第二十三話 白いゴブリンと遅れてきた救世主
翌日の放課後、生徒会室には三人の守護者が集まっていた。そこに黒崎恭哉の姿はない。
「学校には来ていたのか?」
椅子に座る香苗が頬杖を突いて言った。メイサは首を振る。
「いえ、今日黒崎さんは欠席していました」
「連絡は?」
「昼休みにメールしましたが、返事はありません」
「ふむ……」
生徒会室に沈黙が降りる。この場にいる誰もが分かっているのだ。「明日までに答えを出す」と言った恭哉が姿を現さないということは、つまりそういうことなのだと。
「ダメだったってことか?」
流石の伊織も具体的に何がとは言いかねたようで、曖昧にぼかした。自分が原因ということもあって罪悪感を感じているのかもしれない。
「まだ、分かりません」
二人から少し離れたところに立っているメイサが言った。
「ほう、君が庇うとは珍しいな」
「別に庇っているという訳ではありませんよ」
「黒崎恭哉は逃げたりする人間じゃない」なんてことを言いたいわけではない。メイサはそこまであの少年のことを知らない。ただ恭哉がこの場にいないことに若干の違和感を持っているだけだ。答えが出せず、気まずいから来ないというのは余りにもありふれた反応で平々凡々とし過ぎている。
黒崎恭哉とはそういった類いの人間なのだろうか。そんな人間に果たして異世界の神が力を授けるだろうか。メイサはそうは思わない。ただそれだけだ。
「まあ、下校時間まで待ってみよう」
香苗がそう言い終えた時、メイサの頭を何かが駆け巡る感覚があった。異世界からの侵入者、レイダーが現れたのだ。当然香苗と伊織も知覚しており、二人とも真剣な顔つきになった。
「二日連続とは珍しいな」
「珍しいっつか、俺らの管轄に連続って初めてじゃねえか?」
「とにかく行ってみるしかあるまい。残念だが黒崎の方は後回しだな」
守護者は何よりもレイダーを優先する。香苗の判断は正しかった。メイサも反対するつもりはない。
「黒崎さんも気付いているはずですから、話はその後に聞きましょう」
それは当然恭哉にも当てはまる。理由なく戦闘に加わらないことは守護者にとって御法度だ。
レイダーが現れたのは住宅街の一角にある結界、恭哉が初めてレイダーと戦った場所であった。メイサ達が到着して数分後、景色が剥がれそこから異形のものが現れた。
「ん?なんだあれは?」
香苗が首を傾げる。メイサもそうしたい気分であった。現れたレイダーはこれまで見たことのない姿をしていた。
「ゴブリン……か?」
伊織が目を細めて言った。確かにゴブリンに似ている。低い身長はほぼ同じだ。しかし、ゴブリンとは異なる部分もある。まず、色が違う。黒や茶色のゴブリンとは異なり白だった。全身を白いペンキで塗りたくられたように真っ白な体をしている。白くないところといえば、ギョロリとした黒目と赤い口だけだ。
体型もゴブリンと異なる。身長は同じでもこちらは痩せ形でスマートな体つきをしている。でっぷりとした腹を持つゴブリンとは違う。武器は持っていない。しかし、地面に着きそうなほど異様に長い爪を有しているためそれを武器に戦うのだろう。
そんな異形のゴブリン、白ゴブリンが五体出てきた。
「ふむ、見たことがないレイダーだ。だが、数は少ない。慎重になる必要はないだろう」
そう言うと直ぐに香苗は白ゴブリンに向かって一直線に走り出した。通常、レイダーの中でも非力な部類に入るゴブリンを相手にする場合吸収型の守護者が仕掛けるのが常識である。遠距離攻撃をする必要はなく、もし予想外の動きをしてもその身体能力で対応可能だからだ。
「はあっ」
あっと言う間に白ゴブリンに接近した香苗は鋭く息を吐きエスパーダと槍を真横に薙ぎ払った。反応しなかったのかできなかったのか、白ゴブリンは五体全部が真っ二つに弾け飛んだ。
「なんだ。大したことねえな」
伊織が拍子抜けだとばかりに言ったが、メイサはそうは思わなかった。五体というのは余りにも少なすぎる。ゴブリンほどの戦力なら十体は必要だ。つまり、五体でも十分戦力になるということではないのだろうか。
メイサの違和感は時が経つごとに急速に膨らんでいった。何故なら……
「消滅しない……?」
体が真っ二つになったのだ。結界の効力でとっくに異世界に帰されてもおかしくない。しかし、白ゴブリンにはその様子がない。ピクリとも動かないのにもかかわらずだ。いや、僅かに動いている。香苗から斬られた切断面が何やらもぞもぞと動いている。
そして突然、そこから腕のようなものが生えてきた。
「っ! 冬堂さんそこから離脱して下さい!」
メイサが叫ぶのと同時に横たわっていた白ゴブリンの下半身部分の切断面から、どうやったのか腕が伸び鋭く長い爪が近くに立つ香苗を襲った。
