第二章 強盗 ─ 強盗男 ─
俺、阿久津洋は焦っていた。
マスクとサングラスで表情が隠れていてよかったと、心底思う。
ピストルを向けているせいで、目の前の従業員二人は両手を顔の横にまで挙げて、降参のポーズを取っていた。
しかし、安心したまえ。
このピストルは、おもちゃなのだ。
そして俺はじつは、強盗なんかではないのだ。
マスクの内側で小さく舌打ちをもらしたのは、金を出さない店員に苛立ったわけではない。ある人物の不在に、不満を抱いたからだ。
(……ったく、あいつが何でいねぇんだよ!)
ハゲ頭かつ髭もじゃ眼鏡という、個性あふれる友人の顔を思い浮かべる。が、「いや〜悪いね。なははは」と想像でも腹立たしく言ってきたので、すぐにもみ消した。
この店の店長である宮田吾郎は、俺の古い友人であり、悪友である。
そう。これは──ドッキリなのだ。
宮田とは、大学時代からの古い友人だ。お互いに五十歳となった現在でもその交流は続いており、「ようハゲ」「よう出っ歯」なんて言い合っている。ちなみに俺が出っ歯だ。
三年前に宮田がこの喫茶店を開いてからは、俺もよく来て売上に貢献してやっている。目の前にいるバイトの小野寺くんも、よく知っている仲だ。
ただ、サングラスをしているせいだろうか。いつもの小野寺くんとは、ちょっと雰囲気が違うように見えた。
(ピストル落としちゃったから、慌ててドッキリ始めちゃったけどさ)
本来ならばこのカウンターには、宮田と小野寺くんが立っていたはずだ。それなのに、今俺の目の前にいるのは、小野寺くんと知らないもう一人の男である。
知らない男は従業員用のシャツとエプロンをつけているため、どうやら新人さんのようだと推測した。
(宮田のヤロウ、こんな日に新人を入れるんじゃねえよ!)
でも、あいつならそれもやりそうかな……とも思えてしまう。
宮田の性格を表す言葉にしっくりくるものといえば、のらりくらり、行き当たりばったり、いたずらっ子……そんなものである。
思いつきで、俺とドッキリをしようという日に、新人を入れてそいつも驚かしちゃおう──なんて考えそうなものだ。
(そんなんだから、妻に逃げられるんだろうなぁ)
若かりし頃、大学卒業とともに年上女房と結婚し、一年後にスピード離婚した宮田。その後バックパッカーとして海外を放浪としたやつが、今こうして喫茶店経営しているなんてのも不思議なものである。
……なんて、のん気に宮田の人生を思い返している場合ではなかった。
俺には、現状をどうにかしなければいけない義務がある!
(と、とりあえず打ち合わせどおり、金だけレジから出させるか)
ドッキリの内容はこうだ。
小野寺くんに強盗の対応をさせて、レジを開けさせる。お金をレジから出して渡した瞬間、俺はピストルを打っておもちゃだと判明する──そこでドッキリのネタばらし。驚いた小野寺くんの顔を楽しんでおしまい、という魂胆である。
宮田と同じくらい、面白いこと好きで飄々としている小野寺くん。そんな彼の驚いた顔を見たいと思ったのが、このドッキリに乗っかった理由でもあった。
(そうしている間に、宮田が帰ってくることを祈る……!)
そう考えながら、俺はおもちゃのピストルをそれらしく揺らめかした。
「ほらほら、早くしな坊主!」
別にゆっくりでいいんだよ、小野寺くん。
内心ではまったく反対のことを思いながら急かしている俺に、小野寺くんは珍しい困り顔でうなだれている。
突然彼は、とんでもないことを言い放った。
「あの、僕……レジの開け方知らないんです」
「へ!?」
「え!?」
思いがけない言葉に、俺も新人くんも素っ頓狂な声をあげた。
レ、レジの開け方知らないって……どうしたんだい小野寺くん!? いつも、俺の会計をしてくれているじゃないか!
(も、もしや強盗襲撃による混乱で一時記憶が飛んでる? それとも、お金を守るために?)
つい、こちらまで混乱してしまう。
ええっと……本物の強盗なら、こういう場合ってどう対処するんでしょ。
たらりと汗が落ちそうな俺に、それまで黙っていた新人くんが声をあげた。
「……あの」
ボソリ、と低い声で彼はつぶやく。
「そのピストルで、レジ撃っちゃえばいいんじゃないですかね」
「は!?」
「そしたら衝撃で開くかも」
いやいや、とんでもないことサラリと言うなこの子!
何言ってんの、無理無理ムリ!
だってこれ……おもちゃだもん!!
◇ つづく ◇




