幕間 王宮からの使者
朝日が昇り、人々が動き出し始める頃、ドラムの屋敷に再び王宮からの馬車が来る。御者はドラムを送り届けた者と一緒だが、今度は第一王子からの使者を連れてきた。
「ここか?」
「はい、こちらです。ん?今日は、騎士様が立っていないのですね。」
王宮からの使者はまだ年若い青年貴族であり、英雄と語られるドラムやニックなどの顔を知らない世代の人間であった。ただ英雄に対して失礼をしないようにと緊張しながら、ドラムの屋敷の門の前に立って声をあげる。
「早朝に失礼いたす!誰か!誰かいらっしゃるか!サダーク王子より、至急の命を受けて参った。」
「はい、どちら様ですか?」
「私は、第一王子の側仕えコーショウ・バッソと申す。ドラム様より至急の件を預かり参上した。門を開けてくれないか?」
「第一王子様の、あ、はい、あっ…あの、少しお待ちください」
「あい分かった。それで、」
門の向こうから舌足らずの高い若い女の声が返される。緊張していたコーショウはその声にも律義に挨拶を返すが、よくよく聞けば、若いというよりも幼い子供の声であり、こちらの身分を聞いて驚いたのかバタバタと足音を立てて門から離れていくのが分かる。
御者に馬車をどこか近くに止めて待つように伝え、コーショウは門が開くのただ待った。しばらくして、門がゆっくりと開く、門の中には三人の人が立っていた。
一人は教会の者なのか高位の者が着る紫のローブ着て、どこか神聖な、それでいて温かみを感じるオーラをまとった人間。もう一人は大変な美形の女性、こちらは警護の者なのかこちらを警戒する気配をまとっていた。服装はゆったりとしたもので体の線を隠す、というよりも、手元に忍ばせた武器を隠すためのものと思われた。そして、最後の一人は同じく女性。貴族らしいドレスを着て、にこにこと笑顔をたたえた老女であった。
警護役と思われる者が一言何かを唱えると、後ろの門がゆっくりと閉まっていく。ただそれだけで、名のある、力を持った魔術師だと理解できた。
「バッソ様でよろしかったでしょうか?私、ドラムの妻でベスと申します。」
笑顔をたたえた老女がどこか楽しげに、自分をドラムの妻ベスだと名乗る。社交界にほとんど顔を見せないドラムの妻ベスは気難しい相手だともっぱらの噂で、少し気後れしながらもコーショウは、決して礼儀知らずにならないよう、注意を払って挨拶を返す。
「ベス様ですか。お初にお目にかかります。コーショウ・バッソと申します。まずは、急な訪問を謝罪させていただきます。サダーク王子より、至急申し伝える事を賜りましたので、失礼の程、どうかご勘弁ください。早速で、申し訳ありませんがドラム様の下まで案内をお願いいただけますか?」
「……、旦那様には私の口から伝えます。用命をお聞かせください。」
「えっ、は?いや、サダーク王子からドラム様に伝えろと命じられておりますので、それはできません。ドラム様の下に、」
「旦那様のもとには案内できません。」
コーショウは困り果てる。断られると思っていなかったから、ベスがハッキリと拒絶の意を伝えてくるとなんて考えていなかったので、この後なんと言葉を続ければいいのか、固まってしまう。
「使者殿、申し訳ない。」
固まるコーショウに救いの手を差し出したのは隣にいる教会の者であった。声は、想像していたものと違い、優しげな老女のものであった。
「ドラムに、ドラム様はただいま疲労が蓄積し、動けない状況です。」
「な、それは、ほ、本当ですか?」
「ええ、私の見立てでは、4,5日は動けないでしょう。」
「いや、しかし、ことは王国の大事で、一度ドラム様にお話しなくては、」
「それは、大変ですね。しかし、ならば尚更、動けない身でそのような事を聞けばより辛いのではないですか?さらなる心労を重ねるのはいかがなものかと…、」
「た、確かに、そうですね。…、ですが、この件を持ち帰るなど、」
