第九章 相談 ─ ロッカーの中の男 ─
気づけば私は、暗くて狭い場所に閉じ込められていた。
手足は縛られ、タオルらしきもので口を塞がれていたので、声を出すこともできない。
どうやら私は気絶したのちに、どこかへ閉じ込められたようだ。
(まいったな……)
状況がわからないので、とりあえず静かにしていた。
すると、私を閉じ込めている空間の向こうから、かすかに人の声が聞こえることに気づく。
「さっさと金出せやぁ!」
中年男らしき声。何とも、物騒な台詞である。
(……ま、考えることはみんな同じですな)
猿ぐつわを噛ませられているので、ため息はつけなかった。
この向こうでは、私と同じことを考えた誰かさんが、お金を奪おうと必死なのだ。
そう。私もこの店のお金を盗もうとした、コソドロだったのだ。
時はほんの、数十分前にさかのぼる。
ほんの出来心だったのだ。本当に、たまたまだったのだ。
秋風が気持ちいい今日、鼻歌を歌いながら町中を散歩していたら、通りかかった道端に「CLOSE」と書かれた薄いプラスチック看板が落ちていたのを見つけた。なんだろう、とそれを持ったら、すぐ横に階段がある。
その階段は上に続くものであり、どうやらそこから転がり落ちたようだった。
なんとなく上がってみたら、小さな喫茶店の扉があった。
こんなところに喫茶店とは、と驚いてドアノブに手をかけてみると、なんとまあ、キィ……と開くではないか。
「あの、看板が外に落ちてましたよ」
小さな声でそう言いながら、中に顔を入れる。
すると、店内はカウンターにしか電気がついておらず、人気がない。開店作業中だからかなと中に入ってみたが、誰も出てこない。シンとしている。人がいない。
(……これは、仕事できちゃうかも?)
じつは私、しがない泥棒をしております。
なんて心でフフフと笑みをこぼして、中にそっと足を踏み入れた。
もう一度「すみませーん」と大きな声で言ったけれども返事はない。無用心ですねぇ。
「では、お邪魔します」
泥棒としての礼儀の挨拶を小さくこぼし、カウンターに近寄った。
旧式のレジスターに手を伸ばした──その時だった。
「おいっ、そこから金を出せ!」
若い男の声が、背後から聞こえた。それと同時に、私の頬横にナイフが姿を現す。
小さく振り返ると、パーカーの帽子を深くかぶった背の高い男が、私を見下ろしていた。
元来臆病で、痛いことや喧嘩は苦手な私。慌ててつい、足がもつれてしまった。
「ひえええ!」
もつれた足はカウンターの段差に引っかかる。そして私はよろめくと、ゴンッといい音を立てて頭をどこかにぶつけた。
そうして私は、気を失ってしまったのであります。
という内容の話を、ロッカーの中から助けてくれた人々にざっとしたところで一息ついた。
ふぅ。ずっと猿ぐつわをしていたおかげで、少々口元が痛い。
私にナイフを突きつけロッカーに押し込めたあの男は、ロープで縛り上げられており、店の隅の壁にもたれて不満げな顔をしていた。なぜかさっきと服装が違っており、従業員のような白シャツに黒いエプロンを身につけている。
「じゃあ、お前が店長じゃなかったのかよ!?」
なんて吠えるように言ってきたので、「そっちが勝手に勘違いをしたんじゃないですか」と答えると、やつはギッと私を睨んできた。おお、怖い怖い。
「じゃあ、あいつは一体どこに……」
私を最初に見つけてロッカーから出してくれた、同年代くらいの出っ歯な男が眉を下げてつぶやいた。
「あの店長のことだから、寝坊でもしてるんじゃないですかね」
ここの従業員らしき少年は、ブー垂れたようにそう答える。
「なんか、ややこしくなっているなぁ」
精悍な顔つきの強盗退治をしたスーツ姿の男は、悩ましげにつぶやいた。
そんなみんなに対して、私はちょっと声をかけてみた。
「あの、すみません。ご相談があるのですが」
するとみんなは「ん?」とこちらを見た。
解いてもらった手足をさすりながら、私は笑ってみせる。
「このことは店長さんには内緒にして、みんなでお金を分けちゃいませんか」
ロッカーの中で、ことの成り行きを聞いていた私は自信を持ってそう提案した。
すると、案の定みんなは「はあ!?」と呆然とした声を出した。
しかし私は落ち着いて、この提案がどれほど理にかなっているかを訴える。
「だってここには、お店の方はいないじゃないですか」
「な、何を言っている! 小野寺くんはここのバイトだぞっ」
出っ歯男は「小野寺あずま」と書かれた名札をつけた少年を指さすが、私にそれは通用しない。
「所詮、バイトでしょう。むしろこの子が内緒にしてくれると、一番手っ取り早い」
しかし出っ歯男は、クワッと目を剥いてくる。
「バカ言え、警察の前でよくそんなこと言えるな!」
今度は、反対側に立っていたスーツ姿の男の肩を抱く。
引きつった顔をしたスーツ男を見て、私はやれやれと息を吐いた。
「そいつのどこが、警察だって言うんですか。ニセモノでしょ、どうせ」
「うっ」
私がそう言うとやはり、スーツ姿の男はたじろいだ。
前科者で何度か警察にお世話になった私だから、何となくわかる。この男は警察なんかではない。
この男は警察にしては、あまりにも純粋すぎる雰囲気を持っている。というか本物の警察ならば、あの縄で縛られている男はすでに、御用となって連れ出されているだろう。
「え、警察じゃないんですか!?」
出っ歯男がそう言うとスーツ姿の男は、
「……はい。ちょっとノリでやってしまいまして」
とシュンとなる。青菜に塩、正直者の嘘には指摘を、ってやつですね。まったく、嘘をつくくらいなら、もっと顔の面は厚くしておかねばならないというのに。
そんなふうに考えていると、またカランコロン、と音を立てて喫茶店のドアが開かれた。
ああ、しまった!
こいつらがウダウダやっているから、また人が来てしまったじゃないか!
しかしその入ってきた人物を見て私は、らしくなく驚いてしまった。
入ってきた人物は、二人。髭もじゃ眼鏡のハゲ男に、高校生くらいの若い男の子。
後者の男の子がこの従業員の少年と、瓜二つの顔をしていたからだった。
◇ つづく ◇




