第二十四話 視えている
「ギリギリセーフかな」
結界内を平然とした顔で見回し恭哉が言った。対するメイサはとても冷静ではいられない。香苗と伊織も同じだろう。
「黒崎さん……どうやって敵を……? 本体が分かるんですか? 核の位置は……そもそもどうして遅れたんですか? 学校にも来てませんでしたし」
「ちょ、急にそんな答えられるかよ」
勢い込んで言うメイサに恭哉が少し後退る。
「いいえ、答えて頂きます。こっちは分からないことだらけなんですから」
「それはそうだけど、この状況でか?敵さんは待ってくれそうにないけど」
恭哉が白ゴブリン達の集団を眼で示す。白ゴブリン達は突然現れた敵を警戒して遠巻きにこちらを見ている。しかし、いつまたあの物量に任せた攻撃を仕掛けてきてもおかしくない。
「うっ、そうですね。焦りすぎました」
思いの外感情が昂ぶってしまい、周りが見えていなかった。メイサにとって珍しいことであった。
「まあ、どうやって倒したのかってのは結構簡単なんだ」
ああは言ったものの、恭哉は今この場で優先順位の高いことは教えてくれるらしい。
「簡単?」
メイサは戦闘の間ずっと白ゴブリンを観察していた。しかし、それでも突破口は見出せていない。それなのに、恭哉は簡単だと言う。一目見ただけで見抜いたとでも言うのだろうか。
そこでメイサは気付いた。可能だ。黒崎恭哉なら、神から貰った眼を持つこの少年なら一目見るだけで十分なのだ。
「黒崎さん、敵の本体と核の位置が視えてるのですね」
恭哉が頷く。
「ああ、何で分かるのか分からないんだけどな。これも『無自覚の把握』ってやつか」
「教えて下さい。本体はどれで、核は身体のどこにあるのか」
恭哉が白ゴブリンの集団に目を向けてから言った。
「本体はあと二体いる。核の位置は言っても西園寺じゃ斬れない」
「どういう意味です?」
メイサは少しむっとして言った。近接戦闘に特化した吸収型のエスパーダでもトップクラスの『紅蓮』を扱う恭哉に比べれば劣るかもしれないが、メイサも斬撃の威力に関しては自信を持っているのだ。
「そう怒るなよ。斬る能力が足りないって言ってるわけじゃないんだ。あの核はビー玉くらい小さくて同じ場所に留まっていない。常に結構なスピードで動いてるんだよ」
「それは確かに、私じゃ斬れませんね」
リアルタイムで動く核を位置が見えていないメイサが斬るのは無理だ。それは目隠しをして飛んでいるハエを斬るようなもの。いや、音が聞こえないためもっと難しいだろう。
しかし、はっきりしたことがある。何故メイサの魔力波でばらばらにしたにも関わらず本体を倒すことが出来なかったのか。それは核が小さく、散り散りになった身体のどこかに潜んでいたからだ。つまり、敵を倒すには核が視えている恭哉が直接核を破壊するしかない。
「黒崎さんは本体を狙って下さい。私が援護します」
「西園寺一人で大丈夫なのか? 三分の一は減ったけどまだ敵は多いぞ」
「先程の攻撃で冬堂さんがダメージを受けました。一人にしておくわけにはいきません。それに」
メイサはニヤリと不敵に笑った。
「私はメイサちゃんですよ? 黒崎さんの援護くらい朝飯前です」
「メイサちゃんって……」
恭哉がげんなりとした顔をする。この顔がメイサは結構嫌いじゃない。
「さあ、敵が攻勢に出て来る前にちゃちゃっとやりますよ」
「簡単にいけばいいけどな」
皮肉を言いながらも恭哉が刀を構える。それを確認しメイサは大剣を振り上げた。そして、渾身の力で振り下ろす。すると、大剣から放たれた魔力波が質量を持つ風のごとく吹き荒び白ゴブリンにぶつかった。派手な音を立て白ゴブリン達が吹き飛んでいく。
「黒崎さん、今です!」
メイサが指示するよりコンマ何秒かだけ早く恭哉は地面を蹴った。本体は奥の方にいるようで、メイサが切り開いた道をもの凄い速さで突き進んでいく。何体かの白ゴブリンが飛び掛かるが、恭哉はそちらを見向きもしない。何故なら恭哉の後ろから放たれた魔力波にすぐさま呑み込まれることになるからだ。
