第三十三話 魔女と呼ばれるわけ
かなり間が空きましたね……
すみません。
恭哉と伊織は並んで歩いていた。途中午前の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、二人が歩く廊下は喧騒に包まれている。何人もの生徒がごった返す中、恭哉の歩みが乱れることはない。それは、隣に伊織がいるからであろう。その派手な格好と、堅気のものではない鋭い眼光で皆自然と道を開けるのだ。
その光景を前にしても、恭哉は全く誇らしい気分にはならなかった。むしろ恥ずかしい。虎の威を借りていること甚だしいし、恭哉に向けられる視線は隣の伊織に注がれる畏怖のそれとは違い違和感、端的に言ってしまえば「誰、お前?」といったような視線であった。今度から学校で伊織と接するのは控えようと切に思う恭哉。
購買でパンと飲み物を買い、二人は屋上に向かった。屋上に出ると、湿っぽさを含みながらも心地良い風が頬を撫でた。最近は雨が続いていたため昼休みの屋上は久しぶりであった。梅雨の晴れ間に気持ち良さを感じているのは伊織も同じようで、腕を組んでのびをしていた。一頻りそうしたあと、こちらに視線を向ける。
「会長から話は聞いたな」
「ええ」
話というのは、メイサがレイダーを意図的に逃がしたのではないかというものだ。
「捜索の命令が出た以上、俺も会長も全力であいつを捜す」
「それは……そうですね」
「共に戦う仲間なのに、薄情かよって思うか?」
「まあ、少しは」
だが、守護者になって日の浅い恭哉はその指揮系統や命令の絶対性などについて余りにも知らない。そのため、冷たいと思いながらもそれを言うのは憚られる。
冷酷なことをしようとしている自覚があるのか、伊織はその強面に似合わない苦い笑みをこぼした。
「できれば俺だってあいつを捕まえるようなことはしたくない。でも、もしあいつを見つけたら迷いなく攻撃するだろうな。守護者っつーのはそういうもんだ。ミスはできねえ」
「結構面倒くさいですね」
思わず出た言葉に、ギロリと射抜かれる。もう少し言葉を選べば良かったと後悔する恭哉だったが、次に掛けられたのは意外な一言であった。
「だから、お前は独自に動け」
「……え?」
「ルーキーのお前には俺や会長みたいに守護者の固定観念に染まってねえ。それに、家の縛りがねえのはもしミスっても大したリスクがねえってことだ。お前だけが自由に動ける」
見た目とは裏腹に、伊織の目には真っ直ぐな思いがあった。この時、恭哉は初めて梅園伊織という先輩と向きあった気がした。
「……やれるだけやってはみます。期待はしないでください」
「黒崎は色々ぶっ飛んでるからな。やっぱり期待しちまうよ」
伊織が愉快そうに笑う。何となく話は終わりな雰囲気だったため、踵を返そうとした恭哉だったが伊織の何となく歯切れの悪い声に呼び止められた。
「なあ黒崎、どうして西園寺メイサが『純白の魔女』って呼ばれてるか知ってるか?」
その唐突な問いに振り返った恭哉はしばし考え込んだ。その呼び方はこれまで何度か聞いたことがある。その時はメイサの白金の髪や憎らしいまでの強さがその所以だと思っていたが、伊織の雰囲気からそうではないのだと悟った。
「……西園寺の強さとか見た目からじゃないんですか?」
「それもあるが、それだけじゃない」
自分から言い出したことなのに、伊織の声は暗くたどたどしい。先程真っ直ぐ向けられた目も今はふらふら揺れている。
「じゃあ、スキルとかからですか?」
漫画や小説ではありがちだ。しかし、伊織は首を振る。はっきり否定する辺り、恭哉が見たことのないメイサのスキルを伊織は知っているらしい。
「『純白の魔女』、そうあいつが呼ばれ出したのは、ある戦いのあとからだ。その日、西園寺メイサ率いる隊は惨敗した」
惨敗……その言葉と西園寺メイサという少女がいまいち上手く結ばれない。あの気高く強く、恐れを知らないメイサが惨敗?
