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第十三章 落ちる ─ 小野寺 みなみ ─

(もう、今日は一体何なのよ……)


 外へ無事に出られた私は、ホッと息を吐いた。


 どうやらこの火事は一階から移ったものらしく、階下はほぼすべて燃え盛っていた。

 外に出れば人だかりができていて、出てきた私たちに驚きの声をあげた。まさか、まだ人がいるとは思っていなかったのだろう。


 それにしても、一階はたしか、募集中の空きペナントだったはず。どうして、そんなところから火が出たのだろう。


「こりゃひでぇな。でも何で、一階から火が出たんだ?


 となりに立つあずまも、どうやら同じことを考えていたらしくそんなふうに呟いていた。


 消防署にはもう連絡したからすぐに来るはず……と野次馬のおばさんが教えてくれたけれど、早く来ないかな。まぁ、みんなが無事に脱出できたから良かったんだけどさ。


「あれ、宮田がいないぞ!?」

「え?」


 あのドッキリをしてくれた偽物強盗のおじさんが、突然声をあげた。

 彼はとなりのコソドロおじさんが逃げないようにしっかりと首に腕をまわしながら、キョロキョロと野次馬や私たちを見渡している。


 宮田って、店長の苗字だよね。

 店長……たしかにいない!?


「あ、あの強盗さんもいない!」


 ハッとイケメン強盗の顔も思い出して、私はそう叫んだ。


 消火器でまだ火を消そうとしていたあの警察ではなかったお兄さんが、空になったそれを地面に投げ捨てながら私の方へ駆けよって来た。


「え、なに!? まだ出て来てない人がいるの?」

「はい、店長とあの強盗さんが……」


 汗できらめく彼の顔を見上げながら、私は答える。

 うわわ、顔が近い近い!


「そうか、息子さん縛られていたから、助けるために残って……」


 彼は眉間にしわを寄せて、二階のお店を見上げた。

 炎の先はどんどん伸びて、喫茶店のある二階を飲みこもうとしている。消火器で開いたはずの出入口へ続く上がり階段も、また水分が蒸発してきたのか、その幅を縮めようとしていた。


「みんなを誘導するために、すっかり忘れていた。俺が縛ったから彼、動けなかったんだ」

「でも、あなたのせいじゃないですよ! 強盗したあいつが悪いんだし。それに、すぐ出て来ますって」


 まるで自分にすべて非があるような彼の表情に胸が痛くなって、私は思わずそうフォローしていた。でも、彼は苦しそうな表情しか見せない。


「でも、あいつを縛って動けなくしたのは俺だ……」


 唇を噛み締めて、眉を寄せるお兄さん。

 やだ……そんな顔もカッコいい!


(……って、そうじゃないでしょ!)


 この非常事態に何を考えているのだ、小野寺みなみよ!

 パシン、と己の頬を打ちつけて落ちつこうとした時だった。


「あ、お前!」


 突然、あずまが人混みの中を指さして叫んだ。

 その先には、野次馬に紛れて炎を見ていた一人の男がいた。キャップ帽を被り、マスクをしている。


「お前、さっきこのビルの横から飛び出てきたやつだろう! お前あのとき、何してたんだよ!?」


 キャップ帽男に対して、あずまはずいずいと近寄って叫ぶ。

 まわりの群衆もそれをにつられて、指さされた男に注目した。そのせいか、男は慌てたように身をひるがえし、逃げようとする。


「ま、待て!」


 あずまが叫んで、男に手を伸ばした瞬間。

 私の目の前からお兄さんは姿を消し、あずまの横をすり抜けた。逃げかけた男にタックルをし、道路上へと押し倒す。


「ぐあっ!」


 男はカエルのような悲鳴をあげて、お兄さんの下敷きになった。

 お兄さんはそんな彼のお尻のズボンポケットに手を突っこみ、何かを探り当て、それらを近くに立つあずまに放った。


「オイルライターに着火剤。こりゃ、立派な放火魔だな」

「うわ、マジでビンゴだったわけ。俺ってすげえ」


 受け取ったあずまは、目をパチパチさせて引きつり笑った。

 それに対して私は、胸をドキドキと高鳴らせている。


(か……格好よすぎでしょう!)


 強盗を抑え、火事になっても冷静にみんなを誘導し、放火魔まで捕まえたお兄さん。

 ときめくなという方が無理だった。


「じゃあ、こいつはお前に任せたぞ」


 お兄さんは放火魔の腕を上着で拘束すると、あずまに引き渡した。


「へ、あんたは?」


 戸惑うように放火魔を抑えたあずまは、お兄さんを見上げる。

 彼は近くにあった消火用のバケツを逆さまにすると、水を全身に浴びた。水分は白シャツとスラックスに染みこみ、水滴は犬のように振られた彼の短髪から飛び散る。


「ちょっと中を見てくる!」

「え! 危ないって、ちょっと──」


 あずまの制止も聞かずに、お兄さんは階段へと駆けより、炎の中に姿を消した。


 それを見て、私は────。



(きゃあああ! もう無理! だめ! カッコいい! 好き!!)


 フォーリンラブ!

 恋はいつだって突然なのだ!


 いとも簡単に恋に落ちた私は、目をハートにして身悶える。

 あずまが、呆れたようにじとりと視線を向けていた。


「女ってぇのは、これだから……ったく」



◇ つづく ◇

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