第二十八話 ごまかしとメール
メイサによる派手な痴漢撃退の後、店内からの視線と未來理の精神状態を考えて恭哉達三人は書店を出て下の階にあるファストフード店に入っていた。
「あの痴漢、警察に突き出さなくてよかったんですか?」
席に着くと、隣に座る未來理にメイサが言った。未來理は静かに首を振る。
「うん、あのカメラには何のデータも残ってないだろうし」
「バキバキに壊したからな」
あれだけの音を立てて踏み潰されたカメラが無事なはずがない。恭哉は未來理の前のため口には出さないが、もし軽度の損傷でデータが残っていたならば、それは証拠となっていたのだ。先のことを考えるとメイサのあの行動は短慮であったとも言える。
「い、いやー日本の精密機械は丈夫だと思ったんですけどね」
メイサが苦笑を浮かべて言った。
「どこの情報だよそれ」
「メイサちゃん情報です」
「信憑性の欠片もないな」
「でっでも、西園寺さんのお陰でもうあの人はやらないと思います」
また皮肉の言い合いが始まると思ったのか、未來理が慌てた様子で割って入った。
まあ確かにあれは少し、いやかなりのトラウマになるだろう。メイサの笑顔は時に強面の鬼の形相より怖いことがある。
「そうです。私はちゃんとその辺も考えていたんですよ」
メイサがひょいとポテトを摘まんで言った。それ俺の何だけど。メイサのトレイにあるポテトはまだ残っている。普段ならやり返しているところだが、今回は黙って気付かないふりをした。早く食べ終わりたかったのだ。例え未遂であっても、痴漢されそうになった事実は変わらない。男の恭哉が目の前に座っているのはあまり良くないだろう。
気持急いでポテトを口に運び、恭哉は立ち上がろうとした。曲がりなりにもメイサは女性だ。あとのフォローはメイサに任せるのが一番いい。
しかし、メイサが着信を告げるスマホを手に持ち、恭哉達が座るテーブルを離れたことでそうはいかなくなった。流石に一人にしておく訳にはいかない。
「……」
「……」
二人の間に沈黙が降りる。何か話さなくてはならないのだろうが、どんな話題が最適なのか分からない。先程の件に触れるのは最悪だし、とりとめのない話をしようにも恭哉は未來理と親しくない。クラスメイトであることすらも知らなかったのだから。そもそも恭哉はぼっちだ。こんな時にさらっと話せるのなら、そうはならない。
未來理もあまりコミュニケーション能力があるようには見えない。考えていることはお互い同じだろう。そう思っていたのだが、意外にも未來理が口を開いたため沈黙は長く続かなかった。
「西園寺さんといつから仲良いの?」
「またその話か?」
会話が生じたことに少しほっとしながら恭哉は言った。
「だって、西園寺さんって黒崎くんと話しているときは全然気を遣ったりしてないし」
「気を遣うって……西園寺が?」
「うん、西園寺さんって気遣いの人だと思うけど。今日の服装もきっと私に合わせてくれたんだよ。今だって私が気にしないようになるべくいつも通りに接してくれてる」
そう言って未來理がコーヒーを一口飲む。恭哉から見たメイサと未來理から見たそれは大分違うらしい。
「気遣いの人ねえ」
「そんな西園寺さんが遠慮してないから、仲良しだと思ったんだけど、違った?」
「違うな」
仲良しというのはきっと違う。恭哉とメイサは守護者という共通する立場を持った関係に過ぎない。だから未來理のように一緒にデパートに入ったりしない。また、痴漢相手に怒ったりもしない。
メイサが判断力を欠いてカメラを粉砕してしまっ理由、それは怒っていたからだと恭哉は思っている。大事な友人が狙われているのを見て、頭に血が上ったとまではいかないかもしれないが冷静ではいられなくなった。そのように思わせるこの少女との方が、仲良しだと言えるだろう。
「でも、西園寺さんと黒崎くんって授業中二人して抜けることあるよね?」
「それは……」
遠慮がち向けられるメガネの奥の瞳を見て、恭哉は何と答えたものか迷った。学校の方には、恭哉が守護者であり、レイダーが鶴島支部の管轄に入ればこれを撃退するために途中退席することがあると伝えられている。生徒会長である香苗から言ってくれたようなので、信じて貰えているだろう。
しかし、その話はあくまで学校の上層部でも限られたごく僅かな大人に対してのみされており、生徒達には伝えられていない。
「西園寺さんは生徒会の仕事だって言ってたけど、黒崎くんは?」
「え、えっと……」
これはどうしたものか。言い訳が思い付かない。体調不良といっても抜け出した次の授業が体育の時は普通に出ているし、トイレには退出している時間が長すぎる。
「黒崎さんも生徒会の仕事で抜けています。私と黒崎さんは生徒会役員なので」
いつの間にか戻ってきていたメイサが恭哉の背後から言った。
「そうだったの?」
未來理が目を丸くする。驚いているのだろう。自分で言うのも悲しいが、どう見ても恭哉に生徒会役員など似合わない。
振り返って後ろに立つメイサに目を向ける。危うく「そうだったのか?」と言いそうになったが、それは回避した。
恭哉の視線を意に介さずメイサが言う。
「そうなんですよ。冬堂さんが会長でもう一人の二年生が副会長、私が書記で黒崎さんはかいけ……雑務です」
何故言い直した。しかも雑務って……せめて庶務と言え。
「まあ、そんなところだ」
非常に癪であるが、助かった。もしメイサが助け船を出してくれなければ、何と言い訳すれば良いのか分からなかった。この場合、後で礼を言うべきなのだろうか。いつも毒舌を甘んじて受け入れていることで相殺とはならないだろうか。
そんなことを考えていると、恭哉のスマホが震えた。メールが来たようだ。差出人は西園寺メイサ。訝しげにメイサを見るとメイサはこちらに目を向けず笑顔で未來理と話している。ただ、恭哉はその青い瞳に少しの焦りを見た気がした。メールを開く。
その内容は以下であった。
『このデパート近くの結界にレイダーの侵入あり。ここを管轄している支部の守護者に壊滅的被害。応援要請を受けた。直ちに現場に向かう』




