第三十六話 西園寺玲二
相変わらずでかいな。
西園寺家の屋敷を前に恭哉は心中でそう呟いた。広大な敷地の中に建てられたその屋敷は、狭い空間をいかにして広くみせるかというテレビ番組すら放映されている昨今の風潮を見事に逆行している。
実用性があるのか定かではない噴水に目をとられながらも厳かな雰囲気を放つ扉の前に着いた。伸ばしかけた手がぴたりと止まる。またあの年老いた執事が出て来るのだろうか。簡潔に、しかし要点を押さえた話をしなければ門前払いをくらうかもしれない。以前はメイサもいたため余り意識しなかったが、場違い感が凄い。恭哉はここにきて変な緊張をし始めていた。今すぐコミュ力が欲しい。
躊躇する恭哉の前で扉が音もなく開いた。中から以前と同じ老執事が姿を見せる。どうして恭哉が来たことに気付いたのだろうか。気配を感じたとか?まさか隠しカメラが。もしそうなら、手を伸ばしたり引っ込めたりしていたのをばっちり見られたことになる。赤くなればいいやら青くなればいいやら。
「お待ちしておりました」
どんな顔をしたものかとしどろもどろになる恭哉をよそに、老執事は落ち着いた口調で言った。そして踵を返すと無言で歩き始める。着いてこいということだろうと勝手に結論づけて恭哉も続いた。
通されたのは、以前の倉庫ではなく一つの部屋だった。この屋敷の規模からすると広くも狭くもない部屋だ。幾つもあるうちの一つだろう。しかし、老執事がドアノブを捻った瞬間に恭哉はこの部屋がその他の部屋と同一でないことを直感した。この部屋の中にはあの男がいる。
「やあ、久し振りだね。黒崎恭哉くん」
部屋の奥の椅子に座るその男、西園寺玲二は軽い口調でそう言った。友達が遊びに来たかのような気安さだった。
「お久し振りです」
柔和な笑みを浮かべる玲二は、名前を聞いて分かるとおりメイサの兄である。男にしては少し長い髪は青みがかっているが黒く、肌の色も純粋な日本人のそれだ。おそらく半分しか血は繋がっていない。それでも、似ている部分はある。その人形のように整った顔立ちや、笑みを浮かべたときの口元、そして何より一種独特な危うさを感じさせる雰囲気がメイサと似通っていた。
「今日はどうしたのかな」
椅子から立ち上がりながら玲二が言った。小柄なメイサと違い、玲二はひょろりとした長身だ。しかし、ひ弱な印象は受けない。それどころかしなやかで、無駄なものは全てそぎ落とした完成された躰のようにすら見える。
「一つ、お願いがありまして」
「へえ、お願い、ね」
細められていた目が一層細められる。言葉とは裏腹に、恭哉は自分が今から言うことを玲二は分かっているのではないかと思った。玲二の視線は自らの内側を見透かされているようでどうにも好きになれそうにない。
「今、守護者総出で捜索しているレイダーを知ってますよね?」
「もちろん」
「では、そのレイダーが寄生型であることも?」
試すような視線を向ける恭哉に、玲二が動じることはなかった。微動だにしない笑顔のまま頷くと、あっけらかんとした声で言った。
「うん、そっか、双葉未來理には寄生型のレイダーがついていたのか」
言い終わるのと同時に、玲二がじっと目を向けてきた。それを前に、恭哉は懸命に平静を保った。どうしてレイダーに侵されたのが未來理だと知っているのか。その情報は恭哉を除けばメイサしか知り得ないはず。驚きに声も出ないが、どうやら顔には出なかったようで、玲二は感心したように少しだけ目を見開いた。
「へえ、意外や意外、驚かないんだね」
迂闊に玲二を試すようなことをした自分を恭哉は恥じた。そんなことしなければ、意趣返しをされることもなかったのに。そもそも、こちらからお願いする立場なのだ。相手を計るような態度は慎まなければならない。
「知っているのなら好都合です。俺としては、どうにかして双葉さんを傷付けることなく助けたい」
ここでメイサの名前は出さない方が良いだろう。それにしても、どうしてか玲二に対する言葉には棘が出てしまう。玲二の放つ雰囲気に飲まれては、弱みをみせてはならないと本能が訴えるのだ。
「それは僕としても賛成だね。彼女は言わば被害者だ。一般市民をレイダーから護るのが守護者の役目だしね」
「玲二さんは、宿主にダメージを与えずレイダーのみに攻撃する方法を知っていますか?」
玲二は少しの間も開けず頷いた。
「知ってるよ。その手段も手にしてる」
「じゃあ――」
「でも、ただで貸すわけにもいかない。それなりの代価を払って貰わないとね」
先程とは矛盾することを、玲二は全く悪びれずに言った。でもまあ、想定内ではある。何故か恭哉に興味を示している玲二がこの機会を逃すはずがない。
そしてこの瞬間、以前一度しか会ったことがなかったために恭哉の中にまだ残っていた、玲二はメイサが言うほど警戒すべき人物なのだろうかという疑念は霧散した。西園寺玲二には、最大限の警戒を持って接しなければならない。
「代価とは何でしょう?」
「君の技量が知りたい」
そう言った玲二の目が妖しく光ったのを恭哉は見逃さなかった。
「技量とは剣のですか?」
「もちろんだよ。僕から一本取ることができれば、同級生を救う手段を教えてあげる」
玲二から一本を取る。言葉にすることは簡単であるが、実際に成し遂げるのは不可能に近い。相手はメイサも恐れる名門西園寺家の次期当主、一方恭哉は守護者になりたての局員でもないルーキー、パワーバランスがおかしいにも程がある。その事に玲二も気付いていたようで、付け加えるように言った。
「言っておくけど、守護者の勝負はしないよ。つまり、エスパーダは使わない。見たいのは君の技量だからね」
まあ、それなら何とかなるかもしれないと一瞬緊張が緩むが、次に放たれた玲二の言葉に背筋が凍った。
「もしエスパーダを使ったら、どう君を強く見積もっても八秒で死んじゃうよ」
一気に増した玲二の圧力を恭哉は奥歯を噛んで耐えた。
「じゃあ地下に行こうか。黒崎くんにとっては懐かしの場所だね」
気を緩めていいはずがないのだ。以前、玲二は恭哉の力を計るため地下にレイダーを放った。その時は何とか撃退したが、命を落としてもおかしくなかった。そういうことを笑ってできるのが西園寺玲二という男なのだ。
はやくも戦闘態勢に入った恭哉の眼には魔眼が宿っていた。




