第二魔術研究所編 2
王都の貧民街がある地区からあまり遠くない場所に、高い壁で囲った一軒家が存在した。
貴族の家屋敷としてはこじんまりとして趣に欠け、王都の一般庶民の家としては大きすぎるそこは、ギクリが所長を務める王立第二魔術研究所である。
この研究所では主に先進的で斬新で革命的な魔術の研究が行われていた。
具体的には、新術、今までの魔術体系にない天才的な発想の下、核心的な魔術の理論についてを研究する為の機関である。
え、よくわからない?これ以上具体的に?
王国の予算編成を司る内務卿下の財務長官はここを盲腸だと言い切り、第一魔術研究所の人間は掃き溜めだという。
王都の中で人さらいが出たりすれば、まず初めに騎士団から連絡が入り、不正薬物、禁制品密売などの捜索が入られる場所である。あと王都では、子供が悪さをすると大人からここに連れて行くと教育されるような場所だ。
ギクリが所長を務め、王立の魔術学校を卒業するうちの先鋭的な人物や独創的な発想をする人物ばかりを集めた王国内でも指折りの頭脳集団のたまり場ではあるが、所長を筆頭にみな癖が強くほとんど何をしているのか不明な機関であった。
先ほどちらっと出てきたが、第二と名乗っている以上、第一魔術研究所もある。
そちらは、主に軍で使われる戦術、戦略的魔術の開発、研究とそこからの成果をもとに派生した民間で扱われる魔術式の開発を行っている。
そちらは、王都の中心部、貴族の多く住む地域に第二研究所の10倍近い規模で存在し、王国中の魔術師を志す者が目指す場所であった。
第二研究所の高い壁と門の前に立ち、ヒノクもニックも改めてその高さに目を見張る。
研究の秘密確保のための壁であるが、壁建設の際に王都の安全確保という名目で下りた潤沢な予算で組まれた高く厚い壁はまるで要塞のような姿をしていた。
「ヒノ、ほんとに入るのか?」
「だから行くわよ。ここまでわさわざ来て寄らないなんて出来ないわよ。」
「はぁ、わかった。でも、ホントに門は叩かなくていいのか?このまま立っていればいいとは?」
「魔術って便利よね。」
考えるでもなく、返事を返される。
ヒノの話では門には守衛や騎士が立たず、全ての事が魔術によって自動的に行われるらしい。
「この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ。」
上から、低い男の声で声がかかる。
ヒノや背中のノイエの柔らかな女性の声とは違うし、記憶にあるギクリの両性的な声とも、リョーエンの穏やかで響く声とも、今はいないがドラムの冷たく理知的な声とも違う。実に男らしく、魂を震わせる低音が心地好い声だが、いま大切なのは内容だ、内容が物騒すぎる。
どうせ、いつものこけおどしだろうが希望を捨てろだと、ギクリは相変わらずの様子らしい。
しかし、この声はどこかで?
「あれ?前と違う。これってにーさんの声だよね?」
「はぁ?え、いや、違う。」
「いやいや、全く同じじゃない!」
「違うったら、違う!儂は、こんなこと喋った記憶ないわ!」
「じゃ、魔術だ。いやーん、にーさん愛され過ぎじゃない?もー、なんか、ご馳走さま?」
「うるさい!お前、もっと淑やかにしろ!ノイエが真似したらどうする気じゃ!」
「私は聖女よ?淑女の鏡なんだから、ノイエには是非とも真似して欲しいわね。」
どうにも調子が狂う。ヒノめ、次は言い負かしてやる。
ニックは、ニックの魂は50年来の仲間の本当の性別を死んだあとに知ったことで、精神がかつて彼女と共にいた過去を思い出して、若返っていた。
かつて、5人で各地を回っていた頃は、些細なことで喧嘩し、言い争い、助け合い、笑いあった。
10年前に亡くなり、実際の年齢が逆転した兄妹は彼らが活躍していた頃のように、実に楽しく話をした。
「この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ。」
「あはは!やっぱり、にーさんの声だ。」
「もーいい。こいつはどうするんじゃ?」
「ああ、そうだった。えっとね、ヒノクです。朝早くから失礼します。ご相談がありまして、門を開けてください。」
ものすごく丁寧に普通の事をヒノクは口にする。
「あ、あの教会のヒノク様ですか?」
今度は、若干幼い感じの舌足らずの声がする。
今回は、全く心当たりがない声であり、ニックは黙ってヒノクに全てを任せる。
「ええ、そうよ。むこうの教会のヒノクよ。ギクリさんはいるかしら?お嬢ちゃん。」
「あ、あの、ギクリ様はまだ眠られてまして、昼過ぎに来ていただけませんでしょうか?」
「あら、困ったわ。実はすごく大事な事を話したいのよ。中で待たせてもらえないかしら?」
「え、えぇっと、あの、先ほどの案内メッセージは聞かれましたか?」
「希望を捨てろってやつ?」
「あれを聞いていないと約束していただけませんか?」
「別にいいわよ。なんでなのかは聞かないわ。」
「ありがとうございます。2人でよろしいですか?」
「いえ、3人よ。」
ニックの背中に担いだノイエがいることを声の主に伝え、少し待つと、正面の門が少しづつ上に向かって上がっていき、しばらくすると門は完全に上に登りきる。
「じゃ、行きますか!」
ヒノクは飛びっきりの笑顔を浮かべて先頭にたって進む。
ニックは知っている。
妹は、今でこそ聖女と呼ばれるに相応しいひととなりを持っているが、昔はとにかくやんちゃでいたずら好きの子どもであったことを。
「ほどほどにな。」
「わかっているわよ。ちっちゃい子には火の粉がかからないようにするわよ。」
「なぁ、ヒノ?お前、楽しんでいないか?」
「ええ!スッゴク楽しい!」
「そうか、」
「にーさんもそうでしょ?」
妹から最後に尋ねられた質問は聞かなかったふりをして、第二研究所の応接室に先ほどの声の少女に案内されて行く。




