幕間 ニックの一日 昼
「やぁ、ニック。おはよう、いやー、今日は、また暑くなりそうだね。」
「おはよう。ニックさん。昨日もなんか騒ぎがあったらしいよ。」
「あ、ニックさん、おはようございます。何か変わったことありませんでした?」
「やあ、こんにちわ、ニックさん、その、悪いんだが、また、野菜を売ってもらえないかい?」
「あ、どうも、ニックさん、先日の泥棒逮捕の件、ご協力感謝します。」
ドラムの屋敷に転がり込んでから、せめてものお礼替わりにニックはギクリの訓練のない昼間は屋敷の門衛を務めるようになった。
下から数えたほうが早い子爵のくらいであっても、ドラムは王国の要職を務めた立派な貴族だ。本来ならば、その屋敷には充分な数の警護役の人がいるはずだが、ベスがそれを嫌がり、ドラムも了承していた。
元々、根無し草の冒険者家業を生業にしていたドラムとベスの夫婦は、全く正反対の性格をしていながら、似ているところが多々ある。
それは例えば、人の好み。
ドラムは要職を務める上で、様々な人と付き合う、そして中には、どうしても好きになれない人物と仕事をこなすことがある。
伏魔殿たる貴族社会で生きるに当たり、ドラムは他人から気づかれないように卒なく仕事をこなすが、すぐにベスには見抜かれて、誰が嫌いなのか言い当てられてしまう。
逆に、ニックたちのようにクセが強い面々であってもドラムが長い間を共に旅した仲間たちとはすぐにベスも仲良くなれる。
例えば、家に対する美意識。
ドラムの屋敷は騎士団の寄宿舎として作られたものを一部改造しているが、作り自体はほとんど変えずにそのままの姿を残している。故に、貴族の屋敷としては、非常に警固で頑丈な作りになる。
流行りの細やかな細工を施したり、広い庭園を整えるなどの貴族らしい華美を求めずに、用の美を求めた無骨な様式は王国内の貴族、上流階級にはあまり受けいられなかった。
事実、ドラムがほかの貴族をあまり家屋敷に招くことはなかった。要職を務めるドラムを訪ねるものは何人もいるが、それらはすべて宮中の執務室にて応対して、屋敷に招くことはほとんどなかった。
それは、貴族の世界で無用な瑕疵を負いたくなかったドラムの判断であり、実のない貴族社会にいたくないベスの願いを叶えるものであった。私の空間である屋敷は心地よい物であって欲しい。
つまり、ドラムの美意識は、無駄に追及された豪奢で華美な屋敷よりも無骨で簡素な用の美を表したこの家を美しいと感じ、夫人であるベスも同じ思いであった。
そして、日々の生活への拘り。
もともと、新参貴族のドラムやベスに、メイドや女中、庭師、門衛など屋敷に関わる仕事をこなす人を見つける伝手はなく、できる事は自分たちでこなしてきた。
やがて、要職を歴任したドラムにそういった人を見つける伝手なり、手段ができるが、既に確立した生活様式に知らない人を入れる気になれなかった。
さて、だから、ドラムの屋敷の前にフルプレートの門衛が立っている姿を見た人は大変珍しいものがいると集まり、話題となる。
王都では、不穏な噂が流れ、食料が徐々に高騰し、騎士団が王都を一日中警邏して回る中で、王宮の要職を務める貴族の屋敷の前にフルプレートの騎士が、今まで、居なかった門衛が立っている。
初めの2,3日は誰もにニックに話しかけなかった。みんな何か起こるだと予感して、できる範囲で動いていて話しかける余裕がなかった。
日々高騰する中でも、日持ちする食料を買い込み、その何かに備える。
しかし、毎日不安を抱えて日々を過ごす中で、ドラムの屋敷を守る騎士が毎日同じ人が同じように立っていることに気づいて話しかける。
気づくと、様々な人がドラムの屋敷に立つニックに話しかけるようになる。
それは、生前のニックの英雄としての気質、人を引きつける力、不安な空気に包まれる王都に住む人にとって、その闇夜に光り輝く星のような力は希望となった。
ドラムの屋敷の門が少しだけ開き、そんな人に囲まれるニックをじっと眺めている。
ニックは、ベスに逗留のお礼替わりに門衛を務めた言ったが、ほんとは、別の意味もある。
「ずるい、ずるい、ずるい、…」
「せんせぇ、昼食できました!」
「なんで?なんで?なんで?」
「せんせい、ご飯ですよ!美味しいですよ!」
「あ、こっち向いた、目が合った!やったー!」
「せんせい!」
「ギクリ、これは仕事だから、ほれ、食事だと呼びに来ておるぞ」
ギクリの圧力から少し逃げる事。これの方が実はメインかもしれない。




