第十九話 意図と問い
「梅園、一気に片付けるぞ!」
ポニーテールの黒髪を揺らして走る香苗が叫ぶように言った。目は恭哉の少し前にいる伊織には向けられておらず、前だけを見ている。これから伊織が何をするのか分かっているようだった。
「おうよっ」
そう応えた伊織も表情に迷いはない。ライフル銃を片手で構えて三体のミノタウロスに向けると、続けざまに三発撃った。タンッタンッタンッと乾いた銃声が公園を模した結界内に響き渡る。
パスッ
そんな迫力の無い音がしたかと思うとミノタウロス達がほんの少しだけ前のめりに上体を傾けた。
「あれは……」
見ると、ミノタウロス三体とも同じ場所に寸分違わず小さな穴が穿たれていた。伊織によって撃たれたのだ。狙われたのは右の膝頭の少し上辺りであった。
「俺はやることやった。会長、あとはお前の仕事だぜ!」
「うむ、任された!」
伊織にそう返し、香苗はさらに加速してミノタウロスに向かっていった。恭哉の胸に一抹の不安がよぎる。
「でーじょうぶだって後輩君」
加勢に向かおうと出しかけた恭哉の足を伊織の声が止めた。伊織に目を向けると、伊織は先程と同じようにライフル銃を肩に担ぎ不敵な笑みを浮かべている。
「お前があいつをどう見てるのか知らねえが、あいつは強い。それに、俺の弾はもう当たった」
「でも……」
確かに伊織の銃弾はミノタウロスの膝を打ち抜いた。しかし、ミノタウロスは微かに反応しただけで痛みが生じた様子もバランスを崩した様子もない。
恭哉が何か言う前に、香苗はミノタウロス三体の眼前に躍り出た。ミノタウロス達は待っていましたとばかりに巨大な棍棒を振り上げると一斉に振り下ろす。
香苗は手に持つ槍を地面に突き刺して急ブレーキをかけ、二メートルほど後退した。そのお陰で振り下ろされた棍棒は地面を叩き割るほどの威力があったが、香苗には掠ることすらなかった。
振り終わりの隙を突いて香苗が再び前進する。
危ない、と恭哉は思った。香苗のスピードならミノタウロス一体、上手くいけば二体倒すことは可能だろう。しかし、三体倒すのはどう考えても無理である。焦る恭哉を知ってか知らずか、伊織が口を開いた。
「俺は放出型だ。スキル『五色弾』によって弾丸に様々な属性の魔力を込めることができる」
「エスパーダと同じ名前なんすか?」
「放出型は自らエスパーダを作り出すので、銘とスキル名が同じ場合なことが殆どですね」
恭哉の疑問に答えたのはメイサだった。伊織の意図が読めているのか、その冴え冴えとした白い肌には汗一つ浮かべていない。
「へっ、例外ならすぐそこにいるけどな」
伊織が顔をしかめて言った。先程からそうだが、伊織はメイサのことを知っているような口振りだ。そして余り良い印象は持ってないらしい。伊織の目にはメイサに対する明らかな敵意が見える。一方メイサは伊織の視線を全く気にする様子はない。
二人の顔を見比べる恭哉に伊織が言った。
「まあとにかく、俺はそんなスキルを持ってる。お前達を狙ったときは何の魔力も込めなかったがな」
「魔力が込められると色がつくんですか?」
伊織が驚いた顔でこちらを見た。
「お前、弾丸の色見えてたのか?」
「はい、俺達を狙ったやつは白っぽい透明な色でさっき撃ったのは黄色っすよね」
「ははっ、こいつは驚いたな。それなら話は早い。俺はさっきぶっ放した弾丸に電撃系の魔力を込めた。つまり――」
「グオオオオ!」
伊織の声をかき消すほど大きな叫び声が前方、香苗とミノタウロス達のいる場所から聞こえた。
そちらに目を向けると、先程まで堂々と仁王立ちしていたミノタウロスが一変、三体とも揃って膝をついていた。かろうじて棍棒で体を支えているが、それでもふらついておりいつ倒れてもおかしくない。
「やっと効いたみたいだな」
伊織がポツリと言った。その呟きを聞いて恭哉は理解した。伊織の狙いは初めからこれだったのだ。ダメージや痛みを与えることではない。電撃系の魔力を込めた弾丸をミノタウロス達の足に撃ち、麻痺させて立たせなくすることだったのだ。
