第二十五話 これからもよろしく
「無関係ボーイは関係あります。」という作品も連載しております。学園ものですが、そちらも一読して頂けると嬉しいです。
正座……
それは膝を揃え折りたたんで座る日本の伝統的な座り方である。江戸時代、庶民に畳が広まったことで普及されたと言われている。しかし、欧米文化の影響で椅子に座ることが多くなった現代では余りこの座り方をする機会はない。
あるとすれば……
「黒崎、私が何が言いたいか分かるな?」
「はい……反省しております」
それは罰則である。昔の人がどうであったのかは知る由もないが、現代人にとって足のしびれを伴う正座は何かやらかしてしまった際にお叱りを受けるポーズとして認識している人も多いだろう。
「えー、遅刻してしまった訳は話すんで、取り敢えず足崩してもいいですか?」
顔を上げ、恐る恐る言葉を紡ぐ恭哉の前に立つ香苗が腕を組んで言った。
「遅刻したのはまだいい。だが、君は私達に何の連絡も寄越さなかった。守護者にとってそれはあってはならないこと。私はそのことを言っているのだ」
「それも正直に話します。話しますから……」
身じろぎすると、アスファルトの細かい石が膝に刺さって痛む。恭哉はその痛さを頭から追いやり声を上げた。
「こんな道の真ん中で正座させるのは勘弁して下さいよお!!」
戦闘が終わり結界から出るとすぐに恭哉はこの体勢にさせられた。つまり、住宅街のど真ん中である。西日が眩しい夕方時、当然通行人もいる。学校帰りの学生に夕飯の買い物に行くマダム達、遊びから帰るちびっ子、その全てが恭哉に視線を向けまるで見てはいけないものを見てしまったかのように不自然に視線を逸らす。
これを意図しているのかは定かでないが、それは恭哉にとって正座以上に辛い罰であった。主に精神的に。
こんな状態の恭哉を見て大人しくしている筈がない少女が一人。
「またまたー、美女二人の生足が間近で見れて本当はまんざらでもないんじゃないですか-?」
香苗の少し後ろに立つその少女、西園寺メイサは実に楽しそうな顔で言った。
「西園寺、てめえ……」
「偶然突風が吹けばスカートの中まで見えちゃうかもですよ?」
そんなことを言うメイサは膝上のスカートから伸びるすらりとした白い脚を惜しげもなく晒している。からかいを含んだ顔でにっこりと笑い、恥じらいの欠片も感じない。
「ふむ、黒崎は脚フェチなのか」
香苗が顎に手をやり言った。
「いやいや違いますって!」
「そうなんですよ-。黒崎さんいつも私の脚ばっかり見てくるんです」
「見てないわ!」
見てない。数回しか。あと西園寺、このタイミングで脚を隠そうとするな。なんか本当だと思われるから!
「ふむ、では黒崎は下着フ――」
「遅刻した訳でしたね!話しますっ!話しますとも!」
良からぬ方向に脱線し始めた話を恭哉は無理矢理戻した。
「俺が遅れたのは、単なる寝坊です。戦う理由ってやつを考えてたら朝までかかってしまって」
「それで寝落ちして、起きたらレイダーが来たと?」
恭哉の言葉を引き継いだメイサに頷く。まあ、厳密に言うと爆睡をかましていたところ、レイダーを知覚して跳び起きたのだが。
「理由は、答えは出たのか?」
「それは、出てません」
後ろ頭に手をやり、たははと笑う恭哉に香苗が一歩踏み出した。顔には怒りと困惑が交じった何とも言えない表情を浮かべている。
「黒崎、それは――」
「だから、それが理由です」
暫くの間呆気に取られていた香苗が一つ咳払いをして言った。
「……理由がないのが理由と言いたいのか?」
ふざけていると思われたかもしれないが、恭哉は大真面目だ。これが一晩中考えて導き出した答えなのだから。
「はい、そもそもついこの間まで守護者でも何でもなかった俺が理由を持ってる方がおかしいんです」
例え持っているとしてもそんなに容易に手に入れられる、でっち上げられる理由を香苗と伊織は求めているのだろうか。求めていないだろう。それは薄っぺらいものを何か汚いもので塗りつぶした欺瞞でしかない。
「確かに、そうかもしれんが」
「そんな俺が、ある日突然力を手に入れた。それも特別な力を。こんなこと偶然じゃ片付けられない」
これまで十五年間平凡な人間として、もしくは友人のいない平凡以下の人間としてい生きてきた恭哉は、偶然も奇跡も信じない。そんな都合の良いことが万が一あったとしてもそれは恭哉には訪れない。もっとそういう眩しいものに相応しい誰かに行き渡るはずだ。
「必ず理由がある筈なんです。それを突き止めたい。それが俺の戦う理由です」
沈黙が降りた。香苗とメイサ、二人のさらに後ろに立つ伊織も誰も口を開かない。恭哉からすると自信を持って言ったことなのだが、三人にとっては受け入れがたいのかもしれない。背中を嫌な汗が流れる。
ダメか?
