第十章 驚愕 ─ 小野寺 あずま ─
俺、小野寺あずまにはコンプレックスがある。それは自分の、女顔だ。
二卵性双生児の相方であるみなみは女だからいいとして、男の俺としては不満たらたらだ。だから腹いせにみなみに意地悪ばかりしてしまうのは、まぁ致し方ないことだろう。
言っておくが俺は、女好きだ。とくに美人さんには目がない。
そんな俺が、クラスのマドンナである玲奈ちゃんとのデートにありつけたのだって、この女顔にへこたれずに肉食系男子としてアタックし続けた成果である。
なのに。
それなのに──である。
(……玲奈ちゃんの、バカヤロウーッ!)
怒り心頭に発す!
俺は鬼の形相で、バイト先である喫茶店『グラーチェ』へと向かっていた。ドスドスと象のごとく足を鳴らして進む俺に、まわりから冷ややかな視線が集まる。
だけど知るか、そんなもん。
(何が……何が『メイドさんやってみない?』だ!)
玲奈ちゃんはよりにもよって、この俺を彼女の知り合いが経営するメイド喫茶のメンバーに誘った。なぜメイドだ、男なら執事とかだろうに!
ムカッ腹が立った俺は、しかし冷静に彼女に「ちょっと、お腹が痛いから帰るね」と慌てて退散した。怒声を浴びせなかっただけでも、感謝してほしいもんだ……ったく。
(こんなことなら、みなみと代わらなくても良かったのにな)
俺を待っているだろうみなみとバイトを代わるため、俺は『グラーチェ』へ向かった。
高校生になってから始めた俺のバイト先であるそこの勤務内容はゆるく、キャラの濃い店長との空間も居心地がいいため、こんな俺でも続けられている。
大学進学をしたあかつきには、バイトで貯めた金で一人暮らしを始めるのが俺の当面の目標だ。
(一人暮らしを始めたら、彼女作ってラブラブするんだ〜)
この夢が、今の俺の原動力である。
ムカつていても仕方ない、楽しいことを考えよう。
そんなことを思ってニヤニヤしているうちに、バイト先が近づいた。
喫茶店『グラーチェ』が二階にあるビルを、なんとはなしに見上げていると、ふいに誰かが俺にぶつかった。
「うわ!?」
ビル横の隙間から、突然男が現れてぶつかってきたのだ。
その男はキャップ帽を目深に被っており、サングラスとマスクをしていた。何とも怪しい風貌である。
そそくさ、という言葉が合いそうな仕草で、そいつはすぐに去って行った。
「なんだありゃ」
謝りもせず立ち去るとは、無礼なやつである。
せっかくおさまりかけていた腹立ちが、ぶり返しそうになった時だった。
「あれ、小野寺くん?」
次は、背後から声をかけられた。
「え、店長?」
バイト先の店長である宮田さんが、そこにいた。
相変わらず、まぶしい頭と眼鏡を光らせて、無精ひげをさすっている。
「なんで店長がここにいるんすか?」
「なははは、寝坊しちゃってー」
まったく悪びれる様子もなく笑う店長。さすが、個人経営のゆるさである。
やれやれ。ということはみなみ、店にも入れなかったな、きっと。ふて腐れて帰ってしまったかもしれない。ドッキリ失敗か。
苦笑しつつも、店長と並んだ。
すると店長が、肩をさすっていた俺にきょとんと声をかける。
「あれ、肩どうかしたの」
「ああ、さっき変なやつがぶつかってきたんですよ」
帽子にサングラスにマスクと怪しい風貌だった、と言葉を続けた。
「どっか強盗にでも入るんすかね」
店へ続く階段を上がりながら、冗談めかして言う。後ろからついてくる店長も、ワハハと笑った。
「なははは。まさか、強盗なんて。……強盗…………」
そこで店長はしばし黙り、足を緩めた。
「あ。……忘れてた」
「へ?」
背後でこぼされた店長のつぶやきを拾えず、振り返る。そんな俺の前に体を入れて、扉の前に店長は立った。
「はは、いやいや。何でもないよ」
そうしてズボンのポケットから、店の鍵を取り出す。しかし店長が鍵を差し込む前に、俺はあることに気がついた。
「あれ? クローズの看板がないっすね」
「本当だ。……あれ?」
店長は、手をかけたドアノブがまわることに気がつき驚いた。俺も驚く。だってこのドアノブは、鍵が閉まっていたら回らない仕組みなのに。
「かけ忘れてたかな?」
店長がつぶやきながら中に入る。俺も一緒に、店内へ入った。すると。
「え!?」
と、俺と店長のまぬけな声が店内に響いた。
なぜなら、店内には多くの人々がいたのだ。
ざっと数えても五人。その中には、なんと制服を着たみなみもいる。
一人の男がなぜか紐で拘束されており、床に座り込んでいる。それを囲むように、他の四人は立っていた。
あれ、何の儀式? それともプレイ?
「な、なんだこれ!?」
さすがの俺も、これには慌てる。
よく見たらその中には、常連客もいるじゃないか。
「あずま、遅い!」
奥にいたみなみが、怒った様子で俺に近づいてきた。
店長以外は俺が双子とは知らないから、似た顔がならんで困惑したように、交互に俺とみなみを見ていた。
「みなみ、何これ?」
「強盗と泥棒のダブルブッキングよ!」
みなみは訳のわからないことを言う。
とりあえず、あの縛られている男が悪者ってこと?
まだハテナが頭に浮かぶ。俺の横で、店長がゆらりと体を揺らめかせていた。
「な……な……んで……」
お気楽店長も、さすがの事態に動揺しているらしい。
当たり前か。自分の城である喫茶店に、こうも他人がうじゃうじゃいたらな。
なんて考えていたら。
「……お前、高志……?」
店長の口から、聞き慣れない名前がこぼれた。その視線の先には──縛られている若い男。
そいつも驚愕を顔に貼りつけて、店長を見ていた。男は幽霊でも見たかのように、声を震わせる。
「……お…………親父?」
その言葉に、俺を含めた他の人物は、一斉に縛られた男を見たのだった。
◇ つづく ◇




