第三十五話 取れる手段は
一頻り笑い続けたメイサはちらりと無人の廊下に目を向けてから口を開いた。
「今後の行動についてですが、ここは目立ちますね」
「場所を変えるか? そもそもここで話すと言ったのはお前なんだがな」
チクリと付け足した恭哉の言葉にメイサが誤魔化すような笑いを漏らす。
「いやー、意外とテンパってたようですね。可愛いでしょう?」
うん、可愛い可愛い。最後のそれがなければね。
「別にここでも良くないか?」
つい口をついて出そうになった嫌味をどうにか押し込み、恭哉は言った。確かに、二人しかいない教室でコソコソと話しているのは目立つし聞かれる可能性もあるが、例え聞かれたとしても一般の生徒には理解できない内容だろう。
しかし、メイサはそう思っていないのか若干の呆れ顔で首を振る。
「いいですか黒崎さん、一度想像してみてください」
人差し指を立て、前置きをしてからメイサは続けた。
「夕日が差す放課後の教室、寄り添うように立つ少年と少女……」
「ああ、もう分かった。それ以上言うな」
まるでオペラ歌手のように朗々と言葉を紡ぐメイサを遮って恭哉は言った。すると、せっかく気分が良かったところを邪魔されたことが不満なのか、メイサは少しむっとした顔をしたがすぐにいつも通りのアルカイックスマイルに戻る。
「つまり、事情を知らない人が今の私達を見れば、例え意味の分からない会話内容だったとしても、そういった状況だけで判断してしまうのです」
他人に対して比較的関心の薄い恭哉でも、夕暮れ迫る教室に佇む一組の男女を見れば、心の中で呪詛を漏らしたくもなる。
具体的には「爆発しろ」「消えてなくなれ」とか。ああ、これはただの悪口か。
「まあ、変な噂が立ってもあれだしな」
注目されるのは余りよろしくない。納得する恭哉に、何故か少し得意げな顔でメイサが言った。
「黒崎さん的には嬉しいかもしれませんが、何事にもタイミングというものがありますので、悪しからず」
「ちょっと待て。どうして俺が残念がっている前提なんだ?」
「え、違うんですか?」
「違うわ」
きょとんとした顔をするメイサ。何ちょっと可愛い顔してんだこいつ、腹立つな。それが本当に驚いているようだから始末に負えない。
「とにかく、場所変えようぜ。言っておくが、オシャレな店なんて俺は知らないからな。西園寺に任せる」
恭哉の言葉に、メイサは浮かべていた笑みを苦いものに変える。
「それは予想していましたが、堂々と言うんですね」
「隠しても仕方ないだろ。それにアレだ、店を選ばせてあげるのは、レディーファーストだ」
「その言葉をこうも紳士的でなく口にする人を初めて見ました」
メイサの呆れた声を背中に受けながら、恭哉は教室を出た。
二人が入ったのは、学校近くにある喫茶店だった。駅の中にあったりする全国チェーンの、よく意識の高そうな人がノートパソコンを広げていたりするタイプのそれではなく、個人経営の落ち着いた雰囲気の喫茶店であった。
恭哉とメイサは窓際の席に向かい合って座り、共にコーヒーを注文した。それを一口飲み、一つ息を吐く。店内に客は少ない。常連客っぽい初老の男性が一人と大学生らしきカップルがいるだけだった。学校に近い店なのに生徒の姿はない。テスト期間に入ったからかもしれない。我が校には真面目な生徒が多いようだ。
「流石は黒崎さん、ブラックで飲むんですね」
店内は静かで、メイサの少し抑えた声もよく聞こえた。
「それは俺の苗字とかけてるのか?」
「気付きました?」
「男はブラックのコーヒーに憧れるんだよ」
例え苦くてもブラックで。これが男の矜持というやつだ。
「それは大変ですね。その点女は楽です。『大人っぽ~い、私苦くて飲めな~い』って舌を出しとけばいいですから」
聞きたくなかった、そんな情報。
それにしても、と恭哉は違和感を抱いた。いつもこちらをおちょくることを忘れないメイサだが、今日はいつにも増して口数が多い。務めてシリアスな雰囲気にしないようにしている気さえする。
「そろそろ、本題に入るか」
「……そうですね」
カップを視線を落とし、メイサが言った。
「まず、双葉さんについている寄生型のレイダーについて説明します。まあ、非常にレアなレイダーなため知っていることは少ないですが」
「レア……」
「はい、殆どの守護者は、局員でさえも見たことはないでしょう。私は二度ほど戦ったことがあります」
それだけでも、メイサが守護者の中でいかに特異な存在なのかが窺える。その経験は今回大いに役に立つだろう。
