第二十一話 魔女が明かす真実
「うふふっ、やってくれましたねー?」
恭哉が生徒会室を出た後、そう言ってこちらに向き直ったメイサの表情を目にして香苗は背筋に冷たさを感じた。その感覚はどこか懐かしいものでもあった。
メイサの口調は軽く、おどけているようで、しかしその目はひどく冷たい。常に浮かべているアルカイックスマイルと合わさって不気味で狂気をも感じさせる。香苗が思い出すメイサはいつもこのような顔をしていた。
同性の香苗ですら見惚れてしまうほどの整った顔に隠しきれないどす黒い何かをその小柄な体中から醸し出していた。
「やってくれたとは、どういうことだ?」
「分かってるくせに聞くんですね。冬堂さんはそういった回りくどいこと好きではないと思ってましたけど」
「うむ、それもそうだな。いきなり黒崎に直接話したのは少し早まったかもしれない。しかし、間違っているとは思わない」
「あらかじめ私に一言あって然るべきでした。その時点でもう間違っていますよ」
この会話の間にもメイサの表情は変わらない。それどころか視線の温度はみるみる下がり氷点下に達しようとしていた。首元に刃を押し当てられているようなプレッシャーの中会話できているのはメイサという守護者の中でも特異な存在に僅かな期間ながらも接した経験があるからだ。それがなければまともな応対は不可能だっただろう。
「はっ、黒崎はてめえの所有物かよ」
伊織が吐き捨てるように言った。こちらはまだメイサの顔を正面から見据えることができていない。一変したメイサの雰囲気と空気の重さに伊織は対応できていないのだ。だが、気圧されずに口を開けただけでも十分凄い。これも香苗より少ない時間ながらメイサの存在に触れたことが生きているのかもしれない。
「どう思われても構いません。黒崎さんは特別ですから」
伊織の挑発ともとれる言葉を聞いてもメイサの口調は落ち着いていた。
「確かに黒崎が強いのは認める。あれでルーキーなのだから驚異的と言ってもいい。だが、自らが戦う理由は知っておかなければならない」
「冬堂さんも梅園さんと同意見なんですね」
「守護者として当然だ」
「私は戦う理由なんて持っていませんけど」
メイサが軽く肩を竦めて言った。
「それは今の話だろう。君だって以前は――」
「それ以上そのことに言及すれば、死にますよ。そうですね、二秒もあれば事足ります」
「てめっ」
「よせ梅園」
殺気立って一歩踏み出した伊織を手で制して香苗は言った。
「悪かった。今のは言葉が過ぎたな」
「うふっ、そうやって素直に謝ってくれるところは嫌いじゃないですよ」
そう言ってメイサがにっこりと微笑む。先程物騒なことを口走ったばかりなのにそんな穏やかな笑顔を向けられても香苗からすれば逆に恐ろしいだけだ。もっと恐ろしいのはこれをメイサがおそらく狙ってやっているということなのだが。
香苗は平静を保つため心持ちゆっくり口を開いた。
「しかし、黒崎は自分が理由なしに戦っている事すら分かっていなかった。それは自覚しておくべきことじゃないのか?」
「はあ、理由理由って小うるさいですねえ。そう言うあなた達のご立派な理由はどうせ『お家のため』なんでしょ?」
「勿論だ」
香苗は頷いた。二十一世紀の現代において「『お家のため』に私は生きている」なんて言えば失笑ものだろう。しかし、守護者の家に生まれた者からすればそれは当然のことだ。
守護者は世襲制だ。守護者の家に生を受けた子供は守護者としての生き方を叩き込まれる。最初に目指すのは局員になること、局員になることができれば次はさらなる高みを目指す。もしその競争に負けてしまえば、それは個人の負けではなく家の負けを意味する。
落ちぶれた守護者の家に意味はなく容赦なしにお取りつぶしにされるのが守護者の中の絶対のルールだ。それは守護者創世記から受け継がれてきたものを全て台無しにすることになる。西園寺家などの天才を生む一部の家系を除いて、守護者達は己の家の存亡をかけて戦っているのだ。
「そんな理由を黒崎さんに押しつけないでください。彼は守護者のその辺りの事情なんてこれっぽっちも知らないんですから。まあ、黒崎さんにはそんな小さな理由で戦ってもらう訳にはいきませんがね」
「どういう意味だ?」
いくら才能に恵まれたメイサといえども、守護者達の家にかける熱意は知っているはずだ。それを小さいと断ずるのは香苗は不可解に思った。
「黒崎さんは守護者の家の生まれではありません。そして、異世界の神からスキルを授かっています」
「なっ!?」
香苗は思わず立ち上がった。同時にイスが倒れてけたたましい音がしたがそれは耳に入ってこなかった。伊織は口をあんぐりと開けたまま何も言えずにいる。それも当然だ。それほど驚くべき事なのだ。
「メイサ、それがどういうことなのか黒崎は知っているのか?」
香苗は自分の声が震えているのが分かった。声だけでなく手も震えている。
「いいえ、衝撃が大きすぎると思いましたのでまだ……ですが、もう伝えるつもりです。隠し通せるものでもありませんし」
守護者は世襲制だが、例外もある。ごく稀に守護者と関わりの無い家から魔力の素養を持った子供が生まれてくることがあるのだ。そういった場合、力の無い家に養子として加わるのが主である。家としては不本意な事なのだが、お取りつぶしになるよりはいい。
