ドラムの屋敷にて 1
「はい、そうっす。自分の力を水のように意識して、少しづつ流し込むっす」
「こう?ねぇ、その、あ、あなたはどう?」
「ああ、確かに力が入るような感じがするのぉ、温かいし、心地よいよ、ギクリ」
「ッ!」
「うぉっと、何じゃ!」
「あー、ダメっす、落ち着いて、どう、どう、どう、そうっす、そのままっす」
「ー、ふー、すー、」
「なんか、くらくらするの」
「ダメじゃないすか!動揺させることしちゃ!」
「儂が悪いのか?」
「せんせぇ!お茶にしましょう!」
「皆さん、一息入れましょう。ベス様とギクリ様があちらにお待ちしております」
柔らかな陽光の降り注ぐ昼下がりそよぐ風の中、ドラムの屋敷の中庭にて悪魔はギクリとの契約通りにニックの鎧に力を注ぐ技を教えている。悪魔もだいぶ慣れたのか、ギクリにもニックにもほとんどため口で話すようになった。
朝、日が昇る前に目を覚まして、軽く体をほぐしてから起きる。別に悪魔だからといって太陽の光を浴びてもギャーとか叫ばない。
日が昇り切る前の比較的涼しい午前中に、ギクリへの技の指導をして、午後からは手が足りなところを手伝う。働かざる者食うべからずだとベスに言われて、別に食べなくても平気だと言ったが白眼視される居心地の悪さに手伝いをする。
日が沈む前に夕飯を皆で揃っていただき、お酒の飲める姦しい(百歳超えの乙女(笑)ギクリ、イジリのヒノク、煽りのベス)三人に捕まるか、声のでかいバカ(大英雄?ニック様)に捕まらなければ、さっさと眠る。
ドラムの家に厄介になってから10日間、実に健康的で悪魔らしからぬ生活を悪魔は過すことになる。
王都は日に日に不穏な空気が醸成されているのに、ここだけは別世界の様相を呈していた。
この10日の間、ニック一同は屋敷の外の情勢と完全切り離されていた。
ギクリは悪魔から毎日のように魔術を教えてもらい、余った時間は極力ニックと共にいた。ベスとヒノクはその様子を楽しみつつ、弄り回して毎日を過ごしていた。
ニックは正直、その場の勢いで約束したことを全く後悔していないとは言えなかったが、自分の為に頑張るギクリを邪険にできず極力受け入れるように努力し、屋敷内の男女バランスが女性に傾ている現状を何とかしようと悪魔を手なずける。
ニーナやメイといった子供たちは、ベスの下で家事手伝いと庭仕事、いや、農作業を手伝うようになった。元々年もそこまで離れていなかった2人はすぐに仲良くなり、メイは未だに体調が思わしくないノイエの世話をしながら、ベスからの仕事をこなす毎日を過ごしていた。
ニーナもギクリの内弟子であったことから魔術の才能はあったが、家事はまだしも庭仕事や農作業の経験はなく、ベスからの指導の下おっかなびっくり仕事を覚えていった。
ニックの鎧へ魔力を補充する魔術はさほど難しくない、悪魔が召喚される際に現世での肉体を保つ魔術の応用である。しかし、魔力の性質を変化させる必要が有り、細やかな魔力制御が必要であった。
ギクリはエルフの血からか膨大な魔力を持っていたので、大規模な詠唱魔術、悪魔召喚などの大きな魔術は得意な反面、こういった細やかな作業を伴う魔術のコツがうまく掴めなく、苦戦していた。
何度か、魔力を集めすぎて爆発なり火柱なりが上がったっが大事には至らなかった。
ドラムの屋敷は、貴族の家屋敷の立つ区画の中では端の方になる。元々は騎士団の詰所、練兵所の役割を担う場所であり、王都の拡大に伴い手狭になったそこをドラムが貰い受けた。
寄宿舎や司令塔などの建物は一部改装して使い、大勢の騎士が汗を流した練兵所のグラウンドは、ベスが自ら耕して大きな農地へと変わっていた。ニーナやメイもこれまでしたことのない農作業をベスから指導されながら徐々に覚えていった。
つまり、ニック一同は意外と充実して毎日を過ごしていた。
一つ、いや一人、大きな難題を抱えているのだが、とりあえず、呼ばれた茶席に皆が集まりおしゃべりが始まる。
「お疲れ様、ギクリ義姉さん、はい、ハーブティーよ」
「ありがとう、ヒーちゃん」
「いいえ、お義姉さんを立てるのは妹の務めですから、気にしないで、に―さんはいらないでしょ?」
「飲めんからな。…ただもう少し、優しく言えないのか?」
「むり」
「悪魔さんもお茶です。」
「あ、ありがとう」
「やっぱり、長生きするものね~、ありがとうだって、悪魔さん、やっぱいい人ね~」
「うるさい、人じゃない、いい人じゃない」
「うふふ、ねぇ、ギクリちゃ~ん、今日は何したの?」
「魔術の制御を一から、わずかづつですが魔力を、そ、その、」
「ふーん、ねぇ、ねぇ、なんかハプニングなかった?ドカーンって爆発とかボーって火柱は立たないの?」
「いえ、そんなことは、もうそんなことしません」
「ねーよ!こっちがずっと見てるんだからそんなことされたらたまんねーよ!」
「つまんない。最初の頃みたいにもっとドカーンとかドーンとかやっていいのよ?遠慮しないで!」
「ベス姉、さすがに王都のど真ん中ではそんな事しちゃいけないでしょ」
「ばれなきゃいいのよ」
「…だめでしょ」
「…だめじゃな」
「…ここまで享楽的な人間初めて見た。こいつの旦那ってホントに騎士団長やれてるの?」
「当たり前じゃない!うちの旦那世界一よ!何でもできるし、いつでもかっこいいんだから!」
「ばかやろう」「あーあ、」「あ!」
ベスが、独り舞台のように朗々と旦那ドラムの事を語りだす、何度も聞いているので耳にタコの内容だが、始まると止める手立てがない。
ヒノクとニックの目線を受けて悪魔は自然と頭を下げてしまう。独演会からの途中退席は重罪のなので、3人の観客を得たベスの独演会はどんどん話が大きくなる。
一方、その独演会につかまらなかったギクリは意を決したように、ノイエの下女メイに話しかける。
「あ、あのね、めいちゃん」
「はい、大奥様」
「その、あ、あのね、ノイエちゃんは、体の調子が悪いの?」
「いえ、最近は少しづつ起きている時間も増えてきました。」
「一度だけでも、お話しできないかしら?」
「はぁ、その、まだ誰にも会いたくないと。」
「一度だけ、一回だけ扉ごしでもいいの!」
「メイさん、お願いします。せんせぇは悪いことしません。」
「う~ん、はぁ、一度聞いてみます。」
ノイエは意識を取り戻してから、部屋に閉じこもり10日間メイ以外の人間と顔を合せなかった。




