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第二十話 自覚

何故戦っているのか?


その問いの答えは、本来ならば用意されていて然るべきものだったのかもしれない。その証拠に伊織の声はまるで「次の授業何だったっけ?」とでも言うように、何てことの無い平凡な質問をしているような軽い調子だった。


「それは……」


だから、恭哉は答えられると思った。たとえ答えを用意して無くても次の授業が何なのか分かるように、戦っている理由なんて少し考えれば自然に出て来るものだと思っていた。


しかし違った。すぐに口を開いた恭哉だったが、そこから言葉は紡がれない。自分の頭の中をいくら彷徨っても答えの欠片すら落ちていなかった。


「ちょ、ちょっと待って下さい」


恭哉は慌ててそう言うと下を向いた。考えるのに集中したいのもあったが、何となく前にいる伊織と香苗に目を向けられなかったのだ。恭哉は焦った頭で尚もその答えを探し出そうとする。


何で戦っているのか? つまり戦ってる理由だろ? そんなのあるに決まってる。無いなんておかしいじゃないか。あるさ、探せばきっと。どこだ、どこにある。見つからないはずがないんだ。もっと真剣に探さないと、隅々まで、見落としなく。


「やっぱりか」


伊織の呆れた声を聞いて恭哉は顔を上げた。そして気付いた。気付いてしまった。自らのおかしさを、異常性を。


そうだ、そもそもこんなに真剣になって探していること自体がおかしいんだ。次の授業が何か答えるのに頭を悩ませる者はいない。それと同じだ。


伊織はあちこちに付いている髪留めのピンに構うことなくガリガリと頭をかくと少し投げやり気味な声で言った。


「じゃあ少し質問を変える。黒崎、お前は何で戦えるんだ?」


質問の内容が少し変わったことは理解できた。戦っている理由と戦えている理由。たった人文字の差だが少し違う。それは分かった。しかし、恭哉はこの問いにも答えることはできなかった。


無言で下を向く恭哉に伊織が言った。


「ゴールデンウィークの一件以来、俺達守護者の間じゃお前はプチ有名人なんだよ。無名の局員でもない奴が正規兵、しかも指揮官を倒しちまったんだからな。俺も見てたがありゃビビった。普通にタイマンで指揮官ゴブリンをぶった斬りやがった時は寒気がしたぜ。強すぎかよってな」


ケラケラと伊織が笑う。


「いや、あれは偶々俺と西園寺のところにレイダーが来たからでして……」


「謙遜すんなよ。偶然エンカウントして倒すなんて益々凄えじゃねえか。天才かよ」


「そんなことは……」


何故だろうか。伊織に褒められているはずなのに、恭哉は全く真逆、自分の異常性を糾弾されているように感じていた。この教室より狭い生徒会室が、傍聴人で埋め尽くされた法廷にすら見えた。


伊織の言葉はまだ続く。


「しかも黒崎は最近スキルを与えられたばかりのルーキーだって言うじゃねえか。マジどこの主人公かよって思ったぜ。それで、実際に会ってみたら普通の高校生でさ、立ち振る舞いを見ても全然強そうに見えねえ。でもいざ戦闘が始まるとミノタウロスを瞬殺するほどの強さを見せつける」


そこで、今まで楽しそうに話していた伊織が真顔に戻った。鋭い視線を向けてくる。


「それってさ、ちょっとおかしくねえか?」


伊織の表情が変わった瞬間に今まで沈黙していたメイサが一歩踏み出した。


「梅園さん、ちょっと待って下さい」


「いいや、待たねえ。こいつは自分のおかしさに気付くべきなんだよ。じゃねえとウチには入れらんねえ」


「そういった話は私が――」


いつになく切羽詰まった表情を見せるメイサを遮って伊織が言った。


「お前もお前だ西園寺メイサ! お前、なに府抜けた戦い方してんだよ! ミノタウロスだってお前なら何体いても捻り潰せただろ。そいつばっかりに気を取られてるから、俺の弾も躱せないんだよ!」


ぱっとこちらを振り向いたメイサと目が合う。恭哉は今自分がどんな顔をしているのか分からなかった。今の伊織の話から、メイサが恭哉に合わせて手を抜いて戦っていたのは分かった。それもまた、恭哉の異常さと関係しているのだろうか。