「はあっ」
鋭い声を出して香苗がミノタウロス達に槍を振るう。その結果はもはや見るまでも無かった。
「いやー凄かったですねえ」
隣を歩くメイサが吞気な声で言った。ミノタウロスを倒し、現在恭哉達は数十分ほど前に飛び出した学校への道を歩いていた。提案したのは香苗だった。帰って休みたい気持もあったが、荷物も置いたままだったので恭哉は反対しなかった。
主語が抜けていたが、恭哉はメイサが何を言っているのか分かった。香苗と伊織の戦いぶりのことを言っているのだろう。
恭哉は素直に頷いた。確かに凄かった。やったことは自体はシンプルだが、後衛がサポートし前衛が仕留める。理想の戦い方だった。
「ミノタウロスを瞬殺した君達の方が凄いよ」
前を歩く香苗が苦笑して言った。戦闘の時とは打って変わってその表情は柔らかい。相変わらず鋭い目をしているものの、こうしてみると美人の年上のお姉さんにしか見えない。香苗の隣を歩く伊織も然り、たった一つ年が上なだけなのにどうしてこうも大人っぽく見えるのだろうか。
やっぱりスタイルか? スタイルなのか?
伊織は格好こそ奇抜だが、すらりと背は高く足なんて驚くほど長い。雑誌に載っているモデルと比べても遜色ないだろう。恭哉も同じ男だが、比べる気にもならない。
香苗は美人でありながら出るところは出ている。こちらもその辺のアイドルより目を引くスタイルをしている。恭哉はちらりとメイサに目を向けた。香苗も美人であるが、メイサはそれ以上だ。メイサの美貌はどこか浮き世離れしており、比べようにもジャンルが異なる気さえする。今も、夕日に目を細めるメイサの姿は異国の絵画にでも出て来そうな雰囲気を持っていた。
そしてスタイルの方はというと……まあ、将来に期待だな。牛乳とか飲めばいいんじゃない?
「黒崎さん? いくら見つめても私はときめいたりなんかしませんよ?」
恭哉の視線に気付いたメイサが微笑んで言った。その優しい表情は普通なら見る者に安らぎを与える天使の笑顔であるはずなのだが、メイサの場合表情と言っていることがあっておらず、安らぐどころか背中に嫌な汗を流させる始末だ。
「別にときめかせるつもりなんかない」
「またまた? 素直になって下さいよ」
「いや素直だし。西園寺をときめかせて俺に何の得があるんだよ」
そもそも、そんな気のかけらもないからメイサはこうやってからかうことができるのだろう。まあ恭哉としても、メイサと色っぽいことになるのは想像すらできないが。
そんなやり取りをしながら歩いていると、見慣れた鶴島高校の白い校舎が見えてきた。夕日に照らされ、長年積み重ねてきた汚れがよく見える。
「荷物を持ったら、生徒会室に来てくれ」
昇降口の前で香苗が言った。
「何かありましたっけ?」
恭哉とメイサがレイダー対策局の鶴島支部に加わることで話は終わった感じてはなかっただろうか。
「何を言っておる。メイサは残ってくれと最後に言ったではないか。黒崎には、梅園が聞きたいことがあるようだ」
そういえば、そんなことを言っていた気がする。生徒会室に呼び出されたのが随分昔のことのようですっかり忘れてしまっていた。
またメイサがからかってくるだろう。そう予想し早くも苦い顔をする恭哉だったが、それは杞憂に終わった。隣に目を向けるとメイサは青い瞳を香苗にじっと向け、強張った表情をしていた。いつものような微笑も口元にない。珍しい、いや、恭哉が初めて見る表情であった。
教室に入り荷物をまとめて生徒会室の前に立つ。その間メイサは表情を崩さず、二人の間に会話もなかった。
ノックをして生徒会室に入る。室内には香苗に加え伊織の姿もあった。
「えっと、話って何すか?」
メイサが口を開く気配がないため、恭哉が言った。
「一つ、聞きたいことがあってな」
言ったのは伊織だった。
「黒崎、お前さ……何で戦ってんの?」




