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第二魔術研究所編 3

「はじめまして!ヒノク様。あと、後ろの方は、護衛の騎士様ですか?私はギクリ様の内弟子27号です。」


門をくぐり抜け、第二魔術研究所と大層な名前の看板が着いた建物の扉を開けると、そこにはメイド服を着た上に白衣を羽織った一人の少女が立っていた。

少女は、背中に背負ったノイエよりもだいぶ若い、というよりも幼い。10を超えるか超えないかの少女は、真面目な挨拶のあとに冗談かわからない名前を口にする。


先に名乗られたので、名乗り返す必要があるが、既にニックは故人である。別の名前を出すのを、躊躇ったニックは隣にいるヒノクの方にない頭を向けた。

ヒノクは心得たと、微笑みを浮かべる。


「はい。はじめまして。27号ちゃんね?お名前は何て言うのかしら?」

「名前は、いえ、27号です。ギクリ様から直接いただいた名前でお呼びください。」

「ホント?困ったわ。私は教会の人間だから、親御さんから頂いた名前しか言えないの、大変よ27号ちゃん地獄に落ちちゃうかも知れないわ?」

「え、そんな、えぇっと、あの、ちょっと待って下さい。」


失礼した。妹は微笑んだのではなく、ニヤニヤしながら、出迎えた少女で遊び始める。

相変わらず質がわるい。

話題を変えて欲しいと頼み込んだのはこちらだが、今にも、泣き出しそうにしている少女を前に少し考えを改める。


「27号ちゃんでいいかい?今ね、おじさん背中に女の子がいるんだけど、どこか休める場所を案内してくれないかい?」

「え、あれ?」


出迎えた少女に案内をしてくれるようにせがむ。

いきなり、話しかけられて驚いたのか、こちらをじっと見てくる。


「頼むよ。おじさんは先にこの子を休ませてあげたいんだ。」

「えぇ、あの、やっぱり、同じだ。えぇっと、はい。わかりました。私が案内できるのは応接室になりますが、よろしいですか?」

「いいよ。そこで。」

「じゃあ、私もつれていってね?27号ちゃん!」

「はい。ではこちらにどうぞ。」


少女を先頭に屋敷を、研究所を進むとすぐに一つの部屋に通される。布張りの少し低めの椅子が机を挟んで並ぶ。椅子を全て一列に並べて、背中のノイエを寝かしつける。

少し苦しそうな表情をしたので、ヒノに体力を回復させる聖詞を読み上げてもらう。


27号と名乗った少女は柔らかなシーツと軽い朝食を運んできた。ヒノクは朝食を受け取ると空いている机の上に置いて、ヒノクの様子を見ている


少女の話がホントであれば、ギクリが起きるまであと6時間以上ある。体を持たないニックは空腹も疲労も感じていないが、ヒノク、妹はもうずいぶんと高齢なので、少女にもう一脚椅子を持ってきてもらえないか尋ねようとすると、こちらを不思議そうに見つめる少女の顔と目線が交錯する。


「あ、すみません!えっと、あの、この方のお名前は?」

「ノイエ、ノイエ・ノーキン。儂の孫娘じゃよ。」

「お孫さん?貴方様のですか?ヒノク様のではなくて?」

「儂のじゃ。ヒノクは儂の妹で、あっ、」

「ふふふ、そうよ。その人は私のおに―さん。だから安心してね!」


室内に入っても、フードを外さないニックを不審そうに見ていた少女は、いきなりこちらを向いた鎧の騎士に狼狽しつつ、話題を変えようと少女は寝息を立てるノイエの名前を訊ねる。

