第十三話 予想を超えろ
レイダー侵入から十分ほど経ち、遊園地内に散らばっていた守護者達が続々と恭哉達が戦う結界内に入ってきた。
「これは……!」
目の前の光景を見た守護者達の反応はそれぞれ異なっていたが、皆共通して驚きの表情を浮かべていた。
敵は正規兵のゴブリン二十体ほど、放出型が他の兵達を抑えている間に吸収型が指揮官を討つ。まさにセオリー通り。しかし、それは一個小隊、最低でも四人で戦う場合だ。援軍が来ずやむを得ない状況だったのかもしれないが、それなら二人並んでゴブリン達を結界から出さないことに従事すれば良い。たった二人でセオリーを遂行するなど正気の沙汰ではない。
あり得ない戦い方をしていることに加えてもう一つ驚くべきことがある。それはこの戦況が成り立っていることである。
メイサは多くのゴブリン達を冷静に抑えている。付かず離れずの距離でひらりひらりと攻撃をかわしながらハルバードのリーチを生かした一撃で敵を牽制する。一方恭哉は指揮官ゴブリンに対し一歩も引かずに戦っている。
どちらもきちんと役割を果たしているからこそ、二人で二十もの正規兵を相手にしても戦えている。それが守護者達を驚かせているのだ。
「あれは西園寺の娘か!?」
「あの魔女め……! 俺達の手柄を」
「前線には出て来てないと聞いていたが……」
「指揮官とやっているのは誰だ?」
「吸収型のようだが、見たことがないな」
そういった会話を続けながらも、守護者達は気を抜いていない。戦闘に割って入ろうと隙を探している。しかし、一人として踏み出す者はいない。
時折こちらに向けられるメイサの冷たい視線が容易に参戦してくることを許さないのだ。メイサの目は、入ってくるなとは言ってない。入ってきてもいいが、決して邪魔はするな。漁夫の利を目論んでいたずらに今の絶妙なバランスを崩すくらいなら、そこで見ていろと言っている。
「くっ、あの小娘め」
「我々に向かって何て目を……!」
「しかし……」
「ああ、手を出さん方がいいかもしれんな」
それは、この場にいる守護者達が皆思っていることであった。
そんな守護者達の考えとは裏腹に、恭哉は焦りの表情を浮かべていた。
「こいつ……!」
恭哉の斬撃をゴブリンの盾が防ぐ。そして返す刀を放つが、それもまた盾に弾かれる。恭哉の攻撃は苛烈だ。端から見ると、指揮官ゴブリンに対し恭哉が優位に立っているように感じるかもしれない。しかし、それは違う。恭哉は攻めているのではなく、攻めさせられているのだ。
両者をよく見比べてみると、恭哉は腕や肩、足などに浅い傷を負っている。しかし、一方のゴブリンは無傷だ。
「ぐっ」
恭哉の連撃の隙を狙ったゴブリンの長剣が恭哉の左肩を切り裂いた。トップスピードの一撃を防がれてからずっとこの繰り返しで、致命傷を受けてないのが不思議なくらいだった。攻めているのは恭哉なのに、ダメージを受けているのはこちらの方でゴブリンには攻撃がかすりもしない。
何故こうなっているのかは分からない。強いて言うなら、経験の差だろうか。気付いたらゴブリンの思いのままに攻め、攻められている。
結界内には守護者達が入ってきているが、助太刀してくれる様子はない。今のバランスを崩すことを危惧しているのだろう。
指揮官ゴブリンから大きく距離を取り、一つ大きく息を吐く。加勢が望めないなら、もう割り切ってやるしかない。
「俺の体が持つかが問題だけどなっ」
地面を踏み砕き、一気に距離を詰める。そして、両手で持った『紅蓮』を振り下ろした。ガギンと音がして盾で防がれる。
「るあっ」
恭哉は盾の上からでも構わず刀を振るった。防がれるのは気にしない。反撃する間もないほどの連撃を繰り出し続ける。
「ああっ!」
残った体力も気にしない。相手は強い。恭哉が何をやっても予想の範疇だろう。恭哉の狙いはただ一つ、その予想を超える。勝機はそこにしかない。
太刀筋も何もない。とにかく斬る。斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る!
「ギギギギィ!?」
指揮官ゴブリンが苦しげに声を出すが、恭哉の耳には入っていない。
「んああっ」
もう何回目かも分からない斬撃で、ついに指揮官ゴブリンの盾が砕け散った。持ち手だけを残し、盾としての形を為していない。
「ギギ!?」
まさか壊されるとは思ってなかったのだろう。指揮官ゴブリンは驚きの声を上げる。そして、無造作に突きを出した。酸素不足で朦朧とする意識の中、恭哉の目は何故か鮮明にそれを捉えることができた。
来た!
