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第十七話 遠回しな優しさと狙撃

「さて、やりましょうか黒崎さん」


そういうのと同時にメイサがすっと右手を前に出した。すると、掌が光り輝き、純白のタクトが顕現する。恭哉はこれまで何度か目にしてきたが、未だに少し感動を覚える。そのタクト、メイサのエスパーダ『無形』はメイサの思いのままに形を変えるのだから、さらに驚くこと請け合いである。


「なあ、俺はまだ同意してないんだけど」


恭哉は半ば諦めながらも言った。確かに目の前にいるミノタウロスを二人で二体倒すことができればその後の戦闘は大幅に楽になるだろう。できないことでもないと思う。しかし、恭哉としては、自分の意見を尊重して欲しいとまではいかないが、せめて聞いて欲しいところだった。


「知らないんですか黒崎さん、この国は民主主義なんですよ?」


つまりメイサは、恭哉とメイサと香苗の三人のうちメイサと香苗が賛成しているため多数決の原理によって恭哉は従わざるを得ないと言っているのだ。


「知ってるか西園寺、少数派にも権利はあるんだぞ」


「流石は黒崎さん、少数派には詳しいですねー」


「どういう意味だ?」


俺がぼっちであることを揶揄しているのかな?


「言葉の通りです。敵に勘付かれるのはまずいのでエスパーダの用意を」


「……分かったよ」


意見を求められなかったことを除けば、元々この案には賛成なのだ。恭哉は渋々といった様子で他人に見えなくする魔法を解き、エスパーダ『紅蓮』を出現させた。


突然恭哉の手元に顕れた一振りの鮮血にも似た色を持った刀を目にして、ミノタウロス達が一瞬鼻白むのが分かる。その一瞬の隙を見逃さず、恭哉は体中に魔力を循環させ走りだした。それはメイサが駆け出すのと全く同じタイミングだった。


恭哉は左端にいるミノタウロスに狙いを定めた。中央に攻撃を仕掛けるのが難しいことはゴールデンウィークの一件で痛感している。同じ轍は踏まない。


いきなり突っ込んでくるとは思っていなかったのか、ミノタウロスが棍棒を構えるのが少し遅れた。恭哉はその間にミノタウロスの懐に潜り込むと、分厚い胴体を上から斬り付けた。ミノタウロスの肩口から血が噴き出す。


「少し浅いか」


かなり深く斬った手応えはあったが、ミノタウロスが斬られる直前に僅かに身を反らしたため致命傷には至らなかった。


「グアアアア!」


それは痛みに対する苦悶の声なのか、それとも小さい人間に斬られたことに対する怒りの声なのか、ミノタウロスは狂ったように叫び声を上げると、恭哉の身長とそう変わらない大きさの棍棒を横薙ぎに振った。


それに対して、恭哉は防御することも避けることもしなかった。恭哉の取った行動は全力の前進。左の方から迫ってくる圧倒的な暴力に臆することはなかった。ミノタウロスは冷静な判断を欠いている。棍棒が到達するより、恭哉の接近の方が遥かに速かったのだ。


恭哉は自身と棍棒との距離をあと五十センチほど残し、再びミノタウロスに肉迫すると、今度は下から先程の切り口を反対側からなぞるように斬り上げた。カウンター気味に入った一撃目より深くミノタウロスの胴体を抉る。恭哉はすぐさま後ろに軽く跳ぶ。すると、慣性の法則によって力なく迫ってきた棍棒が眼前を通り過ぎていった。


その遠心力に耐えられず音を立てて倒れるミノタウロス。その姿が結界の効力によって消えていく。まあ、それがなくてもミノタウロスが戦闘不能になっているのは確かなのだが。


それを確認して、恭哉は今度は大きく後方に跳躍した。『紅蓮』から魔力を吸収し身体能力を飛躍的に向上させた恭哉は一気に香苗がいるところに戻ってきた。


「ふふふ、なかなかやりますねえ」


着地してすぐ横から聞こえた声に反応してそちらを見やると、ニヤリと笑うメイサの顔があった。


「お前、もう倒したのか?」


そうだと分かっていながらも恭哉は尋ねた。


「はい、敵が油断しきっていたので楽勝でした」


香苗が感嘆の声を漏らす。


「たった一撃で倒すとはメイサ、相変わらず君は滅茶苦茶だな。黒崎も凄いな。戻ってきたのはメイサとほぼ同時だった」


「滅茶苦茶なんて、そんなことないですよお」


言葉とは反対にメイサはドヤ顔丸出しである。せっかくの美貌が、今はただ腹立たしくしか見えない。何か言い返してやりたかったが、恭哉は何も言えない理由があった。


二撃で倒した恭哉と一撃で倒したメイサがほぼ同時にミノタウロス達の集団を離れたとメイサは言っていた。それはおかしなことだ。ミノタウロスを倒した後にすぐ戻っていれば、メイサは恭哉より刀一振り分速く戻ってくることができる。恭哉の二撃とメイサの一撃の速さが同じとも考えられるが、恐らくそれはない。


となれば、なぜ同時に戻ることになったのか。答えは簡単だ。メイサは恭哉の戦闘を見ていたのだろう。恭哉が危なければいつでも助けに入れるように。メイサに聞いてみなければ真相は分からない。だが、ゴールデンウィークの一件で怪我をした恭哉に申し訳なさそうな顔をしていたメイサを思い出し、恭哉は確信していた。


メイサは恭哉の身を案じ、その場に残っていたのだ。何とも分かりづらい優しさである。


しかし、だからといって素直に感謝の言葉を言うことができないのが男の性。


「まあ何はともあれこれで戦いやすくなった。一気に片付けよう」


苦い顔をしている恭哉をよそに香苗が言った。そして指先で虚空をそっとなぞる。すると、そこに二メートルほどの漆黒の槍が出現した。それはよく言えばシンプルな、悪く言えば無骨な槍だった。香苗は恭哉と同じ吸収型だ。あれが香苗のエスパーダなのだろう。


「これが私のエスパーダ『覇突(はとつ)』だ。大仰な銘だからあまり好きではないのだがな」


香苗は苦笑してそう言うと、手首をひねって軽く槍を回し始めた。そして数回回し終えるとビタッと構えた。それだけの動きでその自分の身長よりも長い武器を扱い慣れていることが窺えた。


恭哉も刀を構え、ミノタウロス達に向き直る。敵はもう不意を突かれまいと油断なく戦闘態勢に入っていた。過分に慎重になることはないが、先程と同じように上手くいくとは考えない方が良いだろう。


そう考えながら恭哉がじりっと一歩踏み出したとき、思いもしないところから攻撃の気配があった。


「なっ!」


恭哉は咄嗟にメイサの腕を掴み強引にこちらに引き寄せた。思った以上にメイサの小柄な体は軽く、勢い余って恭哉はメイサと一緒に後ろに倒れ込んでしまう。


しかし、恭哉はそれに構ってられる様子はなかった。メイサが一瞬前まで立っていた場所を後方から何か小さなものが高速で通り過ぎていった。恭哉の目はそれを捉えた。


透明の弾丸?


恭哉はメイサの体を抱えた状態で上半身を起こし、弾丸が飛んできた方向に目を向けた。そこには、鶴島高校らしき制服を着た男が立っていた。

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