第七章 正義 ─ 室山 誠司 ─
俺、室山誠司が小さな頃から憧れていたのは、正義の味方である。
弱きを助け強きをくじく。いつだってヒーローは真っ直ぐで、弱い者や正しい者の味方であり、悪いことや間違ったことをしている者を見逃さない。
だから、俺も見逃してはならないのだろう。
今、目の前に現れた悪しき存在──ナイフを手にして弱々しげな少年を人質としている強盗──を。
「何をしている、貴様!」
カッと目を見開いた俺の脳裏に、尊敬する正義の特撮ヒーロー、仮面ポリスマンの姿がかすめた。
俺の幼少期の頃から正義を貫く、漢の中の漢である正義の味方だ。
昔からテレビの中で胸が熱くなるような台詞とアクションを繰り広げ、俺を魅了してやまない永遠のヒーロー。ずっと憧れていた。
だから、警察官を目指して頑張っていたわけだが。
「観念しろ! 俺は警察だ!」
そう言った俺に対して、強盗は身を硬くしたようだった。
──ああ、仮面ポリスマン。あなたは今の俺を、はたして正しいと言ってくれるだろうか。
だって、この手帳は仮面ポリスマンのおもちゃであり、俺のお守り的存在なだけなのだから。
そう。俺は警察官ではない。警察官になれなかった、ただの平凡なサラリーマンなのだ。
そもそも、俺がこの喫茶店の常連となったきっかけも、仮面ポリスマンだった。
仮面ポリスマンには、行きつけの喫茶店というものがあった。そこのマスターと楽しげに会話をしているところに様々なピンチが舞いこんで、仮面ポリスマンが出動する──というのが、基本的な話の流れである。
そんな仮面ポリスマンに憧れて、ここの喫茶店に通っていたのだ。ここのマスター(店長ではない。俺はあくまでマスターと呼ぶ)は仮面ポリスマンに出てくるマスターに似ていたので、まさに運命と思い通っていたのだが……。
(それがまさか、こんなことになっているなんて!)
人質になっているあの少年はたしか、たまにいるバイトの子だ。
何だか弱々しげな表情で、しかし手帳をかざした俺にかすかな希望を持ったように、こちらを見ている。
(俺が……俺が助けてやるからな!)
出入り口からカウンターへ向かおうとする俺に、慌てて強盗はナイフを向けてきた。
「近寄るんじゃねえ! 人質が目に入らないのか!」
「くっ……」
そうされると、さすがに俺の足は一瞬ひるんでしまう。
すると、カウンターの前にいたおじさんが俺に近寄ってきた。
たしかこの人も、この喫茶店の常連だった気がする。カウンターに置いてある、リボンやら色紙が飛び出しているピストルも気にはなったが、その前におじさんが小さく俺に言った。
「僕があいつの気を引きましょう。その間におまわりさん、頼みます」
その言葉に、息を飲んだ。
なんとこの人は、俺に協力をしてくれるというじゃないか!
胸がカッと熱くなる。
俺はとっさに嘘をついてしまったが、この胸に宿る情熱は嘘じゃない。
仮面ポリスマンに憧れて、柔道や空手、合気道などは一通り学んできたのだ。結局、警察官採用試験に三年連続で落ちてしまって、諦めて今はサラリーマンとなってしまったが……でもその精神だけは、しっかりと忘れてはいない。
そう。今だって胸に刻んでいる、あの名台詞。
『正義と共にあれ!
お天道様と正義がいつだって、お前を見守っているぞ!』
仮面ポリスマンの声が、俺を奮い立たせる。
俺はおじさんに向けて、小さくうなずいた。
今すべきことは、ただひとつ。
人質の少年を解放し、目の前の強盗を抑えることだ!
「ち、近寄るな!」
強盗はナイフで追い払うように振っている。
さいわい向こうは、突然現れた俺にビビっている様子だ。
ふはは。普段から鍛えたこの身体も、無駄ではなかったようだな!
と、その時。
「お、小野寺くんを離せ! この強盗野郎!」
おじさんがカウンター越しに両手を差しだし、小野寺くんと呼ばれた人質の少年の腕をつかんだ。
少年は驚き、小さく悲鳴をあげた。強盗は「こ、こいつ……!」と焦っている。
俺はすぐにカウンターに片手をつくと、その腕を支えにして体ごとカウンターに飛びこんだ。
「てやああぁ!」
と叫んだ俺に驚いた一瞬の隙をつき、強盗の手からナイフを叩き落とした。
柔よく剛を制すとは、このことだ。
どんなに鋭利なナイフを持っていても、上手く扱えなければ意味はない。
落ちたナイフをすぐに、カウンター外へとそのまま蹴飛ばした。それはクルクルと円を描いて、遠くへ行ってしまう。
少年はおじさんに引き寄せられて、すぐに強盗から離れた。
俺はひるんだ強盗の腕をそのままひねり上げて、カウンターにねじ伏せることに成功した。
しかし、簡単に安心してはいけない。
俺は呆然としているおじさんと少年に大声で指示を出した。
「早くなにか……こいつを縛れるものを!」
「お、おう!」
人質になっていた少年は、すぐに動けなかったのだろう。おじさんが応じて、慌てて自分の荷物を探ったり、店の中をキョロキョロ見渡したりした。
その間少年は、口をポカンと開けてこちらを見ている。しばらくして、小さくつぶやいた。
「……か、格好いい……」
ありがたいことに、そんな風に言ってくれるとは。
ははは。この子にとって今、俺は仮面ポリスマンのような正義のヒーローに見えているのかな。
(ついノッて、やってしまったなぁ……)
今さらながらに、なぜあんな嘘をとっさについてしまったのかと少しだけ小さく胸を痛める。
仮面ポリスマン──どうか今回だけは、見逃してくださいませんか。
◇ つづく ◇