「俺はこれでも昔局員だったんだ。といっても俺のスキルが珍しくて有用性があったってだけで、俺自身が強かったわけじゃない。でも、守護者の誰もが憧れる局員に、同世代の中じゃ早く昇格できた俺は嬉しくて、誇らしくもあった。まあ、そのプライドもすぐ打ち砕かれるんだけどな。なんせ、俺が入った小隊の隊長は俺より年下の少女だったからな。初めは正直舐めてた。けど、すぐに理解した。敵わねえって。家柄云々じゃねえ。化け物揃いの局員の中でも西園寺メイサは異彩を放っていた」
そこまで聞くに、話に出て来るメイサと恭哉の知るメイサに違和感はない。化け物、天才、西園寺メイサを表す言葉としてそれは大袈裟でもなんでもない。
「でもな、それさえもあいつの実力の一端でしかないと後で知った。俺達の小隊は負けなしで、評価もうなぎ登りだった。守護者の名声は家のそれにも繋がる。このままいけば、梅園家の格も上がる。俺達は無敵だと思った。その矢先、アレに出会った。出会っちまった。悪魔に出会っちまったんだ」
当時のことを思い出したのか、伊織の肩が、いや全身がぶるりと震えた。声も心なしか震えている。
「任務の帰り、それはいきなり襲ってきた。拠点の近くだった。俺達は驚きはしたが何とか体勢を立て直して迎え撃とうとした。けど、無理だった。アレは一体相手にするにも一個小隊の数では話にならない。精鋭揃いの局員でも三個小隊でやっと渡り合える相手だった。小隊として経験も浅い、任務終わりで疲労もあった俺達が敵う相手じゃなかった。でも、出くわした場所は拠点のすぐ近く、逃げるわけにもいかない。今思えば、俺達は調子に乗ってたんだよな」
一瞬、泣き笑いのような顔を浮かべ伊織は続けた。
「立ち向かおうとした俺達を止めたのは西園寺メイサだった。自分に任せて逃げろと言ったんだ。俺達は反発した。義憤なんかじゃなく、ただの過信だった。俺達でもやれると思ったんだ。まあ、その数秒後に現実を見るんだけどな。アレの強いのなんのって、ちびる奴もいたんじゃねえかな」
そう冗談めかして自嘲気味に笑う伊織は痛々しく、その時の状況が見て取れた。逃げるわけにはいかない。だが、逃げなくては命がない。そういう状況だったのだろう。だから、だからこそ、メイサは一人だけ残った。しかし、話の流れからしてメイサをもってしても、届かなかったようだ。
「それ以上にビビったのは、あいつの強さにだ。今までどんだけ手抜いてたのかよってくらい強かった。けど、それでもアレを押し留めておくのが精一杯だった。黒崎は想像付かねえだろうけど、これまて絶対を誇っていたスキルを破られ、血反吐を吐いてボロボロになった西園寺メイサでさえ敵わなかった。結局、俺達と拠点にいた奴らが逃げる時間を稼ぐとあいつは力尽き、築いていた拠点は破壊された。当然、上は大目玉。俺達だけじゃなく、逃げた局員は全員局員の権利を剥奪され支部に逆戻り」
そこまで話を聞いて、恭哉は理解した。『純白の魔女』……魔女とは災厄を呼ぶ象徴、そして純白は……
「西園寺は、局に残ったんですね」
伊織は少し間を開けたあと、頷いた。
「ああ、その処置に対する不満は凄かった。家格のお陰で処分されなかったんだと言ってる奴が大半だったな。俺もその内の一人だ」
伊織がふっと息を吐いて笑う。それはどこかため息にも似ていた。
「だから、あいつを久し振りに見たとき、引き金を引いちまった」
恭哉は伊織とのファーストコンタクトを思い出す。確かにあれは、恭哉ではなくメイサを狙っていた。
伊織の長い独白は終わり、昼休みもそろそろ終わる。教室に戻ろうとしたところで、どうしても気になったことを聞くことにした。
「どうして俺にそんな話をしたんです?」
伊織が大袈裟に肩を竦める。
「誰かに話したら楽になると思ってな」
メイサもそうだが、この人も大概素直じゃない。まあしかし、恭哉はどちらがどうと言うつもりはない。伊織の怒りも分かるし、メイサにしても悪いと思っているのだろう。その証拠に、局に寄りついていない。
再びメイサと伊織の間に諍いが生まれるのは得策ではない。片や校内一の美少女で、片や校内一の不良だ。その間に入るのは
「ぼっちの俺にはちとキツイ」
階段を降りながら、恭哉はポツリと呟いた。




