幕間 王都に向かう
ザーマ・ハイビッシャー侯爵令嬢の出発
ー○○、じゃあ、20時に迎えに来てね!
―返事は?ハイは一回よ。来ないとあんたどうなるか分かってるでしょ?
声優オタクで非リア充な姉貴から、その日車を出せと言われて俺はいやいや従った。まぁ、せっかくの休日に、姉貴からの突然のお願いを聞ける時点で俺も非リア充側の人間だ。仕方がない、諦めとも達観ともいうその言葉を心の中で吐き出して車の中でため息をつく。
あ~あ、彼女が欲しい。見渡せば、姉貴と同じような雰囲気の女性が集まり、ワイワイ話し込んでいる。少し勇気を出して話しかければ、俺でも彼女ができるだろうか?
でも、う~ん、あぁ、行っちゃった。あ、あっちの子なら、だめだ、3人組だ。あの子なら、
どうせ、そんなことする勇気も行動力も持ち合わせていないのに、しばらくの間、車の中で悶々と会場に向かう女性の波を眺める。
しばらくして、馬鹿らしいと急に正常な判断力が戻る。時間を見れば、30分以上ここにいた。
虚しさ、寂しさからなのか腹が抗議の空腹を訴える。雄としての本能よりも生きるための食事を要求される。
一人回転ずしか一人焼肉か、とりあえず、店を探さないとお一人道を極めるために車を適当に走らせた。
国道に出て、信号で停まる。こちら側に店があればいいんだけど、どこかに有るかなと前方を何気なしに眺める。
信号が変わり、更に進んで、うどん屋、ファミレスを何軒か見つける。その先に回転ずしの看板を見つけて、手前の信号が赤になり停まった時に、
ドォーンと何かに突き押され、頭が前後に振られる。掘られた、ぶつけられた、何が起こったのか考えている間もなく、今度はビーッと甲高いクラクションが、自分の左側から聞こえる。
また衝撃が伝わる。今度は左右に動かされる。なんで?後ろから、横?ぼんやりと、ひび割れた景色を見ていると異臭がする。ガソリンのような匂いが、痛い、熱い、誰か、誰か、声がするし、声をだしたような気がする。
突き上げるような衝撃を受けてザーマは目が覚める。揺れる世界、見慣れた天上よりもだいぶ低い場所、寝起きでありながらザーマはここが屋敷の自分の部屋ではないことに気が付く。
「え、なに、ここって?」
自分が死んだ事故の夢を見たせいか、不安な気持ち、恐怖がこみ上げる。
ここはどこだ?昨日、私は自分の部屋で?今日は休日で姉貴を?違う、私はザーマで、事故が夢で、ザーマが夢?
まとまらない思考は、先ほどまでの夢の記憶をごちゃまぜにして入り交じり、現実感を奪い取りに来る。
「ザーマ様、お目覚めですか?失礼します!」
「え、カース?」
「まぁ、ザーマ様、ひどい汗ですわ、お着替えしましょ!でも、その前に、私をよく見てください!」
「ちょ、ちょっと待て、カース、ここは?」
そこに、救いの声が響いた。自分の知る人の声が耳に入る。
「カース、ねぇ、ここは、ここってなに?なんで私ここにいるの?」
「…、あれ?ちょっと、お待ちくださいね?」
「待って、カース、お願い、待って!」
「…、あぁ、はい、待ちます。待ちますわ。ザーマ様、さぁ、私の胸の中に!もっと、私を求めてください!さぁ!」
「…」
「さぁ!さぁさぁさあ!カースのここ、空いてますわよ?」
「…、いい、落ち着いた。出ていけ。」
「えー、あ、あの、遠慮とかいいんですわよ?ほんと、ここ空いてますし?先着一名限り、早い者勝ちですよ?」
「ここは、馬車か?私はなんで馬車にいるの?」
変態に助けを求めるほど弱り切った心を正気に戻したのは変態の言葉であった。
認めたくない、いっそ忘れてしまいたいほどに酷い話であるが、心が頭が落ち着けたのは真実である。
よくよく見れば、ここは王都に向かう際に使うハイビッシャー家の豪華な馬車である。揺れるのは舗装がされていない道を走るから、サスペンションなどを開発しようと頑張ったことはあるが、その手の知識は持ち合わせていなかった。
寝汗で体に張り付いた服は昨晩の寝間着である。昨日は部屋で寝た。間違っても馬車に乗り込んだ記憶はない。
「カース?なんで私は馬車にいるの?」
「お嬢様を王都に連れて来るよう連絡が入りまして、ご就寝ところ、大変申し訳ありませんが、運ばせていただきました。」
カースが答えるよりも早く、穏やかな老父の声が聞こえる。父の右腕、半身、バスと呼ばれる人の声が聞こえる。
「バス、あなた、私を運び出したの?ねぇ、部屋に無断で忍び込んだの?」
「いいえ、お嬢様。いくら何でも淑女の部屋に忍び込むことはしませんよ?カース様が馬車に連れ出したのです。」
「カース、貴女、私を裏切るの?」
「いいえ、そんな、バス様、あの、あの薬は?」
「ああ、これは失敬、一目ぼれの妙薬と一晩ぐっすりの催眠薬を間違えてしまいました。いやぁ、失敬、失敬。」
「おい、こら」
「ザーマ様、待って、これは、私も騙されて、」
「ああ、お嬢様、私刑はほどほどに、もうすぐ他のお嬢様付きも来ますから、彼女たちが私刑にする分も必要なので、」
「え、あの、バス様、愛の逃避行を認めるという事では?」
「はて?いやぁ、最近物忘れが酷くて、さて、では少し遅いですが朝食にいたしますか?」
「待って、ザーマ様、あ、あの、誤解なんです。出来心なんです。初犯なんです。許してください。」
ザーマ達一行もいよいよ王都に向けて領地を出発した。