「寄生型のレイダーは、それ単体での戦闘能力は皆無と言ってもいいでしょう。魔力量も少なく、それが結界を破られたことに気付けなかった原因だと思いますが……とにかく、その姿を視認できれば魔力がなくとも倒せるようなレイダーです。しかし、その名の通り自分以外の生物に寄生することでその力を得ます」
「だが、ただの女子高生に寄生しただけでそんなに力をつけるのか?」
情報には、そのレイダーは廃工場を更地に変えたとある。例え身体を乗っ取ることができたとしても、単純なスペックの問題でそんな芸当無理ではないだろうか。文学少女で、身体を動かすこととは無縁な印象を受ける未來理には不可能なことと思える。
カップルがの縁を一つ撫で、メイサは口を開いた。
「人間に寄生した場合、人間が普段無自覚に抑えている枷を取り払うことができます」
「リミッターを外せるのか……」
「それだけではありません。寄生した人間の魔力を上昇させることも可能です」
「いや、でもそれは」
「否定できません。通常寄生型のレイダーはより魔力を持つ守護者に寄生します。双葉さんに若干の魔力の素養がある可能性も……」
冷静なメイサの声が、最後の方に一瞬だけ微かに揺れた。恭哉はそのことに気付かないふりをして尋ねる。
「そのレイダーを体から除去するにはどうしたらいい?」
「レイダー自ずから出ていって貰うしかありません」
「なっ!」
この先の展開を想像し、目を見開く恭哉の耳に平坦なメイサの声が届いてくる。
「気付いたようですね。つまり、寄生されている双葉さんの体を使えなくなるほどに痛め付けるほかないのです」
「それは、どの程度……」
聞きながら、恭哉は爪が食い込むほど強く拳を握っていることに気付いた。
「寄生型のレイダーは、宿主の生命機能が途絶えぬ限りそこから出ていくことはありません。よって、寄生型のレイダーを倒すには宿主となっている双葉さんの体に致命傷を与え、離脱したレイダーが次の宿主に寄生する前に速やかに――」
「もういい。分かったから……」
機械が記録されていたセリフを読み上げるように続けられていたメイサの無機質な声がぴたりと止まる。そして、思い出したかのようにコーヒーに口をつける。
なるほど、わざわざ校門で待ち伏せていたくせに話すことを渋ったのはそういうことか。未來理はレイダーによって今も内側から体を壊されそうになっている。他の守護者に見つかれば、外側から壊されることは必至。
まさに絶望的というやつだ。恭哉を頼ってくるのも頷ける。そして、メイサがすがった魔眼の使い道は……
「俺の眼は、寄生しているレイダーを見つけるのに使うんだな」
「……はい」
「寄生型のレイダーはどこに寄生するんだ?」
「時間が経つにつれて、体の中央に移動します」
中央に近付くほど、ピンポイントでレイダーを攻撃した際に致命傷となる可能性は増す。未來理が寄生されてどれ程経ったのかは知らない。知ろうにも、メイサに聞くのは憚られた。
立ち上がると、見上げたメイサと目が合った。その青い瞳を覗き込んでも、奥底にある感情は読み取れない。怒りか、悲しみか、はたまた諦めか、それを全て隠してしまうから。友人やら先輩後輩やらに囲まれ、集団の中で生きてきた人間ならあるいは見つけられるかもしれないが、生憎恭哉にはできそうにない。それなら、気持ちを汲んでやれないなら、少しでも可能性のある手段を考え行動するのみ。
「一つ、案がある」
「……何でしょう?」
「お前の兄に会う」
優秀なメイサはそれだけで恭哉がやろうとしていることが分かったのか、ガタッと音を立て立ち上がった。口から出る声は辿々しい。
「黒崎さん、何を……言って……?」
「レイダーが寄生してる位置が分かっても、それが手の出せないところだったら意味ないだろ」
「だからって……」
「お前より俺の方が適任だ」
突き放すように言った恭哉にメイサがぎりっと歯噛みする。
「ですが、兄が相手をしてくれるとも限らないのでは……?」
やはりというか、メイサは断固反対らしい。だが、今回はメイサの意志など二の次だ。最優先すべきは未來理の安全、ひいては命である。
「それは何とかする。あの人、俺に興味あるみたいだし」
冗談めかして言う恭哉をメイサは暫く睨んでいたが、こちらに折れる気はないと感じたのか、協力をお願いしている側という立場を理解したのか、ストンと無言で座り直した。そしてこちらを見ずに言う。
「分かりました。では、各自単独行動ということで。私の方でも最善を尽くします」
極めて事務的な声と言葉。別に何か言って欲しいわけではないが、皮肉の一つもないと少し拍子抜けな気分になる。
ところが、お代をテーブルに置き歩き出した時、後ろから付け加えるように声を掛けられた。
「ここで何も言わないのは、変なフラグを建てたくないだけですから」