ヒノクという聖女が人さらいを連れてくることはないと思っていても、不審な鎧の騎士を警戒しているのが分かる。

少女は鎧の騎士から逃げるように、ヒノクの方に休むノイエの方に顔を動かして問いかける。


幼い少女に話しかけられて、ニックはつい自分とヒノクの関係を口にする。もしも、顔があるならば孫を愛おしむ祖父の慈愛の表情を浮かべていただろう。

まぁ、実の娘でも悲鳴を上げる強面が笑顔を浮かべて、目の前の少女が泣きだすような事になればニックはずいぶんとショックを受けていただろうが。

ヒノクもニックがあっさりと白状するさまが面白かったのか、含み笑いをしながら少女に鎧の正体の補足をする。


「ふん、まあ、いい。儂はなニック・ノーキン。あれの兄貴で、お前さんのボスと一緒に世界を救った人間だ。」

「え、あの、でも、」

「ああ、儂は死んでいる。今からフードをとるが驚かんでくれよ。」

「いや、ちょっと、待って、」


少女は10年も前に死んだニックの顔など知らない。

王都では、英雄の名前を舞台演劇や絵物語で知っている子供は多いがその顔を知っているとなればかなり数が限られる。

少女は死んだ人間が蘇って人の世を歩いているという話から、動く死体や動く骸骨を思い浮かべて急いで止めに入るが、ニックの動きは素早くフードが外される。


「きゃあああああぁぁ?」


皮膚が腐り、筋肉や骨が露出した世にもおぞましいものが現れると思っていた少女の前に現れたのは、立派な兜と鎧だけであった。

初めは目を閉じて絹を裂くような悲鳴をあげた少女は、薄目から見えた立派な鎧姿に声を小さくしていく。


「あの、え、うそ?嘘ですか!嘘なのですか!」


少女はよっぽど怖いものを想像していたのか、ただの鎧姿に見えるニックに大声で詰め寄り、ヒノクの方もぶすぅーと不機嫌そうに睨みつける。

ニックは少女の悲鳴とあまりの剣幕に面食らってしまい、ヒノクは兄の半分の背丈にも届かない少女の剣幕にたじろぐの兄の姿に、こらえきれずに下を向いて体を揺らした。


黙り込むニックと声を押さえて体を震わせるヒノクに少女は完全に騙されたと思い込み、更に声を荒げる


「ひどい!ひどいです!ヒノク様も騎士様も騙すなんて!」

「いや、ちょっと待ってくれ、」

「騎士様!ニック様は大英雄様ですよ!いくら憧れているとはいえ名前を語るなんて悪いことです!ギクリ様もきっと怒りますよ!」

「いや、少し落ち着いて、今兜も外すから、」

「ヒノク様も笑わないでください!もう、笑うな―!」

「ほら、今外すから、ほら、こっち見て!」


ニックは、必死の少女に答えてあげようと一生懸命に動く。

ヒノクは、とにかくおかしいのか、腹を抱えて笑いこける。

ノイエは、こんな状況の中でうーん、うーんとうなりながら眠り続ける。


やっとのことで兜を外して、空っぽの中身を少女の方に見せて、落ち着いてもらおうと、ニックは少女に声をかける。


「もう、いいで、・・・きゃああああああ!」

「」

「あははは!ははは!」

「いやぁぁぁああああ!おばけぇぇぇえええ!」

「お化け?」

「ふははは!ニーさん、ほんとおなか痛い、やめて、」

「おい!お前もどうにかしろ!」

「おばけぇぇぇえ!怖い、先生ぇ先生!たすけてぇぇえええ!」


少女の叫びはもう止まらない。

屋敷を揺らすような声量での叫びに、ニックは固まってしまった。

聖女と呼ばれた妹は、本当に楽しくて仕方ないかのように笑い続ける。


ぶっちゃけ、生前にここまで困ったことはない。

ノイエを初めて抱きしめた時だって、娘なり乳母なり味方がいた。困りきりニックは完全に固まった。


その瞬間、物理的に部屋が揺れた。

応接室の一つしかない扉が音をドンと音を立てて倒れる。

横になるノイエの体が浮かび上がり、泣き続けていた少女も泣くのをやめた。


扉の向こうに強い魔力を持つ者がいる。

術者の感情に答えて、魔力が空中でバチバチと青白い光と音を立てる


「うるさい!ニーナ!お前、私が寝ているのに起こすとはどういうつもりだ!」


地獄の底から響くような声は、かつて聞いて事のある声の面影がある。


そういえば、こいつは寝起きの機嫌が悪かった。


「先生、せんせ-い、お化けが出た、よろいの、おばけがせんせいに、」


少女は、泣きながらもそんな恐ろしいものに抱きつく。

長い髪を振り乱して、血走った目でこちらを見る。


顔つきは、エルフの血のおかげかあまり変化が見えない。

しかし印象がだいぶ違う。


記憶にあるのは、共に旅をしていた頃の姿。

小柄で短い髪と長い手足、鼠色の長いローブと大きな樫の杖を持っていた姿は、二次成長前の少年、よく言って中性的な印象を人物であった。

しかし、今目の前にいる人物は、背丈は同じだが全く印象が違う人物であった。


短かった髪を長く伸ばし、スラッと伸びる手足は白磁のように艶かしい色合いをしている。寝起きだからか、女性ものの寝間着の姿で現れたギクリにかつてのような少年みたいな中性的な印象はない。どう見ても、女性にしか見えないギクリに驚く。


「ギクリ、お前、ほんとに女だったのか?」


空気が固まる。


不用意。無神経。思慮不足。信じられない。

ヒノクの罵倒が聞こえてきた気がした。


大きな火球に包まれた瞬間、火の中で思ったのはこいつはやっぱりギクリだと確信した。


ヒノの嘘つきめ、やっぱりこいつは燃やしてきたろうが!

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