第二十七話 ばったり
「あらあら、こんなところで会うなんて意外ですねえー」
いつも通りの小憎たらしい笑顔でメイサが言った。場所はこの辺りで一番大きいデパート内の書店の前。
「そうだな、嬉しくない偶然だ」
恭哉は自らの不運を呪った。せっかくの日曜日、それも貴重な梅雨晴れの日にメイサに会うなんて本当についてない。
「そんなこと言って本当は嬉しいんでしょう?」
げんなりとした顔を微塵も隠さない恭哉とは反対にメイサは楽しげだ。いい玩具を見つけたとでも思っているのだろう。
「そんなはずないだろ」
「あははは、これ、照れてるんですよ?」
メイサが隣に立つ少女に目を向けた。肩辺りまで黒髪を伸ばしメガネを掛けた少女だった。その少女はどう対応すればいいのか分からないようで視線がメイサと恭哉の間を行ったり来たりしている。
少しの間そうしていた少女はハッとした顔をした後、恭哉に向き直りペコリと頭を下げた。
「こ、こんにちは。双葉未來理といいます。黒崎くん」
「えっと……俺のこと知ってるの?」
多くの人が行き交う中でいきなり頭を下げられ、恭哉は少し面食らった。
「うん、同じクラスだし」
「そう……なんすか」
クラスメイトだったとは、やってしまった。本当に誰か分からなかったとはいえ、向こうがこちらを知っていたのだからもっと上手いやり方があっただろうに。失礼なことこの上ない。
何となく気まずい雰囲気が漂う二人の間に割って入ったのはメイサの呑気な声だった。
「双葉さん、気にする必要はありませんよ? 黒崎さんは人の顔を覚える機能が衰えてしまってるんです。使わない部分が劣化するのは機械も人間も同じですから」
「そうだな。お前の名前も忘れたよ」
「黒崎さんは人を脚の形で判断しますからねえ? 何たって脚ふ――」
「脚フェチじゃねえよっ」
その疑惑まだ続いてたのかよ!
そう心中で吐き捨てながら、恭哉は何となしにメイサと未來理の服装に目を向けた。見たのは服装、断じて脚ではない。当たり前だが二人とも私服だった。未來理は膝が隠れるスカートに長袖のティーシャツ、メイサはジーパンにカーディガンを羽織っている。その地味目の服装は、落ち着いた雰囲気を持つ未來理によく合っていた。一方メイサの方は似合ってはいるのだが、以前見たものとは大分違う。
そんなことを考えていると、笑顔を引っ込めたメイサが口を開いた。
「何点ですか?」
「は?」
「私達の格好ですよ。何点ですか?」
「何点って……」
まさか見ていることに気付かれていたとは、見透かされているというか抜け目ないというか。変に言い逃れをすると却ってこちらの分が悪くなりそうだったため、恭哉は正直に言うことにした。
「似合ってるよ。ファッションに詳しくないから、何点とかは分からないがな。けど……」
「けど?」
メイサが首を傾げる。恭哉は周りを軽く見回してから言った。
「周りに比べると少しこう……大人しめに見える」
周囲を見渡せば、夏本番を待てないとばかりに露出の多い服装の女性がよく目に入る。色にしても派手目のものが多く、その中でメイサと未來理は少しだけ異質に見えた。
「私達は本を買いに来たので、お洒落することはないと思ったんです」
また失礼なことを言ってしまったかなと恭哉は思ったが、メイサは全く気にする様子はなかった。まあ、恭哉に何か言われて一喜一憂するメイサなど想像も出来ないが。
「それに、本屋さんって意外と痴漢が多いですしね。私の目の前にも一人いますし」
「おい、まさか俺のことじゃないだろうな」
「ああ間違えました。ストーカーです。でもそれじゃあ服装関係ないですね。場所関係ないですから」
「大丈夫だ。天地がひっくり返っても西園寺だけはストーキングしないから」
「やっぱり痴漢でしたか」
「お前、俺の話聞いてた?」
こいつ、相変わらずの毒舌だな。西園寺のSはサディスティックのS、間違いない。未來理はよくメイサと買い物なんかに来たものだ。友達なのだろうが、メイサの相手をいつもしていると思うと不憫に思える。メイサが繰り出す嫌味や皮肉に引いているのではないかと思った恭哉だったが、当の未來理は口元を手で隠しクスクスと笑っている。
