第十五話 生徒会長
生徒会室、それも高校のものとなると何となく敷居が高く感じる。一般の生徒の殆どが立ち入ったことはないだろう。新入生となればなおさらだ。メイサがどうかは知らないが、恭哉は初めて生徒会室に入った。
鶴島高校の生徒会室は、普通の教室の半分ほどの広さであった。いや、もう少し広いのかもしれない。入口の反対側の最奥にホワイトボード、左手には古いロッカーがある。他にもいったい何に使うのか分からないかぶり物や旗など、ものが散らかっており実際の広さがいまいち分かりづらい。
部屋の中央にくっつけられた長椅子とパイプ椅子が置かれてあった。そこに模造紙やガムテープ、ハサミなどがあるところを見ると、恐らくここで作業をしているのだろう。その奥に離れ小島のようにぽつんと教室に並んでいるものと同じ机と椅子が一組ある。
「やあ、よく来たな」
その椅子に座っている女子生徒が言った。放送を聞いたときも感じていたが、女子にしては低い声であった。
道場が似合いそうだなと恭哉は最初に思った。眼光鋭い切れ長の目とシュッとした輪郭、長い黒髪は後ろで一つに纏められている。
「ようこそ、鶴島高校生徒会へ」
女子生徒は片頰をきりっと上げて言った。その不敵な笑い方はその辺の男より男らしかった。
「はあ」
恭哉は気の抜けた声で言った。いきなり生徒会室に呼ばれて戸惑っていることもあるが、それ以上に前に立つ女子生徒の雰囲気に少し圧倒されていた。隣に目を向けると、メイサは何の反応もせずじっと女子生徒を見ている。
女子生徒はそんな二人を気にする事なく言った。
「ああ、そう言えばまだ名乗っていなかったな。私は冬堂香苗と言う。我が校の生徒会長だ」
それは過ぎるほど予想通りだった。この女子生徒、香苗以外の生徒が生徒会長なのはあり得ない。それほど、香苗と生徒会長というのはマッチしていた。
「えっと、その生徒会長さんが何の用ですか? 心当たりがないんすけど」
恐る恐る言った恭哉に香苗は一つ頷いた。
「うむ、当然の質問だな。実は黒崎、メイサ、私は君達に頼みがあって呼び出したんだ」
「頼み?」
そう言いながら恭哉は一つ引っかかったことがあった。今香苗はメイサのことを下の名前で呼んだ。それは、もう一人の西園寺と差別化を図るためではないか。
恭哉がそこまで考えたところで香苗が急に立ち上がり折り目正しく頭を下げた。
「君達に、未確認生命体対策局鶴島支部に加わって欲しいのだ」
ツルシマシブ? 恭哉は最初何を言われているのか分からなかった。頭が上手く回らず、先程まであった引っかかりもどこかに消えた。
そこでこれまで黙っていたメイサが口を開いた。
「やはりそう来ましたか」
「想定していたなら話は早い。加わってくれるか?」
顔を上げた香苗の切れ長の目に期待の色が見える。
「先ずは黒崎さんに説明をさせて下さい」
「それもそうだな。説明を任せても?」
「はい、黒崎さんの頭でも分かるように説明するのは大変ですから」
何の話をしているのかは分からないが、馬鹿にされている事だけは理解できる。恭哉の頭は決して悪くない。しかし、メイサと比べるとかなり劣る。生徒会長の香苗もきっと優秀なのだろう。悲しいことにこの場では普通の筈の恭哉が少数派だ。黙って受け入れるしかない。
言い返せずにいる恭哉の方にメイサが目を向けた。身長の関係上メイサが見上げる形になる。
「黒崎さん、局のことについて話したのを覚えてますか?」
「ああ、レイダー対策局だろ?」
つい先日聞いたことだ。流石に覚えている。正式名称は未確認生命体対策局。確かその局の人間は上昇志向が強いとも言っていた。
「はい、そのレイダー対策局ですが、局員になれるのは守護者の中でも優れた者だけです。局員の中にも階級はありますが、今は割愛しましょう。いくら局員達が優秀といっても時間的にも人数的にも限度があります」
