第一章 始まり ─ 従業員の少年 ─
それはまあ、よくある話といえる。
人気のない、寂れた喫茶店。
カウンターの中には、直立している従業員が二人。
彼らが対面している先は、ピストルをかまえたマスクとサングラス姿の男が一人。
監視カメラもない小さなお店を狙った、襲撃強盗だ。
ままよくある、よくある話である。
ひとつ、この場にいる全員が嘘つき──という点を、のぞいては。
・ ・ ・
テレビでしか見たことのないそれは、思いのほか小さく感じた。
カウンター越しに立つ目の前の男が、両手で握りしめてこちらに向けている物。
一体、この日本でどうやって手に入れた!? と問いただしたくなる武器──ピストルだった。
警察ドラマや任侠映画などでしかお目にかかれないであろうそれは、自分の生活圏内からはほど遠い位置にあったはず。北極のシロクマや南極のペンギンのほうが、動物園で会えるのだから近いぐらいだ。
頭の中で、シロクマとペンギンが仲良く手招きをして、コサックダンスを披露してくれた。ああ、かわいいな。
しかし現実逃避を脳内でおこなっても、現状は変わらない。
かすかに外から聞こえるのは、車の往来する音と人の声。きっと誰もが、この喫茶店でこんな事態が起きていることなど知らずに、日常の喧騒に溶けこんでいくのだろう。
ここは何の変哲もない、ごく普通の喫茶店。
いや、普通の喫茶店よりも、うら寂しい廃れた喫茶店だといえる。
マンション経営をしている店長の趣味で運営されているここは、こじんまりとした小さなビルの中にあり、しかも二階に位置する。
そのため「こんなところに喫茶店あったの?」と来た客にはよく言われ、そして静か過ぎるここは居心地が悪いのか、リピーターは少ない。「秘密基地っぽくて穴場なのに、どうして来ないんだろうねぇ?」なんて店長は言うが、おそらく店長の見た目も起因していることは、彼には内緒だ。
そんな店長は、こんな時にかぎって買い出しのため不在。
大切な従業員の目の前に、ピストルをかまえている強盗がいるというのに、だ。
マスクとサングラスのせいで、どんな顔かはわからないが、見えている肌質からすれば中年くらいだろうか。
しかも……。
(一緒にいるの、新人さんだし)
ちらりと横を見れば、自分と同じように両手を上げている若い男が立っていた。
今日入ったばかりのこの新人。背が高く整った顔立ちをしているが、その額に汗を一筋垂らしていそうな今の表情は、あきらかにこの状態に狼狽している。
でも、そんなのはこちらだって同じである。
直立不動となってしまった、二人の従業員。
そんなこちらにしびれを切らしたのか、目の前の強盗男はピストルを揺らめかして怒鳴った。
「おい! さっさとレジ開けて、金出さんかい!」
「は、はいぃ!」
思わず、情けない返答が口から飛び出た。
でもでも、それは無理なのだ!
だってなぜなら、自分はこのレジの操作方法を知らない。どうやったらレジを開けられるのか、わからないのだ。
(だって……だって私、弟と入れ代わっただけだもん!)
私は届かぬ悲鳴を心であげて、脳裏に浮かぶ弟の顔を睨みつけた。
そう──あれは、一時間前のことだ。
私、小野寺みなみの双子の弟であるあずまが、ノックもせずに部屋に入ってきたことが発端だった。
「バイトを代われって?」
「そう! お願いだよ、みなみ〜!」
猫なで声を出しながら両手を合わせたあずまは、少しも申し訳なさそうに見えない困り顔を作る。
あずまは高校に上がってから、近所の喫茶店でバイトを始めていた。春先から始めて、今は十月。飽きっぽい性格のあずまが、半年も続いていることはなかなかに珍しいことだった。
今日はどうしてもずらせられない予定を入れてしまったとかで、バイトを代わりに出て欲しいなんて頼んできた。
しかも、その条件に。
「あずまに変装!?」
「そ。俺らまだ体型も似てるし、大丈夫っしょ」
それは暗に、私の胸が小さいと言いたいのか! と憤慨してしまう言い分だ。
昔から私に対して、あずまって傍若無人なところがあるんだよね。頼みごとをしている立場のくせに、人を食ったような顔をして笑っているところが、なんとも腹立たしかった。……が。
「せっかくなら、あの店長驚かしてやりたいんだよ。俺とみなみが入れ代わってたら、さすがのあの人も驚くだろ? みなみも見てみたくない?」
「うーん……」
その言葉を聞いて、たしかにそれは見てみたいかも……と思ってしまった。
あずまが働いているバイト先の小さな喫茶店『グラーチェ』。そこの店長は相当の変わり者で、面白い人なのだ。
髭もじゃ眼鏡のスキンヘッド。毛の配分を間違えているような風貌は喫茶店には似つかわしくないが、話せば面白い人物だった。学生バイトのあずまとも気が合うくらいに中身は若々しくて、たまに私もコーヒーを飲みに行って仲良くさせてもらっていた。気さくなおっちゃんといった感じである。
あの店長へのドッキリか。それはたしかに、面白そうかも。
……なーんて思ってしまったのが、間違いだったのだ。
サラシを巻き(あずまは必要ないと言った。むかつく)、髪の長さは似たようなショートだったのでワックスをつけてあずまと同じようにし、簡単な仕事内容を教えてもらった私は、ちょっとドキドキしながらここに来た。
それなのに、店長は買い出しで不在。しかも、今日付けで入ってきた新人が途方に暮れて待っていたのだった。
まったく、あずまも店長も適当すぎるんだから!
そんなふうだから、この喫茶店はいつも人がいないのだ!
心の中で届かない悪態をついていると、目の前の強盗男はまた、ゆらゆらとピストルを揺らめかせた。
「グズグズするな坊主! ほら、さっさとしやがれ!」
「は、はいぃ……」
ううっ、もういやだ!
ていうか私、坊主じゃないし!
女だし!
◇ つづく ◇