「家中の者に伝えたということで、納得いただけるませんか?夫がこれ以上苦しむのを見たくないのです。必要ならば、念書もお作りしましょう。」
教会の者の言葉には強い説得力があった。ドラムがここ半年近く王宮で職務にあたっていたという話を聞いていた。蓄積された疲労という言葉はわかりやすく。さらに、先日の会議で第三王子からの言葉を浴びて死人のような顔色をしたドラムの話も耳にしていたので、これ以上の心労を英雄にかけることをためらった。
教会から高位の癒し手が付きっ切りで対応する必要があるほどの、苦労、心労は自分が想像できるものを超えているのではないかと若いコーショウは素直に納得した。
「それでは、仕方ありませんね。では、ベス様、失礼いたします。お耳を拝借させていただきます。実は、」
コーショウはできる限り、固有の名詞を避けてベスに王子から言葉を伝えた。ハイビッシャー家の陰謀、メラク王子、ザーマ嬢との確執などは伏せる。こういった言葉は知るものが出来る限り少ないほうがいい、周辺国の策動を受けて国内の態勢を整えるために知恵を貸して欲しいという程度に話をまとめて伝える。
ベスは堂々とした態度でその話を動じることなく受け止めた。不安渦巻く王都の中で、更に外敵の脅威が迫ると聞いて驚く様子を見せないベスにコーショウは流石は英雄の妻であると尊敬の念を抱いた。
「それではその件、旦那様にお伝えします。今日の所はお引き取りをお願いいたします。」
「その、早めにお知恵をお借りしたいのですが、お返事をいただくまで、待たせてもらうことは?」
「「「……」」」
「あ、あの、待たせてもらえるのでしょうか?」
「い…や…、その、返事はすぐには頂けないので、その、こちらから返事をお持ちいたします。」
その場の空気が明らかに変化した。コーショウが待たせてもらえるかと訊くと、ベスも、老女も、警護の女も互いに目配せをして、何かを確認している。さらにお願いすると、今度は歯切れ悪く、答えが返ってくる。
「そ、その、ド、ドラム様は疲労のため休まれているのですよね?」
「え、ええ、そうです。ただ、その、眠りが深くて、少し、起こせないと言いますか、」
「……、そ、それは、本当に、眠られているのですか?」
「…はい、戻りましたら、必ずお返事しますので、今日のところはお帰り下さい。」
その場の空気は、冷たく重いものに変化した。確かめなくてはいけない。しかし、今、それは許されるだろうか?警護のものはこちらが何かすれば明らかに攻撃を加えるような体勢になっている。
先ほどの見事な魔術の技を見せた彼女ならば、私が動くよりも先に私を無力化させることはできる。コーショウは冷静に戦力差を考えて、最善を口にした。
「…分かりました。ドラム様のお返事を王宮にてお待ちしております。今日は失礼します。」
「お気をつけてお帰り下さい。」
ベスは出迎えた時のようなにこやかな笑顔で言葉を返してくる。老女や警護の女もあからさまに緊張の色を解き、こちらに頭を下げる。
また門がひとりでに開く、コーショウは後ろから何かされないか慎重に門の外に出た。ドラムの屋敷から少し離れた場所に停まる馬車までにゆっくりと向かう。
「バッソ様、どうやら、昨日何かドラム様に有ったみたいですな、」
御者は、コーショウが屋敷に入っている間、近くを通るものと軽い雑談をして、手に入れた情報をコーショウに伝える。
ドラムが門前で暴れ、屋敷の騎士がそれを押さえつけて事、深夜、ドラムの屋敷で馬が走る音がした事、御者が手にした情報はコーショウ悪い考えを補強する材料となった。
「……、王宮に急ぎ戻ってくれ、伝えなくては、」
サダーク第一王子は最側近である側仕えの者からドラムが自決を図った可能性があると伝えられ、倒れこむように椅子に座りこんだ。メラク王子はすぐに箝口令を敷き、ドラムの体調不良と自宅での休養を宣言する。王都の民は遂に、王国最後の英雄までと不安が高まることになる。
コーショウがサダークに伝えた頃、ドラムはニックと共に北の砦に到着したのであった。