自分の表情は定かではないが、きっと余り良くないものだったのだろう。メイサは恭哉を見ると、整った眉をきゅっと寄せて崩れ去った城の跡を見るような悲しい表情をした。


「黒崎さん、私は……」


メイサの声は震えていた。いつものおどけた調子のそれとは全く違う。恭哉は不謹慎なことに、もっと聞きたいと思った。今まで聞いたメイサのどの声よりも、それはメイサの声のような気がしたのだ。


しかし、この状況ではそうも言ってられない。メイサには色々と言いたいことも聞きたいこともあるが、今は後回しだ。恭哉はメイサから目を離し伊織に向けた。


「つまり、梅園さんは何が言いたいんですか?」


「ほう、まだ平静を保てるとはメンタル強いなお前、それもおかしさ故か?まあいい、そうだな、俺が何を言いたいのかと言うと突然強力な力を得たからといってお前みたいに普通は戦えない。漫画の主人公でもなければな。人間は理性で動く生き物だ。そこには理由が必要になる。見た感じだと貰った玩具を自慢したいって考えてる風にもレイダーに仇がいるとも思えねえ。だからこそ分かんねえ。あんな普通なら逃げ出したくなるほどの恐怖の中で、普通の高校生みたいなお前が何故戦っているのか、何故戦えているのか。それが分からないことには、俺はお前に背中を任せられねえ」


「ふっ、背中を撃とうとした男がよくもまあ」


それまで沈黙を守っていた香苗が言った。


「うるせえ!アレにも色々と事情があったんだよ。ていうか狙ったのは黒崎じゃなくて西園寺メイサだ」


「まあ、これは君と黒崎の問題だ。口を挟むのはよしておくよ」


「もう挟んだろうが! てめえ記憶力皆無かよ!」


「ふむ、そうだったか?」


「そうだよ!」


二人のやり取りを聞きながら、恭哉はほんの少しだが冷静さを取り戻していた。恭哉が返答を考える時間を会話に介入することで香苗が作ってくれた事に気付けるくらいには。


きっと香苗も伊織と同じ気持ちを持っているはずなのに、一切恭哉を責めようとはしない。あまつさえフォローしてくれている。香苗の優しさに恭哉は感謝するばかりであった。


しかし、申し訳ないことに恭哉は時間内に答えを出すことはできなかった。


「すみません梅園さん、俺は何で自分が戦っているのか、やっぱり分かりません」


「じゃあ――」


「だから、時間を下さい。明日までに答えを用意します」


伊織がすっと目を細める。


「今日一日で答えを出せんのか?」


「分かりません。でも、早めに何とかしないと色々とヤバそうなんで」


恭哉は何とかして笑ってみせた。正直、今は自分の事が気持ち悪すぎて吐き気すらしている。伊織の言っていることはことごとく正論だ。理由なしに戦えている自分はおかしい。早めに気付かせてくれて寧ろ良かったのかもしれない。


「じゃあ、そういうことで」


恭哉は踵を返して出て行こうとした。しかし、不意に袖を掴まれて足が止まる。


「黒崎さん、それ私にも手伝わせてください」


振り向くとメイサの懇願するような顔があった。それを見て、また初めての表情だなと恭哉は思った。


「これは、俺の問題だと思うけど」


メイサが大きく首を振る。綺麗な白金の髪も一緒に揺れた。


「いいえ、私にも関係あります。いや、私が……」


その先は声が小さすぎて聞き取れなかった。しかし、ぎゅっと袖を握る強さから、拒んでも無駄なことが分かった。まあ、恭哉にとって丁度いいことも事実なのだ。自分を知る上でメイサに色々聞いていくのは大切かもしれない。


「分かった。手伝ってくれ」


そう言うと、メイサが持っていた荷物をグッと恭哉に押しやった。


「冬堂さんたちは私にも話があるようなので、これを持って向かいのコンビニで待っていて下さい」


荷物持ちかよと思ったがきっと違う。気が変わって恭哉が帰ってしまうことを危惧しているのだろう。


「了解。じゃあな」


いつもより遥かに可愛げのあるメイサに頭のの一つでも撫でたくなったが、流石にそこは自重した。恭哉は先輩二人に黙礼すると、生徒会室を出た。すると、一気に体が軽くなった気がした。生徒会室だけ重力が二倍になっていたかのようだ。


恭哉は気付いていない。恭哉が出て行った後の生徒会室、守護者三人が集まったそこの体感重力はさらに増してることに。


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