珍しいこととはいえ、前例がないことではない。それに、香苗は恭哉が守護者の生まれではないことはおおかた予想していた。黒崎家など聞いたことがなかったのだ。だから、その強さに関心を持ち勧誘もした。守護者に関わりが無いからこそどこの派閥にも角が立たずに戦力を補強できると香苗は考えたのだ。
しかし、しかしだ。メイサが言っていることが本当ならば、恭哉は前例のない極めて異端な存在と言える。何せ異世界の事とは何の関わりの無い高校生に神が降りたのだから。
珍しく動揺を隠せないでいる香苗を余所にメイサは淡々とした口調で続ける。
「普通守護者は、日々の鍛錬で生まれ持ったスキルを昇華させていきます。しかし、神に愛されて生まれてきた守護者には文字通り神からの祝福を受けます。それが神から与えられるスキルです」
嘘みたいな話だと笑えるなら笑いたい。必死に努力を重ねている者がいるというのに生まれながらにして神の力を持つ者もいる。余りにも残酷だ。そんなこと信じたくない。夢物語であって欲しい。しかし、目の前の現実がそれを拒む。
何故なら、今目前に立っているこの少女こそが十五年前、神から力を授かりし守護者なのだから。そして、それを最後に神はこの世界に降りてきていないと言われていた。
「神は気まぐれと言うが、十五年待った天才がまさか黒崎とはな」
「ですが、後天的にスキルを授かるのは今まで無かったはずです。普通はあり得ない」
「ふっ、だから小さな理由か。確かに、その謎に比べたら私達の言っている理由など些末に過ぎぬ」
そこでようやく香苗はメイサの考えが読めた。
「そして鶴島支部局は隠れ蓑か」
「はい、そうです」
メイサ静かに頷いた。
恭哉のような特別な存在を誰もが放っておく筈がない。そこでメイサは恭哉を孤立させないために共に行動し、戦闘経験を積ませる必要があった。そうすれば、もし強引に恭哉の身が狙われる事があっても恭哉自信ではね除けることができるからだ。
そのための戦闘経験を鶴島支部で積ませるつもりでいる。戦力が欲しいこちらと利害は一致している。そうまで外野を警戒するのは、兄の存在があるからだろう。
「黒崎さんについて情報が欲しかったのでしょうから、こちらから話しました。他に何かありますか?」
「いや、ない。聞きたいことは全部話してくれたみたいだからな」
香苗としてはそう言うしかない。例えメイサが嘘をついていたり隠していることがあってもそれを判断することはできない。今はこれ以上の追及はできないのだ。
「では、私はこれで」
そう言ってドアノブを握ろうとしたメイサだが、急に振り返った。
「ああ一つ言い忘れてました」
「何だい?」
「お二人とも今話したことを兄に伝えたら、ただじゃ済まないのであしからず」
あっと思ったときには遅かった。メイサが言い切った直後、伊織がエスパーダのライフル銃をメイサの眉間に突きつけたのだ。
「十メートルもねえこの距離は絶対外さねえ」
凄む伊織に対してメイサは何がそんなに楽しいのか朗らかに笑った。
「そうですねえー、私も外しようがありません」
「なっ!」
伊織が驚きの声を上げる。それを聞いて香苗は初めて気付いた。伊織がライフル銃を突きつけたもうその時、メイサも同じようにエスパーダを取り出し異様に長いスピアの先を伊織の首の数センチ前に突きつけていた。
「梅園さんは殺気を消すのが下手ですねえ」
「余裕こいてんじゃねえ!俺の早撃ちなら先にてめえを殺せる」
伊織はこの勝敗が分かった。この勝負、メイサの勝ちだ。
「メイサ、変な気は起こさないでくれよ」
「そんな気はありませんよ。私はこの後黒崎さんに会わないといけませんから、取り合ってる場合じゃないんです」
香苗はほっと息を吐いた。狂気じみたものを持っているが、メイサが誰かを傷つけたという話は聞いたことがない。一度しか。
香苗のその様子を見た伊織が怒気をはらんだ声を出す。
「おい会長何考えてやがる。どう考えても俺の勝ちだろうが!」
メイサは大きなため息を吐くと面倒くさそうに口を開いた。
「梅園さんこそ何考えてやがるんですか。私のスキルがどんなものか忘れましたか?スキルを使えばその弾は当たりませんよ」
「そ、それは……」
伊織は言葉を詰まらせた。メイサに一泡吹かせることに夢中でスキルの事なんて考えていなかったのだろう。それは香苗も理解できる。メイサはスキルを使わずとも強いため、つい忘れがちになるのだ。神に授かりしスキルを有していることに。
言い返せないでいた伊織だが、すぐに敵意のある視線をメイサに向けた。
「だが、てめえは『奴』に壊されて以来スキルを使えねえらしいじゃねえか。だから俺の――」
「本当に可哀想な人ですねえ。まだ分からないんですか?勝負はもう着いているんです。私があなたの攻撃を受けない手段を持っている。使う使えないは問題じゃないんです。カードを持っている時点で私の勝ちなんですよ」
「……くそっ」
歯噛みして伊織が銃を下ろすとメイサはこちらを見向きもせずに生徒会室を出て行った。
「銃を突きつけても表情一つ崩さねえ。相変わらずの魔女っぷりだ」
「……そうでもないさ」
「はあ?何言ってんだ」
「何となく、そう思ってな」
急いで生徒会室を出て行く魔女の顔に混ざって香苗は年相応の少女を見た気がしたのだ。




