第十八話 二人目の先輩
「おいおいおい、あれを躱すとか反応良すぎかよ!」
その狙撃手は緊張感のかけらもない調子で言った。初めは定かではなかったが、恭哉はその男が鶴島高校の制服を着ていることに気付いた。一目で分からなかったのは、制服の着崩し方がもはや着崩しているという範疇を超えていたからだ。
まず、学ランのボタンが全て外されている。胸元にはジャラジャラといくつものネックレスが光っていた。その下には派手な黄色のシャツを着ている。丈があっていないのか自分で切ったのか、袖は肘が隠れるほどしかない。ズボンに関してはもはや制服ではなく、白黒のチェックのズボンを履いてあった。
それに加え彫りの深い整った顔立ちに、金髪で何やら女性が使うような髪留めのピンが数カ所付けられている。何というか、ワルさとチャラさが混在した格好をしていた。
鶴島高校は進学校で、比較的真面目な生徒が多い。やんちゃな生徒も多少は目にすることがあるが、ここまでのものは見たことがない。明らかにその辺の不良とは一線を画した出で立ちであった。もし恭哉がその男を校内で見かけたら、まっ先に目を逸らすだろう。
「梅園、貴様何をしている!?」
香苗がその派手な格好の男に叫んだ。切れ長の目を細め、キッと睨む。
「そんなに怒るとか、気短すぎかよ。噂の新人のお手並みを拝見しただけだろ?」
整った顔も相まって、香苗に睨まれればかなり怖いはずなのだが、梅園と呼ばれたその男は平然とした顔をしていた。
「そんなこと今する必要はないだろ!時と場合を考えろと言っているのだ!」
「へいへい分かったよ。すまんかったすまんかった」
男は反省した様子もなく適当な調子でそう言うと、手に持っていたライフル銃を肩にかけた。そして恭哉に目を向けて口を開いた。
「俺は梅園伊織、鶴島高校二年で守護者だ。こいつは俺のエスパーダ『五色弾』、悪かったな。後ろから打つのは流石にやりずきかよって思ったんだけどな。まあ予想以上に反応が良くて驚いたわ」
その男、伊織は次にメイサに目を向けた。その視線は先程恭哉に向けられたものとも香苗に向けられていたもののどれとも異なり、幾分かの敵意が込められていた。
「だが、もう一人の方は拍子抜けかよって感じだったな。まさか新人君に庇われるとは、純白の魔女が聞いて呆れる。ちょっと見ない間に弱くなったのか、それともお前そいつを――」
「無駄話はその辺にしておけ、敵が来る」
伊織の言葉を遮って香苗が言った。ミノタウロス達の方に目を向けるとミノタウロス達は今にも襲い掛かってきそうな気配を漂わせていた。
「完全に頭の中から消えてたな」
恭哉はポツリと呟いた。伊織の登場によって完全にミノタウロス達への注意が逸れていた。もしあの間に攻められていたらと思うとゾッとする。そうならなかったのは、香苗が文字通り睨みをきかせていたからだろう。
「あのー黒崎さん? そろそろ離して貰ってもいいですかね?」
敵は目の前にいる。頭を切り換えねばと恭哉が思ったとき、すぐ近くで声がした。これだけ近ければ聞き間違えるはずもない。メイサの声であった。
「うん?」
離してって一体何を?
そう思いながら恭哉がミノタウロス達から視線を戻すと目の前にいたメイサの青い瞳と目が合った。
「っ!」
鼻先が触れあいそうなほど近くに精巧に作られた人形のように整ったメイサの顔があり、恭哉は声が出ないほど驚いた。
「何を驚いているんですか。全部黒崎さんがやったことですよ」
動揺する恭哉とは反対にメイサは冷静な表情をしていた。その声を聞いて少し落ち着きかけた恭哉だったが、そのせいで自分とメイサの体勢を把握してまたすぐに取り乱してしまう羽目になった。
「ちょ、これは!?」
今恭哉は足を少し開いて伸ばし地面に座っている。その僅かにある足の隙間にメイサの胴と足の間、即ちお尻がすっぽりと収まっていた。しなやかな足は横に投げ出されていて横座りのようになっている。上半身の方では恭哉の右手はメイサの左肩におかれ、左腕は細い腰に巻かれてあった。
つまり、恭哉はメイサと向かい合って抱っこしているような状態であった。
「西園寺! これはだな、不可抗力であって……その……」
恭哉は伊織の弾丸からメイサを守ろうとしただけだ。これはその結果であって決して故意のことではない。しかし、これはセクハラだと言われても仕方ないのではないか。いや、そんなことはない。取り敢えず言い逃れようとする恭哉にメイサは一つため息を吐いて言った。
「分かりましたから、取り敢えず離して下さい。これでは私も黒崎さんも戦えません」
「そ、そうだな」
狼狽えながらも恭哉はメイサから手を離す。メイサが立ち上がると直ぐさま飛ぶように体を離した。手や太腿に残る感触は一瞬で消し去る。いい匂いがする気がするがきっと気のせいだろう。気のせいの筈だ。
「もっと早く言ってくれよ。心臓に悪い」
開き直りだと分かっていながらも恭哉は悪態をついてしまう。メイサはこちらを見ずに歯切れ悪く言った。
「いや-、私も驚いてしまいまして、言いそびれちゃったんです」
確かに、伊織が話している最中メイサは黙っていた。挑発するようなことも言われていたが、それにも無反応だった。メイサにもそんなことがあるのかと恭哉は少し意外に思った。
「お前ら話しすぎかよ! 敵さんが来るぞ」
まえに目を向けたまま伊織が言った。
「すみません。集中します」
慌てて刀を構える恭哉にちらりと視線を向けて伊織はニヤリと笑った。
「まあ、お前ら二人はもうお役御免なんだけどな」
「……どういう意味ですか?」
お役御免とは、もう戦わなくてもいいということだろうか。しかし、恭哉とメイサが抜ければ二対三になってしまいせっかくの数の優位性が無くなってしまう。
「俺と香苗が組めば、ミノタウロス三体なんて軽いってことだよ」
自信満々に言う伊織に香苗が頷く。
「うむ、黒崎とメイサは下がっておくといい。あとは先輩に任せたまえ」
そう言うと、香苗は漆黒の槍を構えミノタウロス達に向かって駆けだした。




