第7話 交渉団、来る
ヴァルデンツ王国からの交渉団到着まで、あと二日。
王城の空気は、ぴりぴりと張り詰めていた。廊下ですれ違う侍女も、いつもより早足だった。
「リリアーナ様、お召し物の最終確認をさせてください」
ミーナが、私の私室で、漆黒のドレスを丁寧に広げた。獣人国の王妃候補にだけ許される、銀の刺繍が縁取られた特別な礼装。
「ミーナ。緊張してる?」
「はい、正直に申しますと。……リリアーナ様は、緊張なさらないのですか」
「してるわ。ただ、種類が違うだけ」
私は、鏡の中の自分を見つめた。銀髪。薄紫の瞳。ほんの半月前まで、義母に虐げられているだけだった侯爵令嬢の顔。
(あの頃の私と、今の私は、外側は同じでも、中身がまるで違う)
「私の緊張は、負けるかもしれないという緊張じゃない。――どうやって、一番効果的に、あの二人を追い詰めるかを考える緊張よ」
「……お強いですね、リリアーナ様は」
「強くなったの。あなたたちが、そうさせてくれた」
ミーナが、少し目を潤ませて、深く頭を下げた。
夕方、執務室に呼ばれた。ガレオン様が、地図を広げて待っていた。
「交渉団の一行は、明後日の午後に到着する。護衛は最小限、十名。表向きは、非武装での訪問だ」
「表向き、ということは」
「アッシュの部下が、街道の途中で、不審な荷馬車を確認している。中身は不明だが、交渉団の荷物にしては、重すぎる」
胸の奥が、冷たくなった。
「セシリアが、何か仕込んでいる可能性がある、ということですね」
「おそらくな」
ガレオン様は、地図の上に、指を置いた。
「警備は、私が完全に固める。お前は、何も心配しなくていい」
「いいえ」
私は、首を振った。
「心配しないのではなく――利用します。彼女が仕込んでいるものが何であれ、それを使わせて、その場で正体を暴く方が、後腐れがない」
「危険な賭けだ」
「危険は承知の上です。それに」
私は、左手の指輪に、視線を落とした。
「あなたが隣にいる限り、私は、負ける気がしません」
ガレオン様の口の端が、わずかに上がった。
「その自信、嫌いじゃない」
彼は、私の頬に、軽く触れた。
「だが、約束しろ。何か起きたら、真っ先に、私を呼べ」
「はい」
「本当だな?」
「本当です。……今回だけは」
「リリアーナ」
「冗談です。ちゃんと呼びます」
ガレオン様は、低く笑った。それから、少し声を落とした。
「レオンは、お前を取り戻そうとするだろう。あの男の目に、お前が『資源』としてしか映っていないことは、私にもわかる。だが――もし、あの男が、お前に触れようとしたら」
「その先は、聞かなくても、わかります」
「腕を折る、と言っただろう」
「はい」
窓の外は、もう暗くなっていた。雪が、静かに降り始めている。
私は、明後日の対峙を、頭の中で、何度も組み立て直した。レオンの狙い。セシリアの手札。この国の貴族たちの視線。――すべてを、思い描く。
(エマ。あなたを焼いた連中の、二人目と三人目が、もうすぐここに来るわ)
窓の雪を見つめながら、私は、静かに、その日を待った。