「ぐっ」
メイサの声を聞き一瞬速く警戒を強めたことが功を奏し、香苗は槍の柄で斬撃を防ぐことに成功した。そのまま後ろに跳躍し素早く距離を取る。
「メイサ、助かった。それにしてもどうして動けるんだ。手応えはあったのだが」
「それは見てれば分かると思います」
もぞもぞと動いていたのは香苗に攻撃した下半身だけではなかった。切り離された部位の一つ一つ全てが独立した生物のように動いていたのだ。そして目を疑うような現象が起きる。切断面から腕や足、頭が生えてきて数秒後には香苗に斬られる前の白ゴブリンの姿があった。ちょうど十体。つまり倍だ。
「再生か?いや、分裂だな。メイサ、こんな能力見たことあるか?」
「ゴブリンでは初めてです。スライム系のレイダーが分裂するのは見たことありますが……」
「俺は見たことねえな。倒す方法は分かってんのか?」
「はい、敵の本体、その体内にある核を破壊すれば倒せます」
二人が息を呑む。その難しさを理解しているのだろう。核を破壊すればいいと言えば簡単そうに聞こえるが、相手がゴブリンとなれば難易度は計り知れない。どの個体が本体なのか判断できず、また体が少し透けているスライムと違って核が見えないのだ。
「すまない。私の攻撃は悪手だったな」
「それは違います。攻撃しなければ敵の能力は分かりませんでした」
しかし、能力が分かったからといってその対応策はまだ考えつかない。落ち着いて考えようにも相手が時間をくれるはずもなく、白ゴブリンは一斉に襲い掛かってきた。
「おいおい、もう来やがったぞ」
「斬ってはいけません。とにかく押し返して下さい」
こういう時、伊織のスキルは足止めに有効だ。ライフル銃で白ゴブリンを撃ち抜いた伊織はそこに電撃を発生させ白ゴブリンの動きを止めた。そこに飛び出したメイサと香苗が白ゴブリンを押し戻す。
それを繰り返している間に、メイサは血眼になって本体を探した。もしそれらしい反応をすれば見逃さないように。しかし、全く分からない。本体が攻撃に参加してなければ分かり易いのだが、白ゴブリンは全員で一斉に攻撃してくるため、それも叶わない。そもそも本体が一体とも限らないし、核の場所も分からない。ないない尽くしである。
「一つ考えがある」
伊織が五回目の銃弾を放とうとしたとき香苗が言った。
「言ってみて下さい」
「白ゴブリンを一カ所に集め、メイサの魔力波で一気に蹴散らすのはどうだろうか」
もし失敗すればさらなる窮地に陥ってしまうが、やる価値はあるとメイサは思った。この時、メイサは自らが判断を誤ったことに気付けなかった。
「分かりました。やりましょう」
そこからの動きは速かった。伊織の銃弾で動きを止め、香苗が白ゴブリンを一カ所に集める。そこにメイサが大剣を振って作り出した魔力の奔流をぶつける。
アスファルトが砕け散る程の一撃を受け、白ゴブリン達の体も散り散りに四散した。結界内に白ゴブリンの指や耳、頭などあらゆる部位が飛び散る。そして、地に落ちたそれらはまた一斉に蠢き始めた。
「なっ」
「嘘……だろ?」
土煙の向こうからゆらりと白ゴブリンが姿を現す。それは十体、二十体ではない。土煙が晴れたとき、そこにいたのはおびただしい数の白ゴブリン、ざっと数えて百体はいた。
「これは、不味いですねえ」
軽い調子で言ってみたものの、メイサは口元が引き攣るのが分かった。
「キイイイイイイ!」
耳をつんざく声を上げながらおよそ百体の白ゴブリンが向かってくる。それはまるで白い波のようであった。
「くそがっ!」
吐き捨てるようにそう言って伊織が銃弾をばらまく。しかし、次から次へとやって来る白ゴブリン達を足止めすることはできない。あれだけ繰り返せば流石に誰に動きを止められていたか覚えているようで、白ゴブリン達の狙いは伊織だった。
それを読んでいたメイサと香苗が伊織の前に躍り出る。もう分裂がどうのとは言ってられない。香苗は漆黒の槍を振り回し白ゴブリンの勢いを止めようとした。
「くっ、止まらない!」
それでも止まらない。数の暴力は香苗をも呑み込んだ。そして、そのままそれはメイサに向かってくる。
「……っ!」
メイサは覚悟を決めた。特大の魔力波で敵を吹き飛ばす。何体に増えるかは分からない。しかし、もうそれしか手が思い浮かばない。意を決してメイサが大剣を振り上げたその時、目の前の白い波が煙のように消えた。
「え?」
「遅れてすまんって言っても許してくれないよな? これは」
戸惑うメイサの耳に聞こえたのは呑気な少年の声。その声の主は一振りの紅い刀を持っていた。銘は『紅蓮』、神から授かりし眼を持った少年、黒崎恭哉のエスパーダである。