「どうやら黒崎はメイサをえらく信頼しているようだな」
血の滲む腕を押さえて立つ香苗が言った。
「あははは、どうなんですかねえ?」
メイサは笑いながらも手は休めない。次々と魔力波を放ち恭哉に近付く白ゴブリンを打ち落としていく。
「相変わらず化物じみた魔力量だな。無尽蔵かよ」
伊織が愚痴るように言った。ライフル銃の構えは解き、今は香苗を支えることに専念している。
「流石に無尽蔵ではありませんけど」
しかし、放出型の守護者が今の光景を見れば驚きを禁じ得ないだろう。魔力波とは本来大量に魔力を失う代わりに広範囲に大規模な攻撃を可能にする大技だ。それをメイサは範囲を狭めることで密度を増させ攻撃力を高め、さらに何発も連続で繰り出している。西園寺が生んだ天才のメイサだからこそできる芸当であった。
六発目の魔力波が真横を通り過ぎたとき、恭哉はカクンと急に方向を変え一体の白ゴブリンに肉迫した。周囲の白ゴブリン達が驚きの表情を見せる。恭哉が闇雲に突っ込んできたとでも思っていたのだろう。
恭哉は下段に刀を構えながら眼に集中する。すると、白ゴブリンの体内に身体の中心から左肩の方に移動する小さな球体があるのが分かった。身の危険を感じると核を身体の端の方に移動させているのかもしれない。
「そこか」
そう小さく呟くと、恭哉は下から斜めにエスパーダ『紅蓮』を一閃、白ゴブリンの肩を核ごと斬り飛ばした。核が破壊されると、たちまちまた三分の一の白ゴブリン達が消えていく。
「黒崎さーん、一度こちらに戻ってきてくださーい」
遠足の最中遠くに行ってしまった生徒に呼び掛けるような教師のような声音でメイサが言った。戦闘中にそんな態度なのだから、本当に西園寺メイサという少女は図太い神経をしている。恭哉が来たときは珍しくあの人形のように整った顔に焦りが浮かんでいたため驚いたが、すっかり元に戻ったようだ。
「せっかくだけど、戻るつもりはない」
「すみませーん、言ってる意味がよく――」
「もう見つけた」
白ゴブリンの集団の最奥に白ゴブリンが一体、少し離れた位置に立っている。恭哉の視線を感じると慌てた様子で周りの白ゴブリン達に指示を出し始める。しかし、遅すぎる。
「何だ。もう演技しなくなったのか」
恭哉はエスパーダからさらに魔力を吸収し体中に循環させた。自覚はないが、この時恭哉の魔力吸収量は過去の最高値を超えていた。
「黒崎の野郎、何やってんだ?」
ある一点をじっと見つめてなかなか動かない恭哉に怪訝そうに伊織が言った。メイサは恭哉の視線の先を追っていた。そして、一番後ろで慌ただしく動いている一体の白ゴブリンに気付いた。
「あれは少しあからさま過ぎませんかね?」
メイサがそう言った瞬間に何やらぷらぷらと片足を上げていた恭哉の姿が消えた。視界から掻き消えた。
「なっ!」
次の瞬間、今まで恭哉が立っていたところの地面が爆ぜた。アスファルトを粉々に砕き文字通り爆発したのだ。そしてその時にはもう、白ゴブリンの姿は結界内のどこにもなかった。つまり、恭哉が最後の本体を倒したことになる。
しかし、メイサの頭にはそんなことどうでも良かった。恭哉が使ったあの瞬間移動のような動き、あれと同じものをメイサは見たことがある。
「あれは……」
「ただ片足に魔力を集めて地面を蹴っただけだ。吸収型なら誰もが出来る。そう難しいことではない」
香苗が努めて冷静な声で言った。だが、額に浮かぶ汗が動揺を隠し切れていない。
「ですが――」
「言いたいことは分かる。誰でも出来ることだ。しかし、あんな冗談みたいな速度は出せない。出せるとしたら……」
それは守護者の間でその名を出すのも憚られる人物。
「私からしたら化け物の巣窟である局員、その中でも怪物じみた強さを誇る化け物の中の化け物――西園寺玲二だけだ」