恭哉がそう思いかけたとき、メイサの声が重たい沈黙を破った。
「まあそんな格好いいこと、道の真ん中で正座して言われても困るんですけどね」
「なっ、お前……!」
今それを言うのか!?
からかうにしたって流石に間が悪すぎる。頭を抱えようとした次の瞬間
「ぷっ、あはははははは!」
突然、香苗が声を上げて笑い始めた。その後ろでは伊織も肩を震わせて笑っている。恭哉は何が起きたのか分からずにただ目を白黒させるばかりだ。
ようやく笑いが収まり、指で涙を拭いながら香苗が口を開く。
「すまない。可笑しくてつい、な」
「えっと、俺、そんなに変なこと言いました?」
「いや、そうじゃないんだ。私は、私達は君を警戒しすぎていたのかもしれない。よく考えたら、君はまだ入学したばかりの男の子なのだな」
「男の子」と言われたことに若干引っ掛かる気持ちもあったが、それも一瞬で霧散した。何故なら香苗の声は穏やかで、慈愛が込められており、そこには欠片ほどの悪意も感じなかったからだ。もし姉がいたなら、こんな姉が良かったと恭哉は思った。
そんなことを考えていると、目の前に右手が差し出された。見上げると、伊織の顔があった。
「正座はもういいだろ。ていうか、助けて貰っといて理由が何だと説教するとか、俺達かっこ悪すぎかよ」
伊織の手を取り立ち上がる。すると今度は香苗も手を差しだした。
「黒崎恭哉、レイダー対策局鶴島支部の同士として、改めてよろしく頼む」
「こちらこそよろしくお願いします」
その握手は、生徒会室で初めて交わしたものより強く、そして温かかった。
途中まで帰り道が同じなため、恭哉とメイサは並んで歩いた。日は沈みかけ、日中は暖かいがまだこの時間は冷える。恭哉は両手をポケットに突っ込んで足を進めていた。隣にちらりと目を向ける。すると、頭一つ分ほど下に位置するメイサの青い瞳と目が合った。
「どうかしました?」
メイサが覗き込むようにこちらを見て言った。恭哉は空を見上げるふりをして目を逸らす。
「いや、お前こそどうしたんだよ?」
「いえ、気のせいだったらそれでいいんですけど、黒崎さんが何かそわそわしている気がして……おトイレですか?」
「そんなんじゃねえよ」
よく見ている、というより丸分かりなのだろう。恭哉は一度大きく息を吸ってから言った。
「その、ありがとな」
「何のことです?」
メイサは本当に分かっていないという風にキョトンとした顔をしている。これが演技だったら相当にたちが悪い。
「俺が理由を言った時、助け船出してくれただろ? その事だよ」
「ああ、それですか」
そう短く言ったメイサは本当に分かっていなかったようで、少し驚いた顔をした。そしてその後、僅かに眼を細めた。
恭哉が出した答えが良かったのか悪かったのか、果たして良い悪いなどあるのかは定かではないが、あの時の沈黙の最中はどちらに転がってもおかしくない雰囲気であった。それを、メイサが壊してくれたのだ。礼を言わないわけにはいかない。
「西園寺からすれば大したことないのかもしれないが、助かった」
「それは私のセリフですよ。先程の戦闘では命を助けて頂きありがとうございました。それと……」
そこまで言うと、メイサは恭哉の左手首を掴んでポケットから左手を取り出し、そっと握った。
「これからもよろしくです」
はにかむように微笑んだメイサは、恭哉が何か言う前に手を離した。そしてすぐにあの悪戯っぽい笑みを見せた。
「はいっ、メイサちゃんとの手つなぎはここまでです。感触覚えましたか?」
「覚えてねえよ」
細くて小さくて柔らかかったことくらいしか。
「またまた、そんなこと言って~」
メイサがからかうように言う。
沈む寸前の夕日の残滓が、そんな二人の影を長く長く伸ばしていた。




