかと警戒したが、ノイエと話すうちにその心配は杞憂のものとなる。ノイエの叶えたいことはドラムの願いでもあった。
ギクリが馬の足元を照らす明かりの魔法を唱え、ニックとドラムは北の砦に向けて、急ぎ、馬を走らせた。
道中、隣を走るニックがそっくりだろ!と怒鳴ってきたが、完全に無視して馬は北にむって突き進んだ。