恭哉の視線に気付いた未來理が慌てた様子で口を開いた。
「あ、ごめんなさい。西園寺さんと黒崎くんが仲いいんだなって思ったらつい」
「仲良くない」
この時ばかりは恭哉とメイサの声が揃った。
「おい西園寺、大丈夫なのか?」
なし崩しで女子二人と書店に入ることになった恭哉は隣を歩くメイサに小声で言った。
「大丈夫って何がです?」
「何がって、例の件のことだよ」
つい一週間ほど前から謎の器物損害事件が頻発している。当初は乗り捨てられたバイクや車の破壊程度でガラの悪い者達によるいきすぎた悪戯と思われていたが、その規模は徐々に増していき昨夜は海に面して建つ廃工場が更地と化した。信じられないことに一晩で文字通りの更地に変えられてしまったのだ。その現場に魔力の残滓が確認されたことで事態は急変した。
レイダー対策局も犯人捜しに加わり「魔力を消す、または隠すことに特化したレイダーが守護者に察知されることなく結界内から抜け出した」という見解を発表した。勿論その情報は世間には知らされていない。
結界から抜け出したレイダーは神出鬼没で犯行現場もバラバラ、今のところ守護者が足を使って探し回るしか発見する術はない。鶴島支部所属の恭哉とメイサも捜索に参加していた。でなければ、週末に外に出ようなんて思わない。人に紛れているのではないかと推測しデパートに来たのだが、メイサと会ったのは本当に不運としか言いようがない。
もしレイダーを発見すれば当然戦闘に入る。向こうに先に気付かれた場合、逃げられるならまだしも襲われる可能性もあるだろう。その時、人が近くにいれば危険を伴う。
「ああ、そんなことですか」
未來理の危険を暗に示した恭哉に対してメイサはそう短く言った。
「そんなことって、友達だろ?」
「私はそう思ってます。でないと一緒に本屋に行ったりしませんよ」
「いや、だから――」
友達だからこそ、適当に理由をつけて未來理には外出しないように言っておくべきではないのか。そう続けようとした恭哉の言葉を遮り、青色の瞳の奥を輝かせたメイサは不敵に笑った。
「黒崎さんは、私の隣以上に安全な場所があると言うんですか?」
「……!」
その可愛らしい容姿に似合わぬ重い威圧感を放つメイサを見て、恭哉の背筋は寒くなった。
「それに、本好きの彼女に本を買いに行くな、なんて言えませんよ」
先程の威圧感を霧散させたメイサが視線で恭哉の奥に立つ未來理を示す。未來理はもう本に夢中でこちらのことなどまるで見えてない。これなら、声を押し殺して話す必要はなかったかもしれない。
その時、ぞくりと背中が寒くなった。メイサから感じたものとは異なる、粘り着くような、何かに狙われているような感覚。それはレイダーを知覚したときのものに似ているような気がした。
周囲に目を向ける。変わった様子はない。しかし、悪寒は治まらない。近い。気配はすぐ近くから感じる。魔力の察知が未熟な恭哉にはそこまでしか分からない。メイサなら分かるはずだと思い振り返ろうとした視界の端で何かが動いた。ひどくゆっくりだ。
それは何の変哲もない黒い鞄だった。その鞄がずるずると床を這いずり未來理の足元に進む。
「……うん?」
よく見るとその鞄はひとりでに動いているのではなく足で押しやられていた。
おっさんの足に……
本屋に痴漢が多いというのは本当らしい。あの鞄にはカメラでも入っているのだろう。一つため息をついて足を踏み出そうとした瞬間、その鞄をジーパンを履いた足が勢いよく踏みつぶした。何かが砕けるような音が辺りに響く。
ぎょっとするおっさんに、メイサはそれはそれは素晴らしい笑顔を見せた。
「すみませえーん、踏んじゃいましたあー。何か私、人より足が長いみたいでえ」
「困りますう」としなを作って笑うメイサを見て恭哉は思った。
確かに、メイサの傍が一番安全かもしれない。