恭哉はここまでは理解できている旨を伝える意味も込めて頷いた。局員達が守護者全体の何パーセントを占めているのかは知らないが、かなり少ないはずだ。それで全てのレイダーに対処できるとは思えない。
メイサが香苗に目をやって言った。
「そこで、冬堂さんのような支部局員が出て来るわけです」
「局員達のフォローをするわけか」
「フォローだけでなく局員の都合によっては単独で戦うこともあります。レイダーが野良であった場合殆ど単独で対処しますね」
メイサがそこまで言ったところで、香苗が口を挟んだ。
「その通りだ。あの住宅街のゴブリンは私達が倒す筈だったのだ。それなのにメイサ、君が勝手に割り込んだから……」
「いやーすみません」
言葉とは裏腹にメイサに反省している様子はない。そのやり取りを見て恭哉は一つ思い浮かんだことがあった。
「あの、西園寺と冬堂さんは知り合いなんですか?」
恭哉が見てきた限り、メイサは初対面の人間やそこまで親しくない人間には優等生然とした態度で接する。今のメイサはそうではなかった。
「うむ、私とメイサは知り合いだな。まあ、親しいとは言えないがな」
「まあ、一緒に任務にあたったのは数回でしたもんね」
「君はすぐに局員になったからな。しかも二位守護者にまでなった」
メイサはわざとらしく肩を竦めてみせた。
「今はただの守護者ですよ。支部局員の冬堂さんの方が立場は上です」
「そのようなことを言っても、籍は残ってるはずだ。本当に贅沢な奴だな君は」
「ちょ、ちょっとタンマ!」
恭哉は慌てて二人の会話を止めた。今もの凄いことをさらっと言わなかったか?
「黒崎、どうしたのだ?」
香苗がその意志の強そうな眉をひそめて言った。
香苗が守護者であることは確かに驚きだったが、それはこれまでの流れ上分かっていたことだ。問題は……
「西園寺、お前局員だったのか?」
驚き顔の恭哉に対してメイサは表情を崩さずに首を傾げた。
「あれ、言ってませんでしたっけ?」
聞いてねえよ!
恭哉は心中で叫んだ。メイサが局員だということは、守護者のエリートであるということだ。階級のことは分からないが、香苗の口振りからしてその局員の中でも上の方なのだろう。強いとは思っていたがまさかここまでとは。
「なんだ、黒崎はメイサが局員だと知らなかったのか?」
そう言った香苗は恭哉と同じく驚いた表情をしていた。
「はい」
「元局員ですよ。も・と。籍云々は関係ないです」
抗議するメイサを無視して香苗が言う。
「変わってるな君は。局員でもなければ、あれほどの数の正規兵のゴブリンを抑えていられるはずがなかろう」
「え、あの戦い見てたんですか?」
「うむ、黒崎が指揮官ゴブリンを斬るところも見たぞ」
恭哉は驚かなかった。一周回って何だか落ち着いてすらいた。
「それで誘ったんですね」
「そうだ。加わってくれるか?」
いつの間にか近くに来ていた香苗がぐっと顔を寄せてくる。恭哉は逃げるようにメイサを見た。メイサはすぐに口を開きかけたが一旦思案顔で何かを考え込み、その後言った。
「いいんじゃないですか。私も入ろうと思ってますし」
「じゃあ、入ります」
香苗はそう答えた恭哉の顔をじっと見た。何かを観察するような、恭哉の表情から考えを読もうとしているような見方だった。それに恭哉が疑問を持つ前に、香苗はすっと手を差しだして言った。
「では黒崎、よろしく頼むな」
「こちらこそよろしくお願いします」
「よろしくでーす」
握手をする恭哉の後ろからメイサが吞気な声で言った。それに気を取られて、恭哉は香苗から未だ向けられる探るような視線に気付けないでいた。