それまで場を支配し、恭哉を意のままに動かしていたのは指揮官ゴブリン。しかしこの突きは唯一恭哉が引き出したものだった。これは二度とない好機だ。
鈍い突きをかわしながら恭哉は敵の長剣の下に刀を滑り込ませた。そして十分に引き付けたところで体をひねり刀を振り抜いた。確かな手応えを感じる。
ゴブリンの生態に詳しくない恭哉はその表情を正確に読むことはできないが、指揮官ゴブリンは驚いた顔をして消えていった気がした。
「……!」
指揮官ゴブリンが完全に消滅したのを確認すると、全身に急激な疲労感がして、恭哉は堪らず膝をついた。目眩が止まらない。地面が回っているようだ。こんなことは初めてでどう対処すればいいのか分からない。
戸惑う恭哉の背中にそっと手が添えられた。メイサだ。
「先ずは呼吸です。大きく深呼吸をしてください」
そういえば随分前から呼吸をしてなかった気がする。恭哉は言われたとおり呼吸をしようとする。しかし、咽がヒューヒュー鳴るだけでうまく息ができない。
「なん、だこ、れ」
「喋らないで。ゆっくり息を吐いてください。ゆっくりですよ」
メイサの声は今まで聞いたこともないほど優しく慈愛に満ちていて、本当にメイサの声なのかと疑いそうなほどだった。
息を吐くと、不思議と楽に息が吸える。体中に酸素を送り込むように息を吸う。脳に酸素が行き届いたようで目眩は大分収まり、恭哉の視界は徐々にクリアになっていった。
「すまん、助かった」
「いえ」
「他のゴブリン達は?」
「逃げていきました。指揮官を失ったので、賢明な判断です」
「……そうか」
ゆっくりと立ち上がり周囲を見回す。離れたところからこちらを見ていた守護者達もいなくなっている。見えるのは遊園地内のように見えて実はそうではない景色だけだった。
ちらりと隣に立つメイサに目を向ける。メイサは恭哉を支えるためか寄り添うようにして前を向いている。視線に気付いたメイサが顔を上げた。
「何か?」
「いや、何かしおらしいなと思ってな」
普段のメイサなら、ふらつく恭哉をからかうことはあっても支えようとはしないだろう。恭哉はそこに違和感を持った。
メイサは小さく首を傾げる。
「そうですか?」
「いつもより元気がないというか、怪我でもしたか?」
「いえ、無傷です」
あの正規兵ゴブリン二十体を相手に……さいですか。
「俺はボロボロだ」
恭哉は自分の切り傷だらけの体を見て言った。ただの自虐のつもりだったが、メイサは皮肉と取ったのかすっと目を伏せた。
「すみません……」
「いや、別に謝らなくても……ほら、やられたのは俺弱かったからだし」
な、なんだこれ。何か変な薬でも飲んだのか? 素直に謝るメイサに恭哉はただただ戸惑った。
そんな恭哉にメイサはきっぱりと言った。
「いえ、あのゴブリン達、特に指揮官は正規兵の中でもトップクラスの実力でした。黒崎さん一人に戦わせたのは私のミスです」
「俺達は二人だけだった」
「それでも、もっとやりようはありました」
「結果的には勝った」
「それは結果論です。なんの覚悟もなしに戦場に立った……そんな自分が私は許せないのです」
メイサの声は大きくなかった。寧ろ小さかった。もしここが結界の中ではなく賑やかな遊園地だったら、恭哉は聞き取れなかっただろう。それなのに、恭哉の胸にはすっと入ってきた。
気づけば言葉がこぼれ始めた。
「けど、俺は西園寺が後ろにいてくれて良かったと思う。お前じゃなかったら安心できないし、お前だったからあのゴブリンも倒せたと思う。つまりだな、えっと……」
あれ、何が言いたかったんだっけ?
勢いだけで話し始めたため、恭哉は話の着地点を見つけられない。
そんな恭哉をメイサは少しの間目を大きくして見た後ポツリと言った。
「分かりました」
「え、何が?」
言葉を探すのを中止して問い掛けると、メイサはにっこりと笑った。それはいつもの人を小馬鹿にしたような、しかし少し違う気がしないでもない笑顔だった。
「黒崎さんは変人なんですね」
「は? 何が言いたいか分からないんだが」
「ふふっ、私が分かっていればいいんですよ」
いや、良くないだろ。そう言いたかったが、恭哉は黙っておいた。やっといつも通りになったのだ。余計なことは言うものじゃない。




