第三十四話 思考と協力
午後の退屈な授業は考え事をするのにお誂え向きだった。といっても、教室で話せる友達がいない恭哉は一人で思考にふけることが常なのだが。
今日の考え事は日頃とは少し意味合いが異なる。いつもは口に出すのも恥ずかしいような妄想や本当にどうでもいいシミュレーションをしているが、今回はまともなことを思考していた。
「この世はゲームの世界でプレイヤーは自分だけ、実はそれ以外全員NPCだったら」とか、「あそこの窓からテロリストが侵入、その時とるべき行動の最適解は」とかは今頭の隅に追いやる。
本当に中身のないことしか考えてないな俺……
頭を切り換え今考えるべき事に集中する。議題は勿論、恭哉がこれからとるべき行動はなにか。端的に言えばメイサの側に付くか香苗や伊織、守護者の側に付くかだ。立場からすれば守護者の方に付かなければならない。しかし、メイサの考えが分からない以上彼女の敵に回るのはいまいち釈然としない。
答えの出ない問いに悩まされるのは二度目だ。一度目は伊織に「何故戦うのか」と問われたとき。今回も、伊織の言葉で余計に悩んでいる気がする。何なのあの人、あんな派手な格好して意外と繊細なの? 男のギャップ萌えなんて気付いても全く嬉しくない。
あの時と違うのは恭哉自身、現状何が起こったのか理解していないことだ。それは大半の守護者も同じだろう。メイサがレイダーを逃がしたことだけで悪と判断し、その理由は論じられもしない。伊織が言ったように恭哉が独自に動くなら、誰も気に留めようとしない理由に関して調べることが先決かもしれない。そのためにはメイサに会わなければならないが、彼女は逃亡の身。さて、どうしたものか。
帰りのホームルームが終わるまでメイサの行きそうな場所を考えたが、見当も付かなかった。分かったことといえば恭哉はメイサのことを余りにも知らないということだけだった。だが、だからといって何もしないわけにはいかない。とにかく、メイサがいそうな所に手当たり次第足を運ぶしかない。
放課後になると、少年少女達の箱庭は解放される。吐き出された人波の流れに沿って歩く。今日は帰路につく人が多いなと思ったら、朝担任がテスト期間に入ったと言っていたことを思い出した。
帰りが遅くなりそうなため、連絡をしておこうとスマホを取り出したとき、恭哉は生徒達の向かう先に一人の少女を見つけた。思わずスマホを取り落としそうになる。
「おいおい……」
その少女、西園寺メイサは茜色の斜陽にその人形じみた端正な横顔を照らされながら、校門に背を預けるようにして立っていた。一枚の絵のように完成されたその光景に半ば見惚れていると、こちらに気付いたメイサと目が合った。メイサはニコリと笑い胸の前で小さく手を振る。その笑顔も振る舞いも自然だったが、今の状況を踏まえると不自然極まりない。
「お前、鋼鉄の心臓でも持ってるのか?」
「もう少し可愛いのがいいですね。ダイヤモンドとか」
校門にたどり着き、開口一番に言った恭哉にメイサが少しずれた回答を寄越す。それ、余計に硬くなってるけどいいのか。
「状況分かってるのか?」
「分かってますよ」
「だったらお前……」
「人目についても問題ありません。 私を捜しているのは守護者だけです」
それは正しい。だからこそ、学校に来たことは間違っている。
「ここには冬堂さんも梅園さんもいるだろ。二人とも西園寺を捜してる」
メイサは何でもないように笑う。
「それも問題ありません。二人はすでにここにはいませんから」
確かに、守護者にとってその役目こそが絶対で授業などは二の次、香苗も伊織もとっくに捜索に出ているだろう。わざわざ学校に来ていたのは、恭哉と話すためだったのだ。
「じゃあ予想が外れたな。俺と鉢合わせた」
「何を言ってるんです? 私は黒崎さんに会いに来たんですよ」
メイサがこてんと小首を傾げる。その仕草は可愛らしいが、それ以上に恭哉は戸惑った。
「……俺に? 意味が分からん」
混乱する恭哉を余所にメイサは校門から出ていく生徒達にちらりと目を向け、それに逆らうように歩き出した。
「ここではアレですので、どこか静かな場所で話しましょう。二人きりで」
あざとくウインクすることは忘れない。こういう時でさえこちらをからかうことを忘れないメイサに恭哉は呆れることを通り越して尊敬すらした。
適当な空き教室に入り、手近な椅子に腰掛けるとメイサは言った。
「今私と平行して捜索中のレイダーは双葉未來理です」
不思議と驚きはなかった。ぼっちの思考の深さは常人のそれを超える。別に褒められたことではないが、それが役に立った。午後の授業をまるまる思考に費やしていた恭哉は幾通りものif乱立させた。その中に「もしかしたらメイサは逃がしたレイダーと知り合い、または友人だったのではないか」というものもあった。
そして、双葉未來理もメイサと同じく今日欠席していた。
「いつから気付いてたんだ?」
「確信が持てたのは一緒に買い物に行った日です」
「俺と偶然会った日か」
「偶然? 黒崎さんも気付いていたのでは?」
恭哉は肩を竦めた。
「まさか、普通に西園寺の友達だと思ってたよ」
恭哉の言葉にメイサが少し考えるように顎に手をやる。
「魔眼でも見抜けないんですね」
「いや、それは知らない。いつも魔眼が発動している訳じゃない」
「見抜けていたかもしれないと?」
顔を上げたメイサが真っ直ぐ目を向ける。嘘を言うことは許さないとその目が訴えていた。
「だから、分からない。というか西園寺、お前さっきから何を――」
「双葉さんは、寄生能力を持つレイダーに身体を乗っ取られています」
「寄生能力……」
「はい、じゃないと双葉さんがあんな事するはずありません」
その声は消え入るように小さく、ともすれば聞き逃してしまいそうだった。垂れ下がった前髪で表情は窺えないが、恭哉が今まで見たことのない顔をしていることは容易に想像できた。
「俺はそんなに知らないから何も言えんが、西園寺がそう言うならそうなのかもな」
いつになく弱りきったメイサに多少面食らった恭哉は自分でもよく分からない言葉を並べる。ちょっと指示語が多い。
「寄生しているレイダーを取り除くことさえできれば、双葉さんが追われることはなくなります」
「そのためには俺の魔眼が必要かもしれないんだな」
「はい……だから、その……」
「力を貸してくれ」と言いたいのだろう。しかし、簡単にそれを口にすることはできない。例え正しいことをしようとしていても、今のメイサは言ってしまえば指名手配犯、見逃すだけでも逃亡幇助となるのだ。それに加えて協力を頼むのは、気が引けるどころではない。逆の立場でも恭哉は同じ事を思うだろう。
「この眼、使えればいいけどな」
「え……?」
ポツリとこぼした呟きにメイサがゆっくりと顔を上げる。ぽけっと口を開けて、何とも間抜けだった。
「協力してくれるんですか?」
先程までのからかうような態度はどこへやら、メイサはすっかり素の顔になっていた。あるいは少し無理をしていたのかもしれない。
「まあ、役に立つかは分からんがな」
「どうして、ですか? 私は……」
そんなの答えは決まっている。恭哉はせいぜい胸を張って言ってやった。
「俺はアレだ。その他大勢に入るのが苦手なんだ」
メイサは少しの間呆けたように固まっていたが、やがてクスリと笑った。
「随分かっこ悪い理由ですね」
「うるせえよ」
憮然とした顔で言う恭哉。
二人ぼっちの夕暮れの教室に、少女のころころとした笑い声が響いた。